2-3 心が壊れたって、みんな死ねない

 お互い今日あったことなんかを話し合い、キャッキャしながら色んなモノを食べた。



 結局、食事の最高の隠し味は、そういう他愛も無い会話なのだ。




「ふんむぉぉ……たひかひ、この焼き鳥、美味ひぃ!」

「でしょ? 私はその中でも特に、皮が好き」

「ふんふん、おいひ――いね……美味しい、美味しい〜い」

「……?」



 ――間を探るような様子を見せる奈々美。そしてそれを、あっさりと察する結衣。



「ん? どうした?」

「あ! いや、えーっとね。結衣……差し出がましいかも知れないんだけど」

「何よ~、かしこまって。私と奈々美の仲じゃない……昨日出会ったばっかりだけど」



 たこ焼きを爪楊枝で突っついて放り込む結衣。


「んっとね、あれ! あのカレンダー! 結衣、ちょっと働き過ぎだと思う」

「お。そういう話?」

「そういう話だよ。アタシ、緋装を作っている関係で、探索士さんとはまあまあコネがあるんだ。精力的に活動する人から、緩いスタンスの人まで……色々知っている」

「ふんふん」

「その中でね、探索士を引退しちゃった人が何人か居るんだ」

「ぐふっ……え、引退?」


 たこ焼きを、まるまる噴き出しそうになった。


「うん、引退。突然だったし、しかもみんな優秀な探索士だったし……ビックリしたのを覚えているよ」

「……ど、どういうこと? 何があったの」

「ウワサによると、ひと月くらい超過密労働を続けていたっぽいんだ。ちょうど、そのカレンダーみたいにね」


 カラフルに文字がひしめくカレンダーを指さす奈々美。結衣は、唾を飲む。


「ある日、急に身体が動かせなくなっちゃって。調べても異常は無くて――心の病気だってさ。それから、ひと月ふた月……もう、本当に何も出来なかったんだってさ。日常生活が普通に出来るようになるのにも、半年くらいかかったらしい。そしてそのまま探索士から、引退……」

「それ、本当? 脅かそうとしてない……?」


 奈々美は小さく首を振る。


「等級とかも関係無いから。死なない身体は、疲労の回復も早い。でもそれにかまけて酷使すれば、いつか何処かにシワ寄せが来るんだ。それでも死なないから、とても辛くて、とても苦しい」


 眉をひそめるようにして、ふぅ、と大きく息を吐く結衣。


「そっか……実は、私も今日の帰り道にさ……こんな生き方、どうなんだろうとか思い始めちゃってさ。多分、奈々美に出会って感覚変わったんだと思――」


「違う! 戻ったんだよ!」


 奈々美が突然立ち上がった。


「それは、変わったんじゃない。戻ったの」

「……!」


 奈々美は元々大きい目を、更にカッと見開いている。


「あ……なんか、ごめん。でも、そっか――結衣も自分で気付き始めていたなら、良かった」



 立ち上がって興奮気味の奈々美に少し驚いたが、自分のために必死になってくれている様子を、結衣は愛おしそうに眺めた。



 ちょっとだけ空いてしまった間を埋めるように、皮串を1本取って、それを前歯で器用に引き抜きながら食べる。


 表面はパリッとしていて良い音がする。


 しかし中はもっちり――この食感のハーモニーと、焦げたタレの風味が、結衣は最高に好きだ。




「まあ……思い返すと当て付けっぽいし、ヤケクソ感強いし」

「クソとか言わないで」


 座る途中の奈々美が、じとっと睨む。


 はしたない言葉に厳しい。



「え? えーっと……や、やけっぱち? 感強かったし。でも――取ってきてしまった仕事は、どうしようもないから。少なくとも6月いっぱいは、頑張らないとかな」

「え、あれ? ちょっ、ちょちょちょ――焼き鳥、食べるペース早いなぁ! ん〜……皮、1本確保っ! で、結衣。今の話聞く限り、あの量の仕事、絶対やるって気持ちではないんだね?」

「……自分で取ったし、やらなきゃいけないよなぁとは思っている。この量をキャンセルしたら信用度下がるし」

「よし、分かりました! 譲れる人が居れば良いってことだね!」

「譲れるなら……って、え?」



 ニヤニヤしながら、スマホを取り出す奈々美。



「えっ……と。『本人からも同意、得られたので、さっき伝えた割り振りの通り、明日から仕事お願いします』、送信!」

「おや?」

「あ、『緋装は全部終わった後に、オーダー取りますので……欲しいのを考えておいてね!』――もいっちょ送信!」

「……おやおや?」



 狐につままれたような結衣。対して奈々美は、小悪魔を発動している。



「ん? 言ったでしょ。結構コネ有るんだって、アタシ。しかもコアな熱烈ファンも多いのよ」

「そ、そうなの? 凄い……でも、あのテクだもんな。そりゃファンにもなるか」

「ふふふ……で、その中から数人、時間を持て余しつつ、実力もしっかりしている子達に声を掛けたんだ」

「え? ま、まさかその人達に」

「うん、あの仕事、全部割り振ったぁぁああ!」



 足をタタンと踏んで、カレンダーを指さして大見得を切る。



「えぇ?! ――そ、そ、そ、そんな事していいの?」

「良いんだよ。全然問題無い。依頼の引き継ぎなんて、日常茶飯事なんだよ? 流石にこの量はあまり聞いた事無いけど。手柄の横取りとか、中抜きとかしなきゃ問題無い」

「そうなの? そんな仕組みあるのか……知らなかった」

「そうだよ。結衣って、変に視野が狭いところあるよね〜。あ、でも勝手に進めててゴメンなさい……気に触ったりしていないかな?」


 眉尻を下げて、結衣を見詰める奈々美。


「――ったく……そんな顔されて、怒れるワケないでしょ。と言うかそもそも、怒るような話じゃない」

「良かった! でも知ってた!」

「知ってたってどういうことよ」

「冗談はさておき、実はフラれた事とか無関係に、この1ヶ月で大富豪になって後は遊んで暮らしたい! みたいな、野望を持っているかも知れないじゃん?」

「ふっ……それなら既に実現可能ではある」

「……っ! マジか」

「まあ、それこそ冗談だよ。さっきも言ったけど、今見ると自分でも引くレベルだもん。あのカレンダー」



 とてもホッとした様子の奈々美。



「良かった。結衣が壊れてしまう前にどうにか出来た」

「ははは、大袈裟だなぁ……多分、私なら乗り切ってしまいそうだけどな」


 沢山あった食べ物が、もうほとんど無くなっている。


「……よっし、次はチーズスフレ……!」

「ほら、結衣のが食べるじゃんか」


 あの時……北千住からの帰路で、チーズスフレの箱の重さが、結衣に何かを気付かせた。


 細い紙の持ち手が指に食い込む、この心地良い痛みは、今みたいに働き詰めの状態を続けていたら、そうそう出会えるものではないのだろう――と。



 大切な人を思って、その人の笑顔を想像して、お土産を買って帰る。



 こんな素敵なことが、この世界にはまだまだあると言うのなら――これっきりにはしたくないと結衣は思った。



 その為には、何か変えなくちゃ……そう思っていた矢先の奈々美からの提案。



「ありがとうね、奈々美」


 スフレの上に鎮座していたハズのイチゴを笑顔で頬張る奈々美には聞こえていなかったが、それでも構わなかった。

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