2-2 スフレの箱が重いから、私は死なない

 黒いゴーレムを3体ぶった斬り、そこそこ大きい【死氷】を幾つかゲットしながら『測量士』と『採掘者』の護衛を努め上げて結衣は、北千住ダンジョンでの仕事を終えた。




 そして普段よりかなり早足で電車に向かった。



 別れ際に『測量士』の男性に「またチームを組みたいので連絡先を……」とか言われたので、取り敢えず名刺だけ渡してきた。



 地下鉄はダンジョン化して、ほぼ廃線となってしまっているが、地上を走る電車は今も健在である。



 地下が使えないのなら、地上と空中。



 地下が使えなくなって以降、モノレールのように人々の頭上を走るタイプの軌道系交通機関が、目覚ましい発展を見せた。




 地下を縦横無尽に走っていた路線は、空中に置き換えられたのだ。





 勿論、地面を走る――いわゆる電車の存在価値も揺るがず、人々の生活を支えている。





 改札を入って、ホームへ上るエスカレーター脇に、月替わりのアンテナショップ的な売店がある。


 今月はチーズスフレ屋さんだった。苺がコロンと乗ったヤツが可愛くて、惹かれた。




「――奈々美、好きそうだな」


 まだ全然、好みなんか知らないけれど。直感がそう言っている。

 ほぼノーモーションで4個入りを買って、るんるんと電車に乗り込んだ。



 スフレは見掛けより重く、それが4つも入った箱はジリジリと指に食い込んでくる。





 そのささやかな痛みを結衣は、何故だか心地良く感じていた。



 無意識に笑みを浮かべて、鼻歌交じりに流れ飛んでいく街並みを眺める。


「ふふん、ふふふん、ふふふふふん♪」


 今日の予定は珍しく1件だけ。予定通り、夕方には自宅に戻れそうだ。



 なんだか色々と気分が良い。


「ん〜ふふん、ふふふふん、んふふふふんっ♪」


 北千住から十条までは、地上路線を2回乗り換えが要るが、所要時間は30分ほど。


 その経路のほとんどが、空中路線。



「……」



 こうやって、街を俯瞰して見ているといつも、結衣は自分の『役割り』みたいなものを考えてしまう。


 見えている町の範囲でさえ、そこで生活する人の数を正確に把握するなんて不可能に近い。




 それだけ人が居るのに、わざわざ私が生きているのなら――私が私である理由とか、生かされている理由とか、あるいは生まれてきた理由とか、そういうものがきっとあるハズだと考えてしまう。





 1つ、明確なことが有るとすれば、それは、今の仕事。




「誰もが辞めたとしても、皆が諦めたとしても……私は『終集家』を続けなきゃいけない。私が、やらなくちゃいけないんだ」



 それは覚悟。日夏結衣が、日夏結衣であり続けるための、存在意義のようなもの。


 始まったものは終わらせなくちゃならない。



 もし、その『原因』が自分にあるとしたら……



『次は十条、十条〜です。お出口は左側です』


 車内アナウンスが響くと、緩やかに車両が減速を始めて、身体が慣性に弄ばれる。


「あ……着いた」


 ブレーキで車体が揺れて、頭がグランと揺らされると、今の今まで考えていた『何か』が脳内から零れ落ちていってしまった。




 あぁ、今まで何を考えていたんだっけ? とか思いながら車両を降りた。



 大切なことを考えていたような気がするが、本当に大切なことなら、すぐにまた思い出すだろうと結衣は思った。




 手に持ったスフレの箱が指に食い込んで、ジンジンと心に響いてくる。


 人の波に乗ったり、上手く逆らったりしながら改札へ向かう――スフレの入った箱だけは、絶対にぶつけないように気を張りながら。


 1階が仕事場、2・3階が居住スペースになっている事務所兼自宅は駅から徒歩5分。



 いつもは別段、何とも思わない帰り道だが……今日は心が弾む。距離も短く感じる。




「――ただいまっ!」




 2階のドアをガチャッと開けると、奥の方からドドドドドっと音が近付いて来る。



 慌てて結衣は、お土産の箱を靴棚の天面に退避させる。サッと両手を広げて――右足を引いて。


「お~~……帰りなっさーーーい!」


 奈々美が飛んで来た。


 結衣は、まず両肩辺りに一度手を当ててから、身体に沿って滑らすように肘を畳んで下げる。


 衝撃とスピードを殺し、奈々美の脇の下に両手を潜り込ませて、フワリと受け止める。




「あ! 今、おっぱいさわさわした!」

「……じ、自分から飛び込んできておいて、何を言うか」



 故意か故意ではないか? 触ったか触ってないか? みたいな論争は起きるワケがない。


 現状、そんなことがどうでもいいと思えるくらいに胸を押し付けられているから。


「ふふ、おかえり〜」

「ただいま!」


 そのまま足をブラブラさせて、リビングまで運ばれる奈々美。


「お。何やら良い匂いがするね」

「十条銀座? だっけ。あの商店街の雰囲気が楽し過ぎて、色々買っちゃった」


 豚カツに焼き鳥、餃子、炒飯、たこ焼き……モツ煮やお惣菜もある。


「焼き鳥屋さん、何軒かあったと思うけど……良いね。ここをチョイスする辺り流石、目が良い」

「あ……ははは、そうなの? うへへ」

「どこのお店も美味いんだけどね。特にココは好きなの」

「そっかぁ……今朝のお礼のつもりだったんだけど、食べ切れるかなぁ?」

「昨日の奈々美の食べっぷりなら、このくらい余裕でしょ〜」

「え? ――は? ゆ、結衣の方が……!」


 奈々美が、食事の支度を進めてくれている間に、結衣は手を洗ったりしていた。


「――そだ。私もお土産買ってきたんだった! チーズスフレ」

「おお! ちょうどデザート無いなぁ〜って思ってたとこよ!」

「ナイスコンビね」

「うんうん! じゃ、いただきまぁす」

「いただきます」



 身に余る幸せ――頭に過ぎったその言葉を、 吐き捨てたり拒絶したりせず、丁寧に咀嚼そしゃくすることにした。


 今は深く考えたりせず、取り敢えずありのまま、受け入れてみようと結衣は思った。

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