02 生きるとは、選択の繰り返し
2-1 朝から晩まで働いたって、私は死なない
「も、もう……ムリ。ちょっと待って、もうムリだって」
「……え?」
「こ、こんな大きいの、初めて」
「……ん?」
「見て、まだ出てくるよ」
「……ねぇ」
「まだ……! まだダメっ! お願い、まだ止めないで」
「……ちょい」
「ダメ、そんなのつけなくていいから。早く、ちょうだい」
「……ちょい待ち」
「ふふふ、キレイにしてあげる」
「……おいって」
「これでまた出来るね、まだ足りないもん。次は……何焼く?」
「……お、おーーい! おいおいおいおい! どうやったら、昨日の焼肉パーティがそんなにエロい寝言になるんですか」
結衣は寝られなかった。奈々美(の寝言)が寝かせてくれなかった。
勢いに任せて家を出る宣言をしてしまったものだから、当然寝泊まりする場所も定まっていなくて、奈々美は結衣の家にしばらく居候する事になった。そそのかしたのも結衣だし、予定調和なのかも知れない。
奈々美にベッドを譲って自分は床に布団を敷いて寝たのも、少なからず寝にくさに影響したが、やはり寝言が意味不明にエロ過ぎた。
ひたすら悶々とした。
窓の外が白み始め、鳥のさえずりが聞こえてくる。
「はぁ〜……もう朝じゃないですか」
溜め息を吐きながらも、奈々美を見遣る。今は穏やかにスヤスヤと眠っている。
「まったく。可愛い顔して」
結衣より一回りも小柄ながら、結衣以上にグラマラスな曲線美が深い呼吸で波打つ。
仰向けなのに重力に逆らい続けている2つの大きな乳房。
(大きさと、カタチと張りの感じが、奇跡レベルで融合しているんだよなぁ……)
人差し指で感触を確かめてみたかったが……それはまだ早いような気がして踏み留まった。
「髪はツヤツヤの黒。それに、さらっさらで長いねぇ……腰辺りまであって。シャンプーするの大変そう」
その長髪を指先で掬って、零れ落としてみる。何度か繰り返しても奈々美は反応しない。
――とても深く眠っているようだ。
2週間ぶりの、ベッドと布団なのだろうから仕方無い。
ダンジョン内で睡眠をとる場合は、周囲の警戒をする為に交代交代でするのが基本。
しかし単独で潜るとそれが出来ない。だからソロは基本、日帰り。
そういった理由からも複数人でパーティを組んだりするのだ。
仮に奈々美のインビジブルが、眠っている間も効果を継続するとしても、それでも完全に警戒を解けるというワケではない。
「もう少し寝てて良いよ……あと、別に『しばらく』じゃなく、ずっと居てくれても良いんだからね」
はだけてしまっている布団を掛け直して、結衣は寝室を出ていった。
◆
奈々美が目を覚ますと、結衣は居なかった。
瞼を擦りながら2階へ降りてみても居ない。
1階の事務所をそーっと覗いてみても、やっぱり居ない。
「ありゃ?」
2階に戻ると、リビングの机にメモを見付けた。
「か、書き置き! まさか三行半っ?!」
ではなく『冷蔵庫の中にサンドイッチがあるから朝ごはんに食べていいよ。飲み物もご自由に』と書かれていた。
更に『今日は国の依頼で北千住の地下鉄ダンジョンに潜るから先に出るね』『夕方には戻るけど、暇させちゃってゴメンね。十条銀座とか美味しい食べ物沢山あるよ』なんて事が書かれていた。
「いやん。これもう……久し振りに会って、急遽泊まることになったカノジョを置いて名残惜しくも仕事に行くカレシなんだよな……もう付き合ってんじゃんアタシ達」
ニマニマして「こんな事を言われたの――初めてだなぁ……」とか呟いて、サンドイッチを冷蔵庫から取り出し、テーブルに持って帰ってくる。
喉も乾いていたようで、また冷蔵庫から牛乳、食器棚からコップを取り出した。
「色々お借りします! ありがとうございます。いただきます」
丁寧に手を合わせて、目をつむった。奈々美にとっては、およそ2週間ぶり『地上での朝ごはん』といったところか。
昨晩は結衣と一緒に、焼き肉をたらふく食べたが、やはり明るい光の中で食事をすると、地上に戻って来たんだなぁと実感出来るようだ。
「美味しい……これ、結衣が作ったんだよね? 料理上手だ」
しばし奈々美は虚空を見詰め「ガチで結衣がフラれる可能性なんてあるのかなぁ」と小さく呟いた。
強くて、カッコよくて、美しくて。そして何でも出来てしまうザ・センスの塊人間。
気も利くし、察する能力も高い――そんな結衣と結婚すれば、身の回りの全てが快適になって、細かい問題が消えていってしまうだろう。
「でも、もしかしたら……逆にそれが――」
完璧に近いからこそ、例えば相手のプライドに触れてしまう可能性もある。
一緒に暮らす日が近付いてくる中、刻々と彼女の完璧性が顕わになり、自分より優れた点しか見当たらない結衣との生活が怖くなり始める……なんて事もあるのかも知れない。
「それなら、自分の器を大きくすれば良いだけなんだけど。ま、そう素直に思えない人もいるよね」
また目をつむって「ごちそうさまでした」と言って、手を合わせる。
それから目を開けて、部屋の中を見渡していると、突然ピタッと動きを止めた。
奈々美の目線の先には、壁掛けの月めくりカレンダーがあった。
上半分が世界のどこかの絶景写真で、下半分に日付と予定を書き込めるスペースのある、ごくごく普通のカレンダー……なのだが。
「こんなの、あったっけ? ……って、うっそ、何これ……」
奈々美がそんな反応をするのも仕方無いくらいに、そのカレンダーは異常だった。
見た目は普通のカレンダーだが、書かれている内容――というよりは、その量が狂っている。
全ての日に予定が書き込まれている。
それも1件や2件ではない。少なくとも3件――多ければ5件、全て仕事の予定が狭い枠の中、ひしめき合っている。
几帳面に色分けまでされていて、カラフルな雰囲気ではあるが……いかんせん量が多い。尋常ではない。
集合体恐怖症なら多分、直視できないようなカレンダーだ。
「昨日は、夕方以降の予定キャンセルしていたのか……いつの間に? ってか、違う、リスケじゃん。矢印引っ張て、移動してんじゃん! 移動先の日、収まってないよ!」
奈々美はその異様さに圧倒されたように目を見開く。
「今までもチラホラ受けてた……とか言ってたよな」
だとすると、この異常な詰め込み感は、ここ最近の話なのかも知れないと思った。
心の隙間を埋めるように仕事を受けて――そしてダンジョンに潜っている。
「そもそも高収入の『終集家』が、こんなに過密に働いてたら、なんか色々バランス狂っちゃうよ」
【死】の回収は、全人類が抱える最大級の課題だ。
採掘された【死氷】から特殊な技術によって【死因】を抽出する。
そして無作為に選ばれた国民に対し貼る注射のような方式で、【死因】を身体へ戻す。
そうすると『残された死因』が1つ増えて、死にやすくなる。より自然に近付くということ。
更に、1人の身体にある程度(数十個というレベルだが)の【死因】が戻ると、『老衰』と似た現象が起きるようになる事が確認されている。
つまり『寿命』を獲得出来るということだ。
勿論、『老衰』そのものを内包した【死氷】もある。
いずれにせよ、このどちらかの方法で国民に寿命を取り戻させることが国家の至上命題なのだ。
人口のコントロールや食料の安定化に繋がり、国力の維持にも直結するので、大きな力と予算を割いている。
年間の人口減少率がマイナス――つまり人口が増えてしまった国家には、国際ルールで罰則が課せられることもある。
だから有力な探索士へは国レベルで直接依頼をするし、都市や自治体レベルでの囲い込みや取り合いもある。
バカみたいな前金も払って依頼することだってある。
持ち帰れた【死氷】の数や大きさ、質の良さなどで上乗せ報酬も弾む。
言い値で横取りしようとする輩も居れば、強奪しようとする連中も居る。
寿命の獲得以外にも【死氷】は色々と使い道がある。いくら有っても、有り過ぎることはない。
そんなワケで、実は探索士のバリエーションの中では一番稼げるのが『終集家』だ。
単発で大きな稼ぎを得られる『終集家』は、せせこましく仕事をする必要は無い。
ましてや民間の人探しとかまで、わざわざ受ける必要なんか、全く以て皆無だ。
「その結果、助かった身ではあるけど……流石にこれは行き過ぎているよなぁ」
死なない身体に無茶はさせられるが、先に精神が壊れてしまうような例も実は多い。
「前に、緋装をオーダーして来た子なんかは、週1くらいしか潜ってなくて、高層マンションの最上階住んでいたりするのにさ……信念があるとか言ってたけど、それが暴走しちゃってる感じかな、こりゃあ」
ふーっと大きく鼻から息を吐いて――
「これは、『カギ』を見付けたかも知れないねぇ!」
スマホを取り出してトークアプリを起動する。スイスイっとスワイプしながら、その中から何人かを選択しつつグループを作っている。
「週1稼働の子達を5人くらい集めりゃ、割り振れるか? いや、もう少し要るかなぁ」
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