1-10 ほっぺにキスされたって、私は死なない
その夜。
結衣は早速、依頼主であり奈々美の姉である睦実を、十条の事務所へ呼んだ。
大切な話があると伝えると「父も連れて行く」と睦実は言い、結衣もその方が良いと応えた。
「初めまして、お父様。私、こういう者です。本日は御足労頂きありがとうございます」
名刺を差し出す結衣。
「日夏――結衣さん……はじめまして。わたくし、夕星修吾と申します。この度は、娘共がお世話になっております」
「どうぞおかけ下さい。睦実さんも……どうぞ」
横長の少し低めの机を挟んで、2人がけの椅子が二脚。
結衣と、修吾たちが向かい合うように座る。
急に呼び出されたはずなのに、しっかり目のスーツを着て来るあたり、話が通じそうな雰囲気を感じる。
口調はハッキリしつつも物腰は穏やかだ。
「そ、それで! 妹は……奈々美は、見付かったんですか?」
(それに引き換え、この姉は――)
見方が変わってしまっているから仕方無いとしても……容姿は奈々美に良く似ていて可愛らしいのだが、目付きとか語気とかが全く違う。
不意に見せる、素の表情には冷酷さが滲むようだ。
(語るに落ちる……ですらなく、語らなくても勝手に落ちてくれる感じだね、まったく)
心の内が透けて見えるような言動に、睨みそうになる気持ちを抑えて、冷静に続ける。
「……今からお伝えします。落ち着いて、聞いて下さいね」
「はい」
「……」
神妙に応える修吾と、焦らされたとでも思ったのか眉をひそめる睦実。
「結論からお伝えしますと――」
「はい」
(チッ……そこは食い気味に来るんじゃないよ、この姉!)
「奈々美さんは、無事保護しました」
「――よ、良かった……! 生きていたか! 良かったな、睦実」
「ぶ、無事? なの?」
「はい、疲労はあるものの、怪我も無く……精神的な困憊も有りません」
どっと肩の力が抜けたような修吾と、奥歯を噛む睦実。
(おいおい、良いのかい? そんな表情
「……変に気構えさせてしまっていたら、申し訳有りませんでした。ただ、本当にご安心下さい。奈々美さんは元気です」
首を横にぶんぶんと振る修吾。この人は『計画』には無関係なのだろうと思った。
「それで……それで娘は、奈々美は今どこに――」
一瞬前の睦実と似た言葉を発するも、含まれる気持ちが全く別物であるとすぐに分かる。
無事であるなら、それを早く確認したい……親なら当然の気持ちだろう。
顔を動かさずに目線だけでチラリと睦実を見ると、冷めたような――あるいいはシラけたような表情をしている。
(フリでも、心配そうにされていたら……私の心も揺らいでしまったかも知れないな)
ふう、と1つ呼吸を置いて。
「繰り返しになりますが……奈々美さんは無事です。生きています。ですが、もう家には帰らないと――そう伝えてくれと、言伝を預かっております」
「え……」
「ええ!」
混乱の「え」と喜びの「え」。
フリでも少しは隠そうとしろ! とキレそうになる気持ちを殺して、結衣は続ける。
「彼女は……今回の件で自分の未熟さを痛感したそうです。捜索までされてしまい、家にも迷惑をかけてしまったと嘆いていました」
結衣の言葉に、修吾は悲愴な表情だ。意識的に睦実の方は見ないようにしている。
「これまで自分が歩んできた道は『夕星』に守られたものだったんだと思い知ったと。だから、自分を見詰め直し、鍛え直すためにも……これを機に家を出て、独り立ちをすると――皆様にお伝えするように承りました」
「そ、そんな……! 睦実は、奈々美を連れ帰るように依頼したのでは」
驚いて修吾は机に身を乗り出す。
「いえ、あくまで睦実さんからは『探し出す事』のみを依頼されております。その後、どうするかまでは――今回の内容に含まれていません。揚げ足を取るようですが、実はこれは奈々美さんからの発案です」
「い、妹から……?」
「はい、睦実さん。奈々美さんから……です」
ピリッと、一瞬空気が張り詰めた。
結衣と睦実の視線が交錯する。
「……ほ、他には何か」
「今まで育てたくれたことへの感謝を述べられていました。あと、別に二度と帰らないわけではないから、近々また顔を出しますと。それとお姉様には『これからの夕星を宜しくお願いします』との事でした」
結衣は、ポケットから1通の手紙を出す。
「今お話しした内容は、こちらの手紙にも書かれています。きっと、お2人ならこのメモが奈々美さんの直筆によるものだと分かるはずです。どうぞ、お納めください」
「……」
「お父さん、これって」
「――私の方から、お伝えすることは以上です。成果報酬の方は、前回と同じ口座にお振込みをお願いいたします」
敢えて睦実の言葉を遮るようにした。
「わ、わかりました」
「日夏さん、今回は大変なご迷惑をおかけいたしました。娘が生きていることが分かって……良かった。大変感謝しております」
依頼をした時と今とで、結衣の雰囲気が違うのを気付けるのは睦実だけだ。
淡々と冷たく刺してくるような雰囲気に睦実は気圧され、冷や汗をかいている。
睦実の不自然な様子に修吾も気付き、言葉少なく事務所を出て行った。
シンとした事務所に、年季の入ったエアコンの送風音が響く。
「もう、大丈夫だよ。
「ははは……も〜、結衣ったら殴りかかるんじゃないかと思ってヒヤヒヤしたよ」
「奈々美には悪いけど、46回くらい殺しかけた」
2人がけのソファ――結衣が座っていた、その隣に奈々美は居た。睦実や修吾が来るより前から、ずっと。
奈々美のSS……【インビジブル】の効果によって睦実も修吾も、結衣も奈々美が見えていなかった。
「しっかし最後の方、お姉ちゃん、だいぶ消耗してたね。まあ、プロの探索士の殺気を真正面から受け続けたら、ああなるか」
「――意外。奈々美、平気そう」
また泣いたり、怒ったりしているのかと結衣は思っていた。しかし奈々美はあっけらかんとしている。
どうやら演技というわけでもなさそうだ。
「うーん……だって、あんなに悪人みたいな表情見せられてしまったらさ。もう、悲しいとか通り過ぎちゃったよ。それに、アタシ以上に結衣がブチ切れてて……それがおかしかった」
「どうせ死なないんだから1回くらい殺しても良かったかな」
睦実の居た方へ向かって正拳突きをする。
ソファに腰掛けたまま繰り出しているとは思えない拳圧で、奈々美の髪を煽るほどの風が起きた。
「結衣、ありがとうね。本当は自分で言うべき事なのに、面倒なことお願いしちゃって」
「ううん。良いんだよ、全然」
「あと、アタシの為に怒ってくれてありがとう」
そう言って、奈々美は結衣の頬に優しく口付けした。
上唇と下唇、それと頬の三者が、ひとところに集まって、そして離れる――その瞬間にだけ奏でられる甘美な破裂音。
何をされたか分からないし、何が起きたか分からない。
「どぅわっ……はぁあああ!」
結衣はソファから転げ落ちた。そして頭を打った。
「い、痛ってえ! ……うぇええええ!? な、な、ななんですか? なんなんですかぁぁあああ」
慌てふためく結衣を見下ろす奈々美。
その表情は、まさに小悪魔のよう。ペロリと舌なめずりまでしてみせる。
「ん〜お礼のシルシに、と思ったんだけど……も、もしかして嫌だった?」
「なななな、涙目になるなぁ! ズルい、ズルすぎる! 小悪魔的饅頭……そんなもん売ってないわ!」
「嫌なの?」
「嫌っなわっけ、なぁあああいでしょうがっ!!」
飛び起きて、何故かファイティングポーズを取る。
自分が今どんな体勢で、どんな言葉を発しているか、イマイチ理解が追い付いていない。
「うふふふ……あらあら。初心なのね、結衣ったらぁ。減るもんでもないでしょう?」
「確かにそうだね! 増えることはあるにしても!」
2人はこの後めちゃくちゃ――
焼肉を食べた。前金で。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます