2-5 薄桃色の弾丸に撃ち抜かれても、私は……

 チームやらパーティを組んで潜る探索士達には、休息を交代で取るためといった理由以外にも、チームの方が良い、根本的な理由がある。




 根本的、あるいは致命的な。




 一般的に言えることなのだが……元々、死ににくい身体を持っているので探索士は皆、防御を疎かにしがちだ。


 しかし防御が下手過ぎれば、攻撃が繋がらない。



 ゴーレムの攻撃を受ける前提の戦術を取っていると、まだ見ぬ特殊能力を持った個体と出会った時に、瞬殺される可能性もある。



 だから、その隙というか弱点をカバーし合うために、彼ら、あるいは彼女たちは、複数人で1体のゴーレムを相手取るのだ。



 それでも、回復にばかりエクトプラズムを消費してしまえば、緋装を振るうチカラが無くなって、あえなく撤退――なんてことも日常茶飯事だ。




「攻撃を受けた時の、回復の間を持たせてくれる仲間が居ない『終集家』は特に、受ける前提の戦法は取れないでしょ。この前のアレは別として」

「そう……だね。でも、それとチューニングにどんな関係が?」

「緋装はさ、身体の一部にならなきゃダメなのよ。『一部みたい』じゃ、まだダメ。動かそうと思って動かすんじゃなくて、反射のレベルで緋装自体が動くようにしないと」



 奈々美は両手を組んで水鉄砲を作って、水弾を放つ。


 しかし結衣は、それを必要最低限の動きで躱す。



「そうじゃないと、緋装である意味が無い――ってことね」

「そ、そう! ただ固いだけなら別の物質でも作れなくはないから。薔薇鋼がエクトプラズムに反応する性質を活かしきれてないんだ。最近は皆」


 手を組み替えて、速射性重視の水鉄砲に切り替えたが、それでも結衣には掠りもしない。


「それは、持ち手が? それとも作り手が?」

「むむむ……どっちもよ」



 武器を考えて動かすのではなく、武器が意志を持ったように動く。


 そのレベルでなければ攻略の難しいダンジョンが確かに存在する。



 一般的に、探索士がゴーレムより戦闘力で上回っているように思われるのは、勝てる領域でのみ戦っているからだ。



 ダンジョンは、深く潜れば潜るほど強力なゴーレムに出会う確率が上がる。


 だから、行けるところまでしか行かないのが基本。



 最深部まで攻略せずとも『測量士』や『採掘者』は、ある程度の深さまで行ければ目的は、そこそこ達成される。


 帯同する『討伐者』も自ずと同様になる。



 だが、『終集家』は未知の敵が居るかも知れない深さまで積極的に潜っていく。


 目的の1つに、最深部への到達があるから。


 そうなると自分より体格もパワーも上で、更には効果不明の特殊能力を有するかも知れない敵との戦闘も、避けては通れない。



 刹那の攻防に判断の遅れやミスは、文字通り命取り。

 ミスをフォローしてくれる仲間も居ない

 。



 だから緋装は、強く硬いだけでなく、真の意味で身体の一部にならなくてはいけないのだ。


「やっぱり身体を生で見ると、違うのよ。エクトプラズムの偏りも見易いし」

「エクトプラズムって見えるモノなの……?」

「グッと目を凝らせば見えるよ――夕星の血、だよ」


 思わず息を吞む結衣。


「そう、なんだ。奈々美って、知れば知るほど凄いね」

「慣れないころは気持ち悪いだけだったよ。アタシは感度高めで……エクトプラズムからその人の意志みたいなものを感じ取れちゃったりしてさ」

「なるほど――んぶふっ!」



 ピュッ! と奈々美が放った水弾が、初めて結衣の顔面を捉えた。



「お、当たった当たった。結衣の弱点はそこだよな~、ちょっと考え込みすぎるところ。そしてそれが表情にすぐ出る」

「……ぶふふっ――このぉ! ちょっとセンシティブな話かと思っていたのよ!」


 結衣はザバザバっと、今まで自分の胸の守りに徹していた両腕を、攻撃へと回す。


「……っ!? あは、あはははっ!! なになに! やめて、やめてぇー!」



 くすぐり――


 ゼロ距離でしか効果が無く、しかも効く部位も限られる。


 そんな最弱の近接技は、結衣の長いリーチと組み合わさり、一方的な蹂躙技へと昇華した。




 結衣の予想通りに奈々美は、この攻撃に対して激ヨワだった。


 脇の下や脇腹に結衣の手が少しでも触れると、奈々美は大きな笑い声を上げて身体をよじる。



 右側を責めれば、左側がガラ空きなので次は左側を責める。


「ちょ! ……もう、やだ! あはははは――やめ、やめっ」

「逃がさないよ!」



 特別広いというワケではない、とはいえ一人暮らし用としてはまあまあ広いバスルームに笑い声が反響する。



「も……う、もうダメっ! お願い、やめてぇ」


 顔を真っ赤にして、荒い呼吸。涙目の奈々美。



 彼女が暴れたせいで、バスタブからお湯が半分ほど無くなってしまった。



 2人とも腰辺りまでしかお湯に浸かっておらず、それに気づいて結衣は『ちょっとやり過ぎたか』と思いながら手を緩める。


 息が上がり、グダっと力が抜けて、もう抵抗する気力も無くなった奈々美がトロンとして口を開く。


「い、いいよ……」


 顎が上がって、ちょっと仰け反り気味になって――


「も、もう……好きにして」



 大きくて柔らかそうなのに、重力に逆らい続ける胸が結衣に向かって突き出されている。


 薄桃色の突起が2つ、結衣を狙う。



 そして、勝負は一瞬で決着した。


「……う、鼻血出た――ごめん、先出る」



 結衣がカウンターを食らった。起死回生の一撃必殺。勝者、夕星奈々美。


 鼻を押さえて、上を向きバタバタっと出ていく結衣。



 あられもない格好で、一人取り残されてしまった奈々美。




 勝者とは思えぬ、凄まじい辱めだ。




「ちょ? ちょっとぉ、ちょっと待ちなさいよぉ! ……なに、この生殺し感〜……え、ひど~い」




 もうちょっとだったのに、なんて呟く奈々美。



 それから、深く物思いに沈んだような表情をして、躊躇いがちにまた口を開いた。


「左の脇腹……大きな傷跡。アタシ達は、死ににくくなってから、傷跡も綺麗に消えてしまうものなのに」


 頭を吹き飛ばされても、ほんの数秒で回復する結衣の、その身体に傷が残り続けているなんて――


「ちょっと考えにくいよね……」



 それは狂ってしまった世界に残された【かつての正常】という名の異常。

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