4-5 物語は続くから、私たちは死なない

 六本木での特別試験から約2ヶ月後――


 東京から大阪へ向かう『ハイパーループトレイン』の車内で駅弁を開封する3人の女子。


『牛まみれ』という、いかにも肉! という駅弁を満面の笑みで開封するのは、探索士の日夏結衣。


 ピンクベージュのエアリーなボブをルンルンと揺らす。


 割り箸をパキンと割る所作が意味不明に美しい。


「ん? この紐、引くと……何? 熱くなるの! え、え、え――熱い熱い熱い! 思ったより熱い!」


 初めての加熱式駅弁にテンパっているのは夕星奈々美――超売れっ子のロリムチ緋装職人。


 今や受注は、早くても半年待ちだそうな。


 ちなみに肝心な、お弁当の中身はすき焼き弁当……こちらも肉だ。


「だ、大丈夫ですか、なーちゃん! ほら、『折り紙』」


 最後の1人は、三ケ月詩織。

 史上最も薄い緋装『折り紙』を操るの探索士。


 繊細で緻密なエクトプラズム操作がジワジワと評価され、新人探索士にエクトプラズム操作のレクチャーなんかを依頼されることもあるらしい。


 駅弁はド定番の幕の内弁当。



 3人が乗るハイパーループトレインは、空中に設置された透明なチューブの中を滑るように走っていく浮揚式の高速輸送システムだ。


 真空のチューブ内を超伝導浮遊で滑走し最高時速は航空機さえも凌ぐ、人類史上最速のヒト・モノ輸送システムである。


「早く食べないとね! もう着いちゃうから!」

「ふぐぁ、ぐぁ、ごげけげ!」

「何ですって? というか行儀悪いですよ、なーちゃん!」


 中距離用のハイパーループは中低速とはいえ、大阪までの所要時間はだいたい15分。


 だから駅弁をハイパーループ内で食べる人はほとんど居ない。


「着いてからのが……良かったんじゃないですか?」

「いや、着いたらすぐ――」

「そっか。早速、潜るんですね!」

「いや、たこ焼きを! 食べるんだよ!!」

「あとお好み焼きもねぇ〜」


 詩織は座席テーブルにアタマを強打した。


「ど、どういうことですか」


 どうもこうもないよねぇ、そうだよねぇとでも言いたげな結衣と奈々美がモグモグしながら目をパチクリ顔を見合わせる。


「ぶふっ、ふふふ! ――それ、やめて……くださいよっ。なんなんですか、いっつも。それに私がツボるの知っててやってますよね?」


 結衣も奈々美もつられて笑う。

 車内は、朝早めの時間帯もあってか、ガランガランだ。


 大声で笑っても多分、迷惑じゃないだろう。


「ま、でもちゃんと仕事するよ」

「そりゃあそうでしょうね!」

「旧大阪駅……というか、あの辺一帯の地下街のダンジョンが最近、ヤバいらしいのよ」

「東京に負けじと、六本木を上回るペースでペデストリアンデッキ作りまくって国内イチの空中化先進都市になろうとした結果――もともとは地上だったはずの空間も、地下空間として認識されてしまったのよね」


 旧大阪駅周辺は、今地上1階という概念が無い……一般人は、地上1階を歩くことは出来なくなってしまった。


 ほとんど隙間無くペデストリアンデッキが張り巡らされた結果、それより下の空間も【地下】になってしまった。


 【死氷】らの歪なエネルギーが影響を及ぼす範疇になってしまったのだ。


 失った地下空間を取り戻そうと空中活用を進めた結果、地上を失い地下空間を拡大させてしまった。


「……まあ、昔から言われていた懸念事項だよね。遅かれ早かれ、こういう場所は出来てしまうと」

「うん。でも、そんな風にして拡張したダンジョンは、危険度がバーンと跳ね上がるとは、誰も想像していなかった」

「赤いゴーレム……【爪紅つまぐれ】かぁ。どんなヤバいんだろう」

「やっぱりめちゃくちゃ硬いんですかねぇ ? 何回で斬れるかなぁ」

「はい、そことそこ! ワクワクしないの!」

「はーい」「ほーい」

「テキトーな返事してると、チクワと! お肉1枚! 頂いちゃうんだから!」

「あ、暴君! 結衣さん、ここに暴君が居ます!」

「気を付けて詩織ちゃん、奈々美の食欲はビッグバンだから」

「アタシの胃袋は宇宙のはじまりかー!」


 そうこうしている間に、車内アナウンスが大阪駅への接近を知らせる。


「はい! 降りる準備! 乗り過ごしたら、次広島だからー……あ、結衣。薬、飲んだ?」

「――あ、うん! 大丈夫、さっき飲んだから」


 言いながら結衣は、左脇をさする。


「無いとは思うけど――結衣がまた【アライブ】を使うことになったら、その脇の傷……痛み出すんでしょ?」

「……うん。【アライブ】は自分にもかかっちゃうからね。この傷が治らないまま生かされちゃったりする」


 そんな会話をしながら、結衣たちはホームへ降りた。


 大阪も熱い。


「…………それ、未だに私、よく理解分からないんですけど……つまり、結衣さんてずっと不治の致命傷を負っているような感じなんですか?」

「そう。治らない、致命傷。でも『残された死』でもないから、死んですぐ生き返るみたいなのをずっと続けているの」


 にこやかに結衣は続ける。自身に科せられたを、淡々と語る。


「他の人は傷を負って死んだら、回復して、その傷はキレイに治るのにね。それが例え毒とかでも。でも、私の、この傷だけは死んでも死んでも治らない。ずっと私を殺し続ける――その理由もなんとなく分かってて……私の姉が【パンドラの箱】を開けた張本人だからなんだよね」


 それを聞いて奈々美も驚く。


「おっと? なにそれ。それは初耳じゃん。アタシみたいな超特殊体質ってだけかと思っていたけど……そうじゃなくて――」

「た、確か【パンドラの箱】を開けた人って……その方の妹さんの病気か何かを治したくて、そんな願いを込めて開けてしまったんですよね? で、その『妹』っていうのが……結衣さんだったってこと!?」

「そういうこと」

「うわぁ〜……超重要人物じゃん! この世界の! 言うなれば、この世界がこんな風になってしまった原因みたいなことじゃん」

「うい」

「そりゃエクトプラズムがずば抜けているのも、なんか色々規格外なのも頷けます」

「ははは、それ程でも……」


 結衣は大きく息を吸ってから、おもむろにまた口を開く。


「姉はその後、ずっと行方不明……そして恐らくパンドラの箱は今もどこかで、口を開けたまま世界中の【死因】を飲み込み続けている。姉を見つけ出して、パンドラの箱を閉じて、この狂った世界を元に戻すことこそが――私に科せられた天命なの」


 道頓堀沿いの遊歩道にあった有名らしいタコ焼き屋さんで、1人1パック注文しながら3人はそんな会話をしていた。


 世界の誰が聞いても、腰を抜かしそうなとんでもない話を――まるで世間話でもするかのように。


「――え、じゃあ結衣って……生まれ、20年代ってこと?」

「うい」

「せ、先輩! その頃って黒電話っていう電話があったって本当ですか!」

「それは私が生まれた時にはもう博物館にあったわ! 次!」

「姉御! 5GのGってなんですか」

「知らん! 今は何Gなんだ!」

「そんな規格無くなりました」

「だろうな! ……って、おい、自分らも言えよ! 何年代生まれなんだ!」

 

「――アンタらほんまに賑やかやね〜遊びにでもきたんか? それともそら自信の現れなんか」


 黒のツヤツヤおかっぱヘアーの女子が、つっけんどんに声を掛けてきた。


「荊沢ちゃん! おひさ、元気だったー?」

「オートロ・ザ・ワンチャン?」

「おや、ダンジョン入り口に可愛い子。方言もまた良い」

「何言うてんですか? 荊沢やで――荊沢おとろざわ美羽みうや。元気やないことなんてあるん? このおかしな世界で。それよりあの時の報酬、お願いしますよ」

「うん、勿論! 今日持ってきたよ~……おかげでアタシは、結衣とデートできたしねぇ。えっと、荊沢ちゃんは……これよね、ナックルダスター」

「そう、そう。ありがとうございます……うわ、相変わらず惚れ惚れする出来栄えやね」

「前は、トレンチナイフっぽく刀身も付けてたけど、それはナシにしたんだ」

「そうやね。やっぱり、どつくと斬るは動きとして乖離してて……とっさに自分が迷ったりすんねんで? そらアカンやん思ってな」

「ふーん……荊沢さん、めっちゃ強いね」

「さよか? せやけどジブンは全然強そうやない……絶対、そんなワケないのに。チカラの隠し方、エグないか、日夏結衣さん」

「初めまして。その節はどうも、お世話になりました」

「ホンマですわぁ。日夏さんの依頼、どれもこれもめちゃくちゃやばかったんやから」

「でも、荊沢ちゃんが一番乗りだったじゃん。流石」

「やめてぇ、褒めたら何か出るタイプなんですわ、ウチ。ほら、入り口着きましてん。奈々美ちゃん、タコ焼き1個ちょうだい」

「はい、どうぞ! 大阪地下街のダンジョンは入り口が分かりにくくてね。案内ありがとう、荊沢ちゃん!」


「お待ちしておりました。東京の日夏結衣探索士ですね! 今日は何名で潜られる予定ですか? 4名?」


 受付の男性が、軽い敬礼とともに声を掛けてきた。


「せやで」


 何故か、真っ先に荊沢が応える。


「はい」「そうです」「うん」

「かしこまりました」


 それに結衣たち3人も続いた。


「……って、え? 何で? 今勝手に、私――」

「うあ、荊沢ちゃん!」

「今の……SS?」

「ふふふふふ……日夏さん正解。今のがウチのSS、繰り返しのチカラ――【リピート】やで。新しい相棒も来たし、今日は一緒に潜らせてもらいますよ。お手並み拝見や」

「へぇ! 攻撃意外の用途にも使えるようになったんだ!」


 行ってらっしゃいませ、お気を付けて! と受け付けの男性が声を掛ける。



 階段を数段下りると、どよんとした重苦しい空気がまとわりついて来た。


「良い……雰囲気だね」

「これを良い雰囲気とは、普通言いませんよ。寒気する」

「アタシはまあ、いつでも隠れるけど」

「あ、せやせや。最初に1つ、聞ぃときたいことがあんねん。自分から言い出しといてアレなんやけど……うち、一緒に潜る人の、探索士をしとる理由とかを知っときたいねん。これはもう癖やねん」

「どんな癖よ、それ。まあ良いけど。探索士じゃないけどアタシは、結衣が行くとこならどこでも行くからね! あとは……アタシも、テロリストたちと行動を共にしているらしい姉を止めないと」


 なるほど、と頷く荊沢。


「わ、私は……結衣さんの一番弟子ですから! 私も、どこへでも着いて行きます! 探索士をしているそもそもの理由は…………お金持ちになりたいから! 以上!」


 お金持ちか――とか思っていたら、3人から視線を向けられて、ハッとする結衣。


「わ、私? なんか皆、私を枕詞みたいにして……私は姉と、パンドラの箱を見付け出して、この狂った世界を終わらせること。それが、私の信念」

「ふんふんふん! 皆さん、ええなぁ。最近は、はっきりと口に出されへん人が多いのに。ウチは、どつき合いで世界最強になりたいんや。探索士しとるんは、武者修行みたいなもん。強い人や敵にめっちゃ会えるから。いつか『ザ・ワン』も超えたいねん……そこに今1番近そうのは日夏さんやから、しばらく近くで見させてもらいますよ」


 両手にはめたナックルダスターをガキン! と打ち付ける荊沢。


 結衣はニヤッと笑った。

 やれやれと溜め息混じりに笑う奈々美。

 詩織は「一番弟子は譲りませんよ」と慌てる。


「じゃあ、行きますか!」



 日夏結衣と夕星奈々美、それと三ケ月詩織の3人――に新たに、荊沢美海を加えた4人は気炎万丈の雰囲気を漂わせ、まだ見ぬダンジョンへ踏み込んで行った。



 彼女たちは多分、今日も死ねない。




 to be continued〜♪

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★新装★地下鉄ダンジョンで今日も死ねない 〜誰も死ねない世界で【死神】と呼ばれた彼女は、武器職人のロリムチと未来を探す〜 文印象 @fumi9973

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