4-4 冗談に出来れば、私たちは死なない

 数日後、奈々美は歩けるまでに回復していた。


松葉杖が手放せないが、そこそこのスピードで歩けるようになった。



 もう結衣から離れても――【アライブ】を解いたとしても死ぬことはないそうだ。



「――結衣……ここに居たの」


 病院の屋上で、フェンスに寄りかかっている結衣に向かって、結衣が声を掛ける。


「あ……奈々美! 屋上来たいなら言ってよ、1人じゃまだ辛いでしょ」

「いやいや、もうこのくらいは平気よ!」


 松葉杖を左脇に挟んで、ムン! とボディビルダーのようなポーズをする。


「ふふふ……ほんと、元気になって良かった」

「いやぁ、面目ない。あの時、【インビジブル】発動するの、遅れちゃって」


 ひょこひょこと歩きながら奈々美は、結衣の隣に辿り着いて、同じようにフェンスにもたれかかる。


ガシャンとフェンスが軋む。


「いやいや。私こそ、それを確認してから動くべきだった――攻撃に集中し過ぎて私も【アライブ】解いちゃってたし……あの2人が不気味過ぎて、焦ってしまった」

「御陵琴音ちゃんに、酒匂川太一くんか」

「あ、もしや……奈々美も佃野さんと話したの?」

「あ……! そっか、しまった! また口を滑らせた……」

「いやいや、滑ったどころじゃなかったよ。しっかりフルネームで呼んだじゃん――あの人、神出鬼没というか無辺無礙というか」

「殺し合った敵のところへ何度もひょいひょいと来るなんてね。しかしやっぱり……もう脳ミソが混乱して何が何やらだ」

「もう良いよ――」


 結衣が、そっと菜々美の方を向いて優しく言う。


「もう変に隠したり、言って良いこと悪いことを選別したりしなくて……もう大丈夫だから」

「――結衣も、聞いたんだ」


 無言で頷く結衣。そしてすぐ空を見上げる。


「私さぁ……何回、奈々美のこと――斬ったの?」

「う、うーん。これ言って平気かな? 少なくとも、100…………」

「ひゃ、100!?」

「多分ね。この前みたいに誤爆のパターンもあれば、何故か敵対して斬り殺されるパターンもあれば、されたパターンもあれば……」

「た、試し斬りぃ? 池袋でいきなり? それはヤバい……怖過ぎる」

「そん時は、姉の依頼が巧妙だったんだよなぁ確か。あと、敵対する時は必ずアタシが【リスタート】のことを、あらかじめ伝えた時なんだよねぇ――だから、ヘタに伝えることも出来なくて……」

「うあぁああああ…………はぁああああ……やっぱりツラい。ツラ過ぎる」

「それは何饅頭?」

「そんな饅頭い~らない! このルートの私が、1回斬り付けたという事実だけでも死にたいのに……それを過去に100回も? はあ、信じられない……」

「正しくは過去じゃないし、ルートって表現も適切じゃないなぁ……アタシ、世界丸ごと巻き戻しているから」

「細かい……と言いそうだったけどその内容は全然細かくない、というかめちゃくちゃ大味な話だァ。ついていけない〜」


 アタマを抱える結衣に、奈々美がそっと抱き着く。

カラカランと松葉杖が倒れた。


「そう。ついていけない話だから、わざわざ理解しようとしなくて良いんだよ。アタシの脳ミソの中にしか残っていない話は、過去に起きたことでもないし、未来で起きることでもないし、当然今でもない……もしかしたら夢なのかもしれない」

「夢……なんてことは無いでしょ」

「確かに! 毎回、ちょ〜〜痛かったからなぁ」


 お腹や胸をさする奈々美。


「うっ……すみません」

「冗談冗談! とにかくアタシたちは前を向くしかないんだから。今この瞬間さえ、ままならないのに……起きたかどうかも定かじゃないことに、悶々としている暇なんてないんだよ」

「――私、最近デジャブみたいに感じることがちょこちょこあったんだよ。詩織ちゃんのことも何故か、ずっと前から知っているような気がしていたし……」

「へぇ、そうなんだ」

「初見のハズの【黒曜】の攻撃がどんな感じか知っているような気がしたり……最後の、白シャツくんをぶった斬ろうとしていた時も、直前に『なんか、これ斬っちゃまずいやつだ』って感じたりしたんだよね」


 奈々美の傷も、これはヤバいやつだと直感した。


ひったくり事件の被害者の時のような、冷たい悪寒が背中を走った。


「デジャブか……大雑把な神様の処理漏れかな? 何回もやってたら、そんなこともあるかもね」


 何度も何度も繰り返して、何度も何度もやり直した。その度に世界も同じ数日間を繰り返した。


 全てまっさらに巻き戻されるハズだったが、奈々美に距離が近い結衣だからなのか――あるいは『やり直し』の切っ掛けとなった人物だからなのか……結衣は、ほんの少しだけ記憶を残しながら『やり直し』ていた。


「もしかしたら結衣の中に残ったその僅かな記憶の積み重ねが、ループを抜けるカギになったのかな」

「だとしたら、それはヒントだったのかもね。私が、奈々美を殺さずに済む未来を掴むためのヒント……ありがとう、奈々美。私にヒントを残してくれて」

「狙ってやったワケじゃないけどね。でも結衣なら、いつかきっと私をあの終わりのない迷宮から助け出してくれると信じていたよ」




『アナタに助けて貰う予定の夕星奈々美です』



――結衣は、初めて出会った時の奈々美の言葉を思い出した。


 アレはそういう意味だったのか、と今やっと気付けた。



「ん――うん……たくさん待たせてごめん」

「諦めなくて良かった……だからもう泣かなく良いんだよ」


 2人はしばらく、そのままフェンスにもたれかかっていた。


屋上への出入口に、詩織が来ていたことなんて1ミリも気付かぬまま。


「……良かった。お2人とも、ちゃんと…………じゃないですかっ」


 ペットボトルの飲み物を3つ持って、詩織はドアの影でそんなことを呟いた。

 

 今日は気温が高く、さっき自動販売機で買ったばかりのペットボトルは結露して水滴が滴るほどだった。



詩織の両目からボロボロと落ちた雫も、その水滴に紛れて分からなくなった。

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