4-3 迷宮を抜けたら、アタシは死なない

 パチン! と音がしそうなほどに勢い良く、奈々美が目を開けた。



……――」


 きっとその視界には、見慣れない真っ白な天井が映っていたハズだ。


 ピコン、ピコン、ピコンと電子音が一定のリズムでなっている。

 それを奈々美が心地良く感じるのは、自分の拍動とリンクしているからだろう。


「お。目を覚ましたね、夕星ちゃん」

「え? だ……だれ? ――って、いででててて」


 足元の方からした声に、奈々美は身体を起こそうとするが、全く動かないようだった。


「おいおい、まだ無理しちゃダメだよ。今でもまだ、死んでしまう可能性があるんだからさ」

「その声……えっと、佃野さん? なんで……」

「あら、よく覚えていてくれたね」

「そりゃ……さっきまで」

「いや、1週間前だよ。キミと私が、

「いってて……そんな経って? ――え、でも何で……」

「夕星ちゃんは、死ななかったんだよ」

「え……」

「日夏ちゃん、目の前の標的が夕星ちゃんに変わった瞬間……ほんの僅かだけど、後ろ手で薙刀を引いたんだよ。真っ二つに両断しようって全力の振り抜きの最中にだよ? とんでもない反射速度と武器操作だよ、まったく。そりゃ私も負けるわ」

「アタシ……死んで……ない」

「そうだよ? 気付くの遅くない? 日夏ちゃんの間一髪の武器捌きのお陰で、あの斬撃は即死級の致命傷にはならなかった」

「で……でも、即死じゃなくても、致命傷は致命傷で――そのまま死んでいたことだって……何度も、あった」


 そう言って奈々美は、ハッとする。


「そう! それそれ。どういうことなの? 御陵みささぎ……あ、あのゴスロリのおバカが言ってたんだけど……夕星ちゃん、タイムリープしてるの?」

「……な、なにを? ……そんなワケ――」

「そうとしか考えられないような、記憶を持ってるって。あの時、御陵や酒匂川さかわがわのことも初見じゃなかったんでしょ? あ、酒匂川は白シャツのことね。キミをこんなことにした張本人……ここだけの話、『酒匂川』とかいう名前なのに、アイツ……なんだぜ」

「なんの情報ですか。要りませんよ……ゴスロリちゃんのは、【スキャン】かなんかのSS?」

「いや、少しは気が晴れるかななんて。御陵のは……ま、だいたいそんな感じ。詳細は明かせないけど。あのおバカが言うにはさ、同じ時間・同じ日の記憶が複数あるんだってさ……こう、層になって、ミルフィーユみたいに」


 佃野は、両手を重ねて表現するが、奈々美には見えない。


「しかも、『残された死』も超特殊なんでしょ? 面白いなぁ〜夕星ちゃん」

「それで……何しに、ここへ? ゆ、結衣にやり返しにでも来たんですか」

「いやいや、違うよ。ただお話ししに来ただけだよ。暇だったし。それに……日夏ちゃんはお疲れみたいだしね」

「え?」

「さっきも言ったでしょ。まだ日夏ちゃんが離れたら危険だって……日夏ちゃん、この1週間ずっと、片時も夕星ちゃんの傍を離れず、SSも発動しっ放しらしいからね――ほら、首、左に回せる?」

「左――?」


 奈々美は、その言葉に従うように首を動かした。ギチギチと音が聞こえそうな鈍い動かし方。


「あ……」


 ようやく90度、傾けるとそこに、スヤスヤと眠る結衣が居た。


 ベッドの脇で椅子に腰掛けて、腕を組んで――こっくりこっくり、船を漕いでいる。


「病院着いてからだけじゃないよ。ダンジョン内からずーっと……【アライブ】発動しっ放し。今は寝てるから『痛み』を感じてしまうんだろうけど、起きている時は『痛み』も遮断していたらしいよ? 私にもそうして欲しかったなぁ」


 

 あの時――結衣は、奈々美に致命傷級の斬撃を入れてしまっていた。

 そして、そこに居たほとんどの人が『とは言え死なない』と思ったし、『じゃあ結衣がブチギレて大変なことになるぞ』と思った。


 しかしその後、起きた展開は誰の予想にも反するものだった。

 結衣は慟哭どうこくし傷口を抑えるようにしたり、詩織に助けを求めたり……酷い狼狽ろうばいを見せた。


『何をそんなに……』と一瞬、詩織も思ったがその鬼気迫る雰囲気を察して『折り紙』で傷口を覆う手伝いをした。



 ――そこで結衣はハッと気付いて、発動を解いていた【アライブ】を再度、発動した……効果対象を奈々美にだけ絞るようにして。


 更に、痛みを遮断するようにして。

 効果対象を絞るのも、痛みを遮断するのも……この時が初めてだった。


 全神経、全集中力、全然エクトプラズムを奈々美の延命のためだけに注いだ。


 そんな混乱の最中、気付いたら替山や佃野たちは御陵と酒匂川とともに消えていた。


「結衣……しおりん…………」 


 結衣の横には詩織も居る。地べたに体育座りで寝ている。


「『ダイヤ』とは言え、そりゃ疲労もするさ……聞いたことないよ、1週間もSS発動しっぱなしなんて。と言うか、背もたれも無い椅子で眠りながらどうやってバランス取っているのかなぁ」

「ゆい……! ゆ、ゆ、結衣ぃいいい……」

「おっと。それは――〝初めて見た〟ってリアクションかな? つまり夕星ちゃんは、タイムリープを抜けられたってことなのかね」

「……あっ…………」


 静かに拍手をする佃野。

 言われて初めてその事実を認識をする奈々美。



 初めての天井、初めてのベッド、初めての会話、初めての痛み――それは、これまで何十回と繰り返した記憶の中には無いものだった。


「それにしても……自分の死因となる日夏ちゃんの傍に居続けたのは……どうしてなの? ただ単に、ループから抜け出したいってだけじゃないでしょ?」


 せきを切ったように、涙が溢れて止まらない奈々美。


「ゆ、結衣を……この子を、救いたくて……壊れて欲しくなくて……それだけを願って――」

「なるほど。あのまま、夕星ちゃんが死んだら、日夏ちゃんがどうにかなってしまうのか……悪魔にでもなるのかね」

「違います。です」

「……そっか。そりゃあ、さぞハマり役だろうね」


 奈々美に負わせた傷が『残された死』だと気付かぬまま、結衣が酒匂川と戦闘を続行しようとしていたら、奈々美はすぐに死んでいただろう。


 ひとしきりやり合った後、冷たくなった奈々美を発見する――そんな最悪なルートも、確かにあった。


「やっと……やっと、アタシ……結衣を」

「――あんなナリしてるけど、御陵が驚いてた。数回とかそういうレベルじゃないって。数十回じゃきかないくらい、繰り返しているんでしょ? 日夏ちゃんと出会ってから殺されるまでの数日間を。普通は諦めるだろうって。もしくは精神ぶっ壊れるだろうって。日夏ちゃんと出会わないルートを選べばループを抜けられる可能性だってあったハズなのに、って」

「……初めての時から、結衣は…………アタシの複雑な家庭事情を見抜いてくれて、アタシが隠した心の内を紐解いてくれて……一緒に悲しんでくれて……そして、まるで自分のことのように怒ってくれて――そんな優しい結衣が、間違ってアタシを殺して……壊れてしまうのを……見て」

「それを防ぎたかったんだ……一応私も、仲間ってことになるけど、あのお姉さん酷いよね」

「2回目も3回目も……何度目だって、結衣は同じように、アタシのことを救おうとしてくれた…………ループする度、変わってしまうことも沢山あったのに」

「だとすると……初めての死に際に、SSが固定強化した可能性が高いね。夕星ちゃんの死を回避するためのSSというよりも、日夏ちゃんを救うためのやり直しのSSになった――」

「ごめんね……結衣…………何度も辛い思いさせて。アタシ、なかなか上手く出来なくてさぁ……ごめんねぇ」


 佃野の推察通り、奈々美は初回の死亡時に、もともと持っていた死に戻りのSS【リスタート】を、日夏結衣を救うことに特化したカタチへ進化させていた。


 自分を斬り付けてしまい、激しく狂ったように狼狽する結衣を見て、この現実を回避したい――どうにかして救いたいという一心で。


 そして世界全体を巻き込んで死に戻りをした。別軸の世界を作るワケではなく、同じ世界線を完全に巻き戻すようにして。



 つまり奈々美が死ぬ度、この世界の全ての人が巻き添えで死に戻りしていた。


 結衣が、奈々美を救出に行くことを決める少し前の日付まで。



「抜けられたのだとしたら……結衣を救うことが出来たのだとしたら…………何が、切っ掛けだったんだろう」


 うーん、と顎に手を当てるようにして考える佃野。奈々美にはその様子は見えないのだが。


「キミが、ループする度、どのくらいの記憶を残していたかも分からないし、どのくらいを持たせて行動をしたかも分からないけど……1つの結末を得るための構成要素は、無限に等しい。何が、なんて無いのかも知れないよ」

「……確かに」

「ただ……私は、このルート? での夕星ちゃんしか見てないけど、キミが、いついかなる時も日夏ちゃんを気に掛けているってのは、すぐに分かった」

「そう……です、か」

「六本木で2人揃っているのを初めて見た時――生き別れた姉妹とかなのかと思ったくらいだ。どっちが妹か姉かは分かんないけど……キミの方だけが、その事実を知っていて、でも隠している――みたいな。そういう関係なのかとさえ思うくらい……」


 佃野は、少し間を置いて――


「愛を、感じたよ」

「そう…………ですか」

「うん。だから、きっと、そういうことなんじゃないかな。今までの夕星ちゃんの愛が足らなかったって意味じゃないけど、今回の夕星ちゃんの愛の大きさが……日夏ちゃんを救えるほどに、大きかった。そういうことなんじゃない?」


 だから、酒匂川への追撃よりも奈々美の処置を最優先させたのかも知れない。

 もしかしたら、あの瞬間の選択こそが、ループを抜ける最後の分水嶺だったのかも知れない。


「はは……ははは――佃野さんって、見掛けによらず、ロマンチストなん、ですねぇ」

「失礼な。見掛け通りにロマンチストだよ」



 奈々美は、笑いながら泣き続けた。

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