1-3 語彙力は絶滅しても、私は死なない
薙刀――
163センチと女子の中では比較的背の高い結衣だが、その武器は持ち手の柄だけでそれを凌ぐ。
更に、『穂』と呼ばれる反りの入った刀身まで含めると2メートル後半から3メートルという圧倒的な長さを誇る。
かつて戦国の世に登場し、人馬もろとも薙ぎ払った長柄の武器。
その長いリーチと重量を活かした斬撃と刺突に加えて、刀身と逆端にある『石突』という突起部や柄そのものでも攻撃が可能な武器。
「いわゆる〜、現代以降の『なぎなた道』は専守防衛をメインにしているとか、女子の武道だとか、間合いの長い弱腰武器とか、逆にその間合いの内に入られたら何も出来ないとか……なんやかんや言われることもあるみたいだけど、1対1の戦いなら最強の武器って説もあるよね~」
「一時期、その道自体が廃れかけたりもしたけど……ってか詳しいね。もしかしてだけど奈々美ちゃん、武器全般にその知識量、有ったりするの?」
勿論よ、とでも言いたげな笑みを浮かべて奈々美は鼻を膨らめて赤い鉄塊を手に取る。
その鉄塊の正体は、ダンジョン内にのみ存在する『薔薇鋼』という新種の金属。
全体に少し赤みが有り、磨いていくと表面に花のような紋様が浮かぶその様から薔薇の名が冠されている。
この鋼を加工して作られるのが緋装で、ゴーレムに対して非常に高い効果を発揮する兵器の総称だ。
奈々美は薔薇鋼を高温で熱してドロドロに溶かしたら、冷水の中へ落とす。
タプンタプンに冷水が入った大きな容器は何処から現れたのか……結衣は考えるのを止めていた。
完全に冷却されるとまた固まってしまうから、冷水の中でヤットコなどを用いて手際良く素早く、成型していく。
元からかなりの硬さを誇る薔薇鋼だが、この工程を踏むことで地球上で最も硬く、そしてしなやかな強さを手に入れるのだと、どこかで聞いたことがある。
まるでライブアートのように美しく力強い奈々美の技に結衣は心を奪われていた。
「凄い。綺麗……飴細工みたいで――なんか、美味しそう」
「え、美味しそう? 流石に食べられはしないよ。そんなこと言われたのは……初めてだ」
気が付けば冷水の中で、結衣の上腕くらいの長さがある反りの深い刀身が完成していた。
水の中から引き上げて布の上にそっと置く。
続いて奈々美は、リュックの中から四角い塊を取り出すと、それで刀身を鋭ぎ始めた。
「その砥石も、薔薇鋼だよね?」
「うん……薔薇鋼じゃないと逆に削られちゃうからね!」
シュイン、シュイン、と子気味良いリズムが魔境に響く。
その音は、良い揺らぎ波長でも含んでいるのか、結衣の心にまとわりついていた暗く辛い記憶をも削り取ってくれた。
「最強かどうかなんてさ。結局、持った人の技量次第だからね。赤ん坊に薙刀持たせたって……ねぇ?」
「極論だけど、そりゃそうね。同じ技量なら――ってのも、現実的には比較できないし」
「そうそう。あ、これ……柄、白いの? 素敵。素材は木?」
「表面はね。中心に薔薇鋼仕込んでるから、折られたり斬られたりすることはないよ! 因みに、3分割出来るから、持ち運びもきっと楽」
「へえ、凄い。良く考えられている」
「まあ、考える時間は、たくさんあったからね……あ、このダンジョンから出られなくてね? はい、出来上がりっ」
「うわぁ…………鍔ありの静式……」
「ふふ。我ながら、いつも通り良い出来だ。特に今回は刃が良い。これで斬られたら…………きっと、めちゃくちゃ痛いんだろうな」
「斬るのはゴーレムだし、斬られたって死なない、で……しょ」
奈々美は何か含んだように笑って、ポンと結衣に薙刀を手渡す。
そしてその瞬間、結衣は悟る。
『自分に合わせて作られた』とはこういう事か、と。
「――お、おおお、うぉおおおお?! え、おお! あ、りがとう……ございます……」
その驚きの表情を見て、奈々美も満足気な表情に変わった。
腕を組んで、大きくウンウンと頷いている。
「どう? 良いでしょ?」
「凄い……何て言うんだろ……え、凄い。いや、あの……凄い! 大変、語彙力が絶滅してしまったよ」
「ふふふ、寧ろ言葉なんて要らないのよ……ねえねえ。せっかくだし、試し斬りしてみなよ。アタシも見てみたい」
小悪魔っぽく奈々美は笑って、さっき上って来た階段を見下ろす。
その先には、黒い巨体。
「ほら、まだ居るよ。さっきは手も足も出なかった死神ちゃんが」
「て、手も足もぉ? 手、くらいは出ていたと思いますけどねぇ!」
少しむくれたり、しゃくれたりしながら結衣は、感触を確かめるように身体の前で右に左に薙刀を回す。
ブォン、ブォンと低く鋭い風切り音が鳴る。
片手で回したり、頭上や腰回りでもグルグルと何度か回したりしながら、目を閉じて深呼吸をする。
「ふっ……!」
強く息を吐くと、まるで台風の目のようだった様から一転、ピタリと、刃を下に向け柄を右半身に沿わせるようにして薙刀を静止させる。
「ひゅう~、かっちょいいね! うんうん。そっちのが断然似合っているよ、やっぱり!」
目をキラキラと輝かせている奈々美。結衣も満更でもない表情を浮かべている。
そして「こんな良いものを作ってもらっておいて、無様な姿は見せられないね」と言いいながら、階段へ向かって跳んだ。
跳ぶというよりは、落ちているに近い。
2フロア分の階段を、一度も踏むことなく下り切る。
そして、一切の音を立てずに着地した。
「膝! 柔らかぁ!」「柔らかぁ~」「かぁ~~」
後頭部に奈々美の感嘆がコダマしてきた。
音や衝撃は身体能力で、いかようにでも殺せるが、引き連れてきた風は消えたりはせずゴーレムは、その風圧にあおられて仰け反った。
『グ、グオオオ!』
照れ隠しのように吠えるゴーレムを凛と見上げる結衣。
そしてペコりと腰を折って――
「大変長らくお待たせいたしました。諸々こちらのタイミングで申し訳ないけど、早速リベンジマッチをしましょうか!」
上目遣いに宣戦を布告する。
〜あとがき〜
今話も読んで下さり、ありがとうございます!!
もし少しでも面白い!と思って貰えたら、♡やコメントを気軽にしていただけると嬉しいです!
きっと【語彙力無くなるくらい】喜んで、今後の創作活動のモチベーションが高まります!
『ブクマとか作者フォロー増えると、奈々美がロリムチからエロムチになるってさ』コソッ( *¯ノᵕ¯*)←結衣です
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