1-2 ロリムチがグイグイ来たって、私は死なない

「たす、助け? え? どういうことぉおお?」


 ひとまず絶叫してみる。そうすれば、ギリギリ死なないでいられそうだったから。


「え、あ! えっと、その! ……ほら!」


 小柄なロリムチ女子は右手で黒いゴーレムを指さした。


『グオオォオオオ……!!』


 左手の無いゴーレムが叫ぶ。どうやら怒り心頭のようだ。


「そ、そりゃそうよね……取り敢えず、一旦逃げます!」

「ほい! ――って、うひゃあ」


 結衣はロリムチ女子をヒョイっとお姫様のように抱きかかえ、ゴーレムにクルリと背を向ける。


 その視線の先には、上のフロアへ続く階段。



「良い位置に階段があって助かった」

「あ、ごめん! アタシの荷物も、見捨てないであげて下さ~……」



 その言葉を聞き終えるより先に、結衣は階段を上り切った。

 少し遅れてドゴォンと床が砕かれたような音が、ダンジョン中に反響する。


「――い。って、え? 凄っ……今の一瞬で2フロア分も上ったの?」

「あ、大丈夫したか? 急に動いちゃって」

「うん、大丈夫! 速過ぎて何回か死んだかも……なんてね。死ぬワケないんだけどさ!」

「はは、ははは。そういう死因も無くはないから、冗談とも言い切れないんじゃないかな。それにしても、この荷物……重いねぇ」


 左手に抜き身の直刀、右手に大きなリュックや筒状のバッグなどを持ちつつのお姫様抱っこ。


「下ろしても、平気かな……」


 階段の下でゴーレムが、こちらを威嚇するような素振りをしているが、上っては来られないようだ。


 それを確認すると結衣は、ふう、と溜め息を吐いてお姫様と荷物を下ろす。



 お姫様抱っこから降ろされたロリムチの少女は、スカートの裾を直しながら、はにかむように微笑む。



「いや~助かったよ――じゃないや。助かりました! アタシ、奈々美です」


 何故か2度目の自己紹介をする奈々美。


「――あ! そうだ、それそれ! アナタが夕星さんなの?」

「はい、夕星奈々美です! 何か……変だったかな?」

「んん、大丈夫! 初めまして、奈々美さん。私は三級探索士の日夏結衣。アナタを探す依頼を受けて、このダンジョンに潜ったの」

「あらま、そうだったんだ。アタシを探そうとしてくれるなんて……殊勝な方も居たもんだね」


 ちょっとワザとらしく手を広げて驚いたような素振りをして、にかっと笑ってみせる奈々美。


「結衣……あ、じゃなかった結衣さん? いきなり下の名前で呼ばれるのはナシかな? ひなっちゃんとかにする? それとも今まで呼ばれたことのないようなあだ名でも考えてみる?」

「あ、あの〜……」


 奈々美の、謎の圧に押される結衣。


 結衣好み(?)の、ふわっふわで柔らかそうなロリムチ体型だからかも知れないが、多分それだけが理由じゃない。



「あ、しまった。ちょっとテンション変だったよね! 久し振りに、会話したから、つい舞い上がっちゃって」

「……っ」



(そうだ……奈々美さんは、2週間前からこのダンジョンに1人っきりだったんだ)



 先刻、自暴自棄になって、それすら放棄しそうになっていたが……結衣は夕星奈々美という人物の捜索依頼を実行中だった。


 依頼主は、奈々美の実姉である睦実。


『旧池袋駅から地下鉄ダンジョンへ潜る』と言って家を出たまま、帰って来ない妹を探して欲しいと。


 もう2週間も帰って来ないのだと。



(ミッション、クリア……なのか?)



 依頼を達成し喜びたい気持ちを、言いようのない訝しさが押さえ付けてくる。


 何せここは池袋の地下鉄ダンジョン。危険度は、都内でも上から数えた方が早い。


 そんな危険なダンジョンへ単身乗り込むなんて、探索士でも積極的にはしない。


 だから結衣は『ああ、これは未達案件だ』なんて思いながら受注していた。



(相場より高い前金に釣られてしまったけど……まさか。見付けられるどころか、連れて帰れるなんて)



「どうしたの? 結衣、何かボーッとしてる」

「……あ、いや。何でもないです――ってか、もう呼び捨てなのね。まあその方が気楽かな。何か、しっくり来るし……それじゃ、地上に戻りましょ!」


 うんうんと、首がもげそうなくらいに頷く奈々美。


 それを見て思わず結衣は頬を弛めた。

 そして……出口の方角へ身体の向きを変えようとした瞬間――



「あっ、ちょっと待って!」


 左腕をいきなり掴まれた。


「ど、どうしました? 出口はこっちですよ、多分」


 半身になりかけた上体を戻すと、奈々美が上目遣いでこちらを見詰めていた。


 両手でガッシリ結衣の左腕を掴みながら。



 まるで、忘れていた何かを突然思い出したかのように。


「ねえ、結衣。この緋装の直刀――もう、ボロボロだね」

「え……ああ、うん。さっきの黒いゴーレム、めちゃくちゃ硬くてさ」



 2人は結衣の左手に握られた直刀――と呼んでいいのか迷うくらいにガタガタの刀に視線を落とす。


 軽く振るうだけで、刃の欠片が落ちる有様。


「結衣って……刀とか剣とかより、もっと間合いの広い武器を使っていたでしょ?」

「えっ……どうして」

「あ……いや、実は! 戦ってる最中も、少し見学させてもらっていたんだ! それで、刀にしては構えた時の身体の開きが大きいな~とか思って」

「……っ!」

「そ、それって……普段は長い柄がある武器を構えている名残りなんじゃないかなって」

「え、と……その」


 言葉に詰まっていると、突然、奈々美はプクッと頬を膨らませた。

 左手を腰に当てて、右手の人差し指をピンと立てて。


「もう〜、だからダメだって言ってるでしょ〜! 武器に合わせて、得意な戦術を封印しちゃ。持っている戦術とか技術とかに合わせて緋装を選ぶのが本筋よ!」

「お? おおお? 多分、初めて言われてますが?」

「……一般論よ、これは。なまじ素のスキルが高い人ほど、ハマる落とし穴なの。そこそこの既製品で手を打ってしまう感じ。全くもう」

「い、いや……そんなこと言ったって、無いんだから」

「有るよ」


 食い気味に、そして目を爛々と輝かせて奈々美は断定する。

 いつの間にか結衣の両手を包み込むように握っている。



 結衣の心臓は、肋骨を突き破りそうなほどに飛び跳ねた。



「――有るよ。アタシ、どんな緋装でも作れるんだから」

「えっ」


 結衣の手をパッと解き放つと、傍らに置かれていた大きなリュックと、筒状のバッグをガサガサと開け放っていく。


「何のためにアタシ達が居ると思っているのかね! さあ、お望みの武器は何?」


 日本刀、剣、青龍刀、手斧、サーベル、鎖鎌、ハンマー、ナイフ、モーニングスター……リュックやバッグの容量を明らかに超えて武器がズラズラと出て来る。


 瞬く間に武器屋がそこに開店した。


「え……待って待って待って。まさかこれ全部、緋装? ひゃあ〜! 紋様めちゃくちゃ綺麗! これ……奈々美ちゃんが作ったの?」

「いえすおふこーす! ふふふ。それで? 何がご所望かね、結衣。長柄だとしたら槍? ツーハンデッドソード?」


 バッグの仕組みがどうなっているかなんて最早どうでも良い――結衣の瞳は、奈々美以上に輝いている。


 高まる想いが溢れて言葉になる。


「な、薙刀……! 薙刀の緋装は有る?」

「ふっ。勿論、有るに決まっているよ!」

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