★新装★地下鉄ダンジョンで今日も死ねない 〜誰も死ねない世界で【死神】と呼ばれた彼女は、武器職人のロリムチと未来を探す〜

文印象

01 死に戻りの世界で

1-1 アタマが無くても、私は死なない

 日夏ひなつ結衣ゆいにはアタマが無い。

 

 勿論、普段は有る。


 ただ、今は無いのだ。ちょっとした凡ミスで、0.5秒ほど前に無くなった。


 乾いた手で触れられたシャボン玉のように弾け飛んでしまった。


 

 しかし当然、人のアタマの中はシャボン玉とは違い、空っぽではない。


 液体のような、あるいは個体のようなものを辺り一面、びちゃびちゃと撒き散らして地下鉄ダンジョンの壁や床を汚した。


 

「はぁ……ショック。うっかり気を抜いてしまった。今日の髪留め、おニューだったのに〜」

 

 頭も口も無くなってしまった身体で、結衣はぼやく。


 真っ白なロングパーカーで首元から太腿辺りまでをスッポリと包み、少し窄んだその裾から健康的な脚が伸びる。


 一応、彼女の名誉のために付け加えると裾に隠れているだけでデニムのショートパンツを履いている。


 足元は、爪先の露出した厚底のスポーツサンダルを履いていて、岩や瓦礫が多くあるこの場所には、やや似つかわしくないようにも思える。



 ダンジョンに潜る服装として適しているかどうかは別として、可愛らしい服装。



 

 だが頭が無い。


 頭も口も無いのに、どうやって考えたり、言葉を発しているのか?


 ――本人こそ不思議に思っている。



「黒い鋼をまとったゴーレム、通称【死神】……でも、ちょっとゴツ過ぎない?」


 そんなことを言っている間に、結衣の頭は復元していく。


 緩いパーマが掛かったピンクグレージュのミディアムボブが、バサッと肩に落ちる。


 右手で頭頂部と右頬をポンポンと叩いて、完全に直ったことを確認すると結衣は、薄く二重の入った切れ長の両目を開いた。


「一般的に『残された死因』に繋がりやすいアタマを的確に破壊してくるあたり……確かに普通のゴーレムより知能は高そうだね」


 感心しながら、萌え袖気味の左手に握っていた反りの無い真っ直ぐな刀――直刀を構える。



「うっわ、めちゃくちゃ刃毀はこぼれしてんじゃん。はぁ……どうしたもんかね」


『グオオ!』



 考える暇なんか与えてやらんとでも言うように、黒色のゴーレムは、結衣の血で真っ赤に染まった右腕をまた振りかぶる。


「あら? アナタって、もしかして右利きぃ――なの?」



 パーカーのフードをフワリとなびかせて、大砲のような右ストレートを躱す。


 標的を捉え損ねた大砲は、そのまま地面を叩き割った。


 結衣は躱し際に、その腕を何回か斬り付けてみたが……その分、また刃毀れが進んだ。



「硬い! くそう……ホント私、刀の扱い下手くそだな~」


 大きくステップバックをして、距離を取る。



(違う。上手い下手の話じゃない……心が、乱れているんだ)



 肩で息をしながら「冷静になれ、いつも通りやれ」と自分に言い聞かせる。

 軽い雰囲気とは真逆に、結衣の心は激しく揺らいでいる。



「黒いゴーレムが出るようになったってことは、ここも指定管理化されるのかしら?」



 ――無意識に、口数が増える。そうしないと振り払えない。


 嫌な記憶が脳内を侵食してくる。思考を鈍らせ、判断を遅らせる。


「あんな大振りの裏拳……何まともに食らってんだよ、私」



 脈絡の無い一人語り。取り留めのない独り言。


 振り払おうとすればするほど絡みつき、まとわりついてくる、その記憶。


 思考は混濁していく。



『お前がやっていることは、人助けなんかじゃない。死神だ』


『その仕事を辞めてくれないなら……お前とは一緒にはなれない』


『結婚の話は、無かったことにしてくれ』



「ああ! もう……なんで今、あの言葉を思い出しちゃうかな!」


 ドス、ドス……ドスドスドス!


 ――黒い巨体が近付いてくる。まるで、結衣の感傷を踏み潰すかのように。


「うるさいんだよ! もうっ!」


 その不粋さに苛立ち、髪の毛をグシャグシャっと掻きむしりながら、こちらから迎え撃つように駆け出す。



 ゴーレムの足元まで一気に踏み込み、鉤曲こうきょくにステップを刻んで、巨体の左脇をすり抜ける。


 その最中、上半身と下半身を切断しようと、直刀を右手に持ち替えて、左腰から水平に振り抜く。



 しかしやっぱり、硬い金属音が響くだけだった。


「……痛っ!」


 地面を滑りながら身体を反転させ、残心を取ると黒いゴーレムは野太い咆哮を上げた。


『ギィイ……グオオオオ!』


 それは威嚇や鼓舞の類ではなく、むしろ悲鳴のように感じた。

 よく見ると、左腕の肘から下が無くなっている。


「え? あれ? ……何で」


 斬ったのは紛れも無く、結衣。しかし本人も意図していない結果だ。


 胴を切断しようと振り抜いて、弾かれた刃の旋回軌道上に、たまたま左腕があった。

 そして更にたまたま当たりどころが良かったらしく、ゴーレムの左肘から下を斬り落としていた。



 鎧のような表皮とは言え、関節などには隙間があり、そこなら割りとあっさり斬撃が通った。


 その状況を認識すると、結衣は大きな溜め息を吐いて、雑に構えを解いた。

 直刀の先端が地面にドスっと刺さる。



(こんな、あからさまな弱点さえ見落としている……はぁ……まったく、嫌になる。何をしているんだよ、私は)



 ――バキン、と胸の奥で何かが砕けた音がした。



 長い時間を掛けて培ってきたものが、たった1人の言葉・たった1つの出来事で、揺らいでいる自分に嫌気が差した。


「はぁ〜あ……馬鹿らしっ」


 急に何もかもがどうでも良くなった。全てを投げ出してしまいたくなった。


 無意識のうちに目の前のゴーレムに向かって「さあ、おいで」と両手を広げていた。


 このままここで、ゴーレムの『贄』になった方が楽なんじゃないか。


 結衣が、そう思い始めた、その瞬間――



「ねぇ! ちょっと、ちょっと! ダメだよ、! 贄にされたら、永久にゴーレムの原動力にされちゃうんだからっ! 死ぬよりずっと辛いんだよ!」

「……う、うっわぁあああ!」


 結衣は全身を硬直させて飛び上がった。

 絶叫が地下鉄ダンジョン内でコダマする。



 すぐ隣に誰かが居た。


 服が触れ合うほどのその距離に。


 今の今まで、そこに誰かが居た気配なんて、1ミリも無かったのに。


 音も気配も無く突然現れた。突然そこに居た。



 それだけでも心臓が破裂しそうなのに……現れたのが超どタイプのロリムチ美少女だったから、結衣は余計に大変だ。


「あ! アタシ……アナタに助けて貰う予定の夕星ゆうつづ奈々美ななみです!」


 そんなワケの分からないことを言いながら、ロリムチ女子はピョンと跳ねて悩殺ボディを揺らす。



 ゴーレムより先に、こちらに殺されてしまうんじゃないかと結衣は思った。



 まあ、そんな【死因】で彼女は決して死なないのだけれど。



〜あとがき〜


 ここまで読んで下さり、ありがとうございます!!


 面白いかも!と思って貰えたなら、コメントや♡などいただけたらとても嬉しいです!

 きっともっと面白い作品になっていくと思います♪


『ブクマ・作者フォローしてくれたらきっと私は死なない』by結衣

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