Story.29―――私の望みは
―――緊張のあまり、動けなかった。
アニュス・デイ皇帝は、そんな私達を不思議そうに眺め、そして唐突に口を開く。
「どうした、座らないのか? それとも、立ったままでいるほうが気楽か?」
「あ、いえ。ではお言葉に甘えて」
「失礼しますわ」
「失礼します」
そう言われて初めて、私達は動いた。
ゆっくりと、不敬のないように用意されたソファに座る。―――沈む。低反発の素材であるが故であろう、私の身体を拒絶することなく、そのソファは支える―――否、受け入れる。
そのあまりの座り心地に眠気さえも襲ってくるが、それをなんとか耐え、アニュス・デイ皇帝に向き合う。
「よし、では話そうか。……と、その前に」
そう言って、アニュス・デイ皇帝は何もない空間に手を伸ばす。すると、そこには小さな空間の歪みが発生していた。恐らく、異界化の権能の一つである『空間収納』であろう。
そこからアニュス・デイ皇帝は、一丁の銃を取り出し―――私に突きつけた。
「―――愚か者めが、この僕の目を誤魔化せるとでも思ったか? だとしたら浅はかだな、クロム・アカシック」
―――そして、今に至る。
突然のことで、ニーナもフランソワも動けず、私も下手に動けば撃たれるという状況。そのような状況を作り出し、アニュス・デイ皇帝は言う。
「貴君、呪術師だろう? ……良い、答えるな。それぐらい、僕の目にかかればお見通しだ。では、聞こう―――クロム・アカシック。
―――貴君はなぜ、人類に味方する?」
「……はい?」
唐突に言われた言葉は、私に対して投げかけられたものであった。人類の味方―――それはつまり、呪術師とは、本来人類の敵ということだろうか? 無論、呪術師につけられた世間一般のイメージというのは魔術師や、その上位種族である魔神が心を廃し―――憎悪怨念化した末路が呪術師である、というものであるが。
いやしかし、それだけで人類の敵ということになるのだろうか?
そういえば前に戦った〝魔祖十三傑〟第十三座―――ランスロット・サイクラノーシュも言っていた。今でも謎の残る言葉―――「あの方々」。彼の発言からたどるに、その「方々」というのは呪術師、あるいは呪詛師なのだろう。そして「あの方々」という言い方―――それは、ランスロットよりも、その「方々」というのが上の立場であるということの証明にほかならない。
と、なると。なるほどアニュス・デイ皇帝が警戒しているのも無理はない。「あの方々」がランスロットよりも高位の存在であるならば―――それは、より上位の〝魔祖十三傑〟であるのにほかならないのだから。そういう経緯で、私のことも警戒しているのかもしれない。そうならば、納得である。
そうして、私は答える。
「……なるほど。皇帝陛下は、ランスロットよりも高位の〝魔祖十三傑〟が呪術師、または呪詛師であることから、私を警戒していらっしゃるのですね? それならば、私にはなにも警戒なさらなくても大丈夫です。私が人類の味方である理由はただ一つ―――人類が、好きだからです。それに、私にはランスロットを討伐した功績もありますゆえ―――」
「良い、もう喋るな」
カチャ、と音がする。
見ればアニュス・デイ皇帝が今まさに、引き金を引こうとしているではないか。この至近距離での頭部射撃―――当たれば脳髄が吹っ飛ぶ。
「さらばだ、呪術師。ランスロットを討伐したことは評価しよう。だがしかし―――貴君は、人からの信頼を得ることが叶わな―――」
「―――そこまでにしていただけるかしら、皇帝陛下?」
ハッとして、顔を上げる。そこには、手足をワイヤーで繋がれ、引き金を引けない状況になったアニュス・デイ皇帝がいた。
「く―――貴君、ニーナ・サッバーフ! なるほど、サッバーフの家の者か! 〈カムランの丘〉―――そのさらに奥にある〈不毛の砂漠〉に拠点を構える暗殺教団の教主の家系か。噂はかねがね。そしてそこにいる貴君はフランソワ・カリオストロ。―――呪われた血統の当主か?」
「そんなことはどうでもいいのです。皇帝陛下、さっさとその銃をしまっていただきましょうか」
そう言われてアニュス・デイ皇帝は、ふ……と一つ微笑を吐く。そうして、手に握った銃をおろしたのである。
そして言う。
「ふむ、僕の目に曇りはなかったようだ。歓迎しよう、客人―――いや、英雄よ!」
『……は?』
先程とはまるっきり違う態度に、私達は唖然とする。
「え、いや……え?」
「ん? どうした? ―――もしや、この銃の銘が知りたいか? 良いだろう、教えてやろう。こいつはある異世界人が僕に献上した、ええと……何だったっけか。たしか―――そうそう! スプリングフィールドM16とか言っていたな。僕には、意味はさっぱりだが―――まあ、ただの銘だ。意味なぞ、もとからこもっていないのだろうな」
「いや、違う! そうではなくてですねぇ! えっと、そのぉ……」
さらっとアーリントン国立墓地の墓守が持っている銃の名前が出てきたが。しかし、私達が疑問に思っているのはアニュス・デイ皇帝が持っている銃ではなく、彼の態度の豹変ぶりである。どうすれば、あの一言でも発すれば殺されそうな殺意マシマシから、こんなにこやかな態度へ変われるのだろうか?
と、アニュス・デイ皇帝も私達の胸にある彼自身の態度の急変への疑問に気づいたようで。アニュス・デイ皇帝は、納得したような顔をして言った。
「ああ、なるほど。貴君らは、僕の貴君らへの態度の急変について疑問を持ったわけだ。そうかそうか。それについては、特に理由などないのだが……強いて言うなれば、クロム・アカシック。貴君が、仲間から信頼されていることを僕に証明したからだ。もし信頼されていないならば、僕の力に恐れをなして貴君を助けようとはしなかっただろう」
「は、はぁ……」
私が若干不満げな声で返事をすると、アニュス・デイ皇帝は話を変えようと言った。パチンッ、と彼が指を鳴らすと、我々が挟んで座っている机の上には様々な書類が一瞬にして―――そう。誰もが反応する間もなく本当に一瞬にして現れたのである。
この瞬間移動という魔術は、もはや現代の魔術師だと扱えるのはごく少数。……なるほど、ここが一種の『異界』だからこそ成立する魔術であるのか。
すると、アニュス・デイ皇帝はその様々な書類群を指差し、
「では、クロム・アカシック。―――皇帝である僕が、貴君の願いを叶えよう。人類全体にとっての英雄には、皇帝から直々に礼がある、というものだ。無論、後ろの貴君らにも報酬として一つ、願いを叶えてやろう。心配するな。僕は知っている。……貴君らも、ランスロット討伐に協力した、という事実をな」
そこで、私はずっと疑問に思っていたことを口にした。それは―――
「しかし、皇帝陛下。なぜ、あなたは私達がランスロットを討伐したことをご存知なのですか? 私達は、誰にもランスロットを討伐したことを話しておりませんし、第一、その事件は連続殺人犯がサターン神父―――もといランスロットと一緒に爆死した、ということで解決したのでは?」
それに対し、アニュス・デイ皇帝は、自らの紅い目を輝かせながら答えた。
「そうか。貴君らが不思議に思うのも無理はない。なにせ、これは世間一般には公表していない能力だからな。―――皇帝の一族であるワルキエル一族が保有する特殊な目―――『超常魔眼・
……どこぞの呪術師と同じような原理で私達を覗いていたようだ。
「さて、話を戻そう。貴君は、何を望む?」
「……そうですね。私は、皇立学園への推薦を望みます」
アニュス・デイ皇帝は、私の答えに面食らったような顔をする。そして、本当に、それで良いのかと私に問いかけるように私をまっすぐと見る。
「ええ、それで良いのです」
「……そうか。ならば、良い。僕から推薦しておこう。しかし、それはあくまでも『推薦』だ。この前の剣士にも言ったが―――いや、言われたか。なら説明する必要はないか」
そうして、アニュス・デイ皇帝はニーナとフランソワの方を見る。
「さて、貴君らは何を望む?」
「そうですわね……ならば、私もクロムと同じものを」
「僕も、それで」
アニュス・デイ皇帝は、ニーナとフランソワの答えを聞き、満足したような表情を見せる。そして、私を見て言う。
「……良い友を持ったな、クロム・アカシック」
「ええ! それはもちろん」
そのやり取りを最後に、謁見は終わったのであった。
―――しかし、応接間を去る際、アニュス・デイ皇帝は私を呼び止めた。
「ときに、クロム・アカシック」
「はい、何でしょう?」
「……その、なんだ。貴君、自らの過去を明かしていないようだな。良い、それで良い。恐らく貴君は、貴君自身の判断から隠しているのだろう。
―――皇帝から、一つアドバイスをくれてやる。もし、この先、誰かに自らの前世を問われることがあったのなら、素直に答えるべきだ。それこそ、貴君の安寧につながるだろう」
……そうか、バレていたのか。
「ご忠告、胸に刻んでおきます」
「うむ。では、行くが良い」
「はい、失礼します」
そうして、私は応接間の扉を閉めた。それを最後に、私達は、帝都を去り〈カムランの丘〉を目指したのであった。
「―――ああ、クロム・アカシック。貴君の未来は、暗い。暗すぎる。しかし、いつでも明かりを求めよ。そうすれば……闇に飲まれることはなくなるだろう」
僕は、目に映る彼女の未来を見て、言う。
言っておかなくてよかっただろうか。彼女の未来は、暗いことの連続だということを。
「―――いらぬ世話、か」
僕は、次々と映し出される彼女の未来図を眺める。そこには、たくさんの人の手があった。呪いの力、そうしてそれを巡って起こる魔族との抗争―――。しかし、そこには人の手があった。仲間の手が。
「励めよ、クロム・アカシック。僕は、影ながら貴君を支えようじゃないか」
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