第一部:第一章・転生/呪術/初等学校

Story.01―――異、世、界、転、生?

 ―――ここはどこだろうか。前も後ろもなければ、という感覚さえ湧いてこない。何らかの液体に潜っているのか、空中に浮いているように真っ直ぐと移動しているのか、そもそも移動なんてしているのか。そんな疑問が頭の中で交錯する。辛うじて感じ取れるのは、誰かの……これは意識、というべきか。そのようなものが無間に流れ、ほんのりと冷たいのか暖かいのかわからないような温度で肌に触れると、声のようなものが私の耳のようなものに流れ込んでくる。

 死後の世界。どうなっているのかは、子供ながら何度も考えたことがあるが、まさかこのような奇妙な空間とは考えもしなかった。否、恐らく考えてはいたが、非現実的だ―――などと思い込んでそのようなものはない、と思考のゴミ箱に放り投げてしまったのだろう。その時の自分に、“それは失策だったぞ”と一喝してやりたいものだ。

 だがしかし、一体何時間経ったかわからないような時間が流れたあと、何か目に付き始めた。眩しく輝く、一つの明かり。明けの明星のように眩しく、何よりも美しいと思える幻想的な“光”。その光は、段々と近づいていく。それに比例するかのように、体の感覚ももとに戻っていく。……耳……皮膚……手足……味覚……そして最後に本当のはっきりとした視覚。先程までぼんやりとしか認識できなかったその光が、今でははっきりと視認できる。

 生まれる―――私が。新しい、まっさらな私が。そう思った。

 新たなる生を受けて初めて目にしたのは―――広がる青空。この世界の清らかさの象徴と言えなくもない、強烈な主張をする澄みきった“青”。そして、その真下に広がるは豊かな緑。鮮やかな緑が大地に根を張り、今でもその鼓動が聞こえるかのよう。草の匂いが心地良い。

 ゆっくりと、目線をさらに下げ、自分の体を見てみる。立っているということから、少しばかり年齢は重ねているだろう―――と予想していたが、まあ、そうだろうな。性別は生前と同じ女性。年齢は、体感だと大体五、六歳ほど。身長はそんなに高くなく、生前の肥えきった贅肉は勿論ない。服は……あまりオシャレとは言い難いが、まあ年頃の女の子が身につけるのには十分と言えるだろう。首元には、怪しくだが煌々と赤く輝くペンダントがあり、そこから何かジワジワと力を感じる。

 この体の記憶を辿ってみる。無論、そんなことをする手段など、到底持ち合わせていないのだが―――今は自分の体である。それぐらいの勝手は出来た。

 この子の名前はクロム。クロム・アカシック。―――名を知って驚いたが、この子はあのゲームの裏ボスであるクロム・アカシックと同姓同名なのだ。……もしかしたら、勇者カナリアも居るかも―――と、少しばかりの期待を抱いた。

 住んでいる村はこのすぐ近く。振り返れば門が見えるだろう。立地的に、始まりのステージの〈カムランの丘〉にある主人公が住んでいた村に似ている。親はおらず、ひとつ下の妹が一人。今は親友のカナリア・エクソスの家に居候している。―――居た。やはり勇者カナリアは居た。……このことから導き出される結論は唯一つ。


「もしや私、異世界に―――ゲームの中に転生したのでは?」


 草原にただ、可愛らしい困惑の声が木霊した。瞬間、一気に目が醒めたように、意識がはっきりとしてくる。そう考えると、先程まで軽いトランス状態になって意識が朦朧としていたらしい。そこで周りがよく理解できるようになった。すると―――草原の遠くに、すごい勢いで迫ってくる影が見える。


「突進してくるモンスター……もし、この世界があのゲームと同じ世界線なら……あれは―――」


 ―――レッサー・バーサークバッファロー! 最初のステージ〈カムランの丘〉に出てくる敵モンスターの一匹で、遠距離からの突進攻撃が痛い。確か推奨レベルは七から十ぐらいだったような……。―――私のレベルが、一体いくつなのか分からない! この身体の記憶を見てもそんなものはなかったし……もしや、レベルっていうのは技量を表した数字だった?!

 そして、そんなふうにアワアワしていると、すぐそこまでレッサー・バーサークバッファローが迫ってきている。大体分速二十メートル。そんな速さで突撃されるとひとたまりもない。こんな矮躯わいくにそんなもの喰らえば、吹き飛ぶどころか貫通するのではないかというほどのスピードである。しかも相手には鋭い二本の角が生えており―――それに刺されると、普通に抉られる。ゲーム内の攻撃モーションだと頭を上に上げていたから……刺されると、そのまま上方向に向けられて重力で落ちてくる……? え、普通に刺さっているのだが。


「あああああああああああ! ヤバイヤバイヤバイ! 何か、何か助かる方法は……?」


 あ、と思いついた。ピコーンと、頭の中の電球が点灯する。そうだ、この身体の記憶をたどれば……! もしかすると、あれが―――魔術が使えるはず!

 このクロム・アカシックは幼い頃に熱病で倒れて、それが魔力覚醒の合図だった―――っていうことをどっかの作品のどっかのルートで見たはず! その年齢が大体三歳ぐらいの頃で、今は亡き父親から勧められて魔術の勉強を開始したのが四歳ぐらいの頃だったから……今なら、『基礎魔術・火炎の弾ファイアーボール』とか『基礎魔術・湧き出る清水クリエイトウォーター』とか、基礎魔術ぐらい覚えているのではないか? よし! 今すぐに、迅速に。かつ慎重に探そう!

 レッサー・バーサークバッファローが直撃するまであと四十メートルほど。あと二分でぶつかる! 探せ……探せ……―――


「あった!」


 私は頭の中から捻り出した魔術を唱える。


「―――『基礎魔術・切り裂く風ウィンドカッター』!」


 瞬間、私は異物の感覚を覚える。体中を駆け回る異物。本来の人間には感知できない―――否、私のもとの身体では理解できない異物! それは―――


「ぐぅ、魔力か……!」


 体中を駆け巡る異物の嫌悪感。それが、魔力が流れる感覚である。私にも、無自覚に魔力が流れているのだろうか、と考えたことがあるが、こんな感覚なら別にいらない。まじで吐きそう。まじで気持ち悪い。早く止まって……この感覚!

 そう思った瞬間、バシュッと音がする。見れば、寸前まで来ていたレッサー・バーサークバッファローが真っ二つに割れているではないか。その真っ二つに割れた部分からは血が飛び出しており、臓物も見えている。……かなりグロテスクだ。先程の異物感とともに襲ってきたこの不快感が、私の嫌悪感をマックスまで引き上げた。

 

「うぅ、気持ち悪い……」


 肌に降りかかる生暖かい液体―――血液。その血液は、まあ、なんというか粘っこくて、正直に言って気持ち悪い。世の中に語り継がれていた狂気的な殺人鬼たちは、この血液を好んで飲んでいたやつもいるそうで……全くと言っていいほど理解できない!


「村に帰ろう……」


 と言って、レッサー・バーサークバッファローの死体から背を向けた瞬間であった。ザッ、と草を踏む音がして―――そちらを見ると、赤色の髪をした少女が。


「あなたは―――」


 小声で言うと、思い出した。彼女はカナリア・エクソス。―――このゲーム『ファムタジアンドクロス』の第一作目の主人公にして、作中で語り継がれる機械を使わない最初の魔王討伐者―――通称、というか称号は“機械嫌いの勇者様ソードアンドナックル”のカナリア・エクソスであった。

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