Story.11―――人の名、魔術の驚愕さ

 ―――私は、教室の重厚な扉を開ける。新天地。その一歩を踏み出すと―――そこには、数人の生徒が座っていた。私は、不自然にポツポツと空いている席で察する。恐らく、席は決められているということだ。


「席はどこだろ……」


 と、私が教室を彷徨っていると、後ろから声がした。


「席はそこに書いているだろ。ほら、さっさと座れ。授業が始まるぞ」


 あの先生に促され、黒板を見てみると、そこには確かに、席順が書かれていた。……すごい、恥ずかしい。席のどこかに私の名前が書いていないか探していた私がバカみたいだ。これからは、このようなことを繰り返さないように反省し、じっくりと物事を見るようにしたい。

 私は椅子を引き、そこに座る。隣には、おとなしそうな少女が一人。こっそりと、あの先生にバレないように話しかけてみる。


「こんにちは、はじめまして。私はクロム・アカシック。よろしく」

「ひゃ、ひゃい! よろしくおねがいします……」


 人見知りキャラ、良いじゃないか。しかも片目隠しで白髪、おまけに背も小さい。良いじゃないか。私の庇護ひご欲がそそられる。六年間、私が君を守ってやろうじゃないか!


「名前は? ……って、そこに書いてあるんだっけ」

「はい。でも、一応。私はアリス・アーゾット・パラケルスス。あまり魔術は得意じゃなくて……あ、でも『神聖魔術』は得意。巷では未来の聖女だ―――って言われていますけど、実際はまあ、ただ傷を治すのが精一杯で……。こんな調子だから、魔力の操作もままならないんです。この年になっても、まだ『初級魔術』を完璧に成功させたことがないんです―――」


 そうなんだ―――と、答えようとしたその時であった。ヒュッと、私の席に何かが飛んでくる。それは机に突き刺さり、ビヨンビヨンと震えていた。それを見ると―――なんということだろう。純金でできたナイフではないか。私は真っ先に前科があるニーナを疑ったが、ニーナは私の後ろの席だ。前からナイフが飛んでくることはない。

 ならば、一体誰が―――。そう思った時、ナイフの下に紙も一緒に突き刺さっているのに気づいた。その紙を見てみると。


『静かにしろ』


 の一言だけが。それを読んで察した。そして、ぎこちなく顔を上げると―――そこにはあの先生が立っていた。黒板の前、私の席の数メートル前から、ありえない射撃精度エイムで私の机にナイフ投げをしたのである。先生は、私を見ると鋭い視線をこちらに向け、次はない、と言っているような気がした。


「さて、さっき喋っていたやつも黙ったことだし。早速始めるか。起立!」


 そう言われ、全員がバッと立ち上がる。


「気をつけ!」


 そうしてビシッと気をつけの姿勢となり、気が引き締まる。


「礼!」


 頭を下げ……別になんともないが。そして顔を上げる。


「着席! ……では、本題に入ろう。俺の名前はニコラ・フラメル。ニコラ先生でもいいし、フラメル教授でもどっちでもいい。この魔術系クラスの担任で、教科は魔術、錬金術、座学と体術の一部を担当する。よろしく」


 よろしくお願いしま〜す、という弱々しい返事が教室中から放たれる。そして、ニコラ先生はつけていた眼鏡のフレームをクイッと上げ、書類に目を通す。


「さて、ではクラスで自己紹介と行こう。順番は席順。まあ、このクラスは学術系や武術系と違ってそんなに人数はいないから、すぐに終わるだろう。では、最初。俺から見て一番左前のやつから」

「は、はい!」


 緊張しながら立ち上がったのは、眼鏡をかけた少年であった。


「僕はアレクサンドリア・クレメンス。得意な魔術は『上級魔術』で、目標は在学中に『分類別一級魔術』を扱えるようになることです! よろしくお願いします!」

「ふむ。良い心がけだ。目標は、高く持ったほうが良い。もしかしたら、在学中に覚えるかもしれんしな。そうなれば、お前は神童だと崇められることだろう。そうなれば、俺の鼻も高い。頑張ってくれ。では、次だ!」

「ああ!」


 次に立ち上がったのは、先程の少年―――フランソワであった。


「僕はフランソワ・カリオストロ。本当は学術系かな? と思ったんだけど……どうやら違ったみたいでね。人一倍勉強してきた僕が、真っ先に知りたかった事実だよ。まあ、けど退屈はしなさそうだし、良いんじゃないかな。んじゃ、よろしく〜」

「全く―――舐めた態度してんなぁ、ガキ。……まあ良い。しっかりと勉学に励むように。そうすれば、退学はないとは思うがな。では、次!」

「は、はい……」


 さあ、いよいよアリスの番だ。さあ行け、アリス! 私の被守護者よ! その可愛さでやってしまえ―――!


「わ、私は、アリス・アーゼット・パラケルススです。将来の聖女、なんて言われてますけど、気にしないでください。……多分、私じゃなれっこないので。なので、みなさん、安心して声をかけてきてください」

「……そうか、頑張ることだ。あと、自分でなれっこない、とか言わないほうが良いぞ。それを言うと、もう二度と、絶対になれないから。では、次!」

「はい!」


 アリスは、しょぼくれた様子で弱々しく席に座る。私はそれを慰めるような動作をしていると、ニーナの挨拶が始まったようである。


「私はニーナ、ニーナ・サッバーフ。祖父からの代の魔術師の家系で、大体の魔術は平均的にできるわ。……まあ、あくまでも平均的だから、そこまで期待しないようにね。得意な魔術は『系統別魔術:紛暗魔術』よ。よろしく!」

「ほう、サッバーフ……あの伝説的な魔術師、ハサン・サッバーフの末裔か……これはまた、大層な家系のお嬢様が来たものだな。では次、よろしく」

「は、はい!」


 やっと私の番だ。どうにかして、引かれないように―――なおかつかれるような自己紹介をしなければ……。人の印象は、初対面のときが一番記憶に残るから、そこでいい印象を植え付けないといけないって、どこかの雑誌とかサイトのコラムとかに書いていた……気がする! ええい、ままよ!


「えーっと私は、クロム。クロム・アカシックと言います。一応、呪術師の人に弟子入りしていて、少しぐらいならまともな魔術を使うことができます。例えば……『系統別魔術:星廻魔術・廻天する、告終の星ヘール・ボップゲート』、とか……」


 そう言った途端、教室が静まり返る。ピシッと、時間が止まったかのように。そして、ニコラ先生は眼鏡のフレームをクイッと上げ、私を見る。


「それが本当なら……お前は、本当の天才だぞ、クロム。いくら腕の良い魔術師―――いや、呪術師だったか―――に師事しても、数年で『系統別魔術:星廻魔術』の極点に到達するというのは、非常に珍しい―――いや、珍しいどころではない。魔術世界がひっくり返るほどの大事件だ」

「ええぇ!」


 正直、驚いた。『系統別魔術』を学んでいるものは少ないとは言え、この『系統別魔術:星廻魔術・廻天する、告終の星ヘール・ボップゲート』を習得している魔術師は、子供でも数人はいると思ったからだ。なのに実は世界を揺るがす大事件だって―――。なんてことだ。許さん、許さんぞ―――天津鏡虹龍!

 今さっき、「え? 私?」と動揺するかのような声が聞こえたが、私はそんなものに惑わされない。許さんと言ったら許さんのだ。


「ま、次の時間に試す機会があると思うから、そこで出してみると良い。よし、次!」

「よっしゃ、来た!」


 そして立ったのは金髪ロングの少女。少し男勝り、というかボーイッシュな雰囲気をまとっている、美少女である。もうこの程度だと驚かなくなってしまったよ、私は。


「オレの名前はノア! ノア・アハト・エヴァネフィル。エヴァネフィル家四代目当主で、今は先祖代々受け継いできた『古代魔術』の解読を主な研究としている! よろしくな!」

「ほうほうエヴァネフィル―――こちらもまたビッグネームが出たことだ。エヴァネフィルと言えば、あの『古代魔術』研究の第一人者。精霊と妖精、そして天使の全てが先祖にいるという、最高の聖血統。彼らが操る『古代魔術』や『神聖魔術』は別格、か。……よし、最後か」

「はい」


 最後の一人が立ち上がる。彼は、なんとも言えぬ雰囲気を纏わせた青年であった。


「俺は、グノーシス。以上だ」

「は?」


 私がなんとなく一言で自己紹介を終わらせたこいつにムカついてちょっと声を上げたのだが、ニコラ先生は気にもとめずに、言う。


「そうか。ならば、早く魔術礼装に着替えろ! ……お前らの実力を試してやる」

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