Story.45―――神のいるところ

「―――では、この〈ブリテン〉についての詳しい説明をさせていただきます」


 そうして応接間に通された私達は、ベディヴィエールから〈妖精郷ブリテン〉についての今までより詳細な説明を受けることになった。


「まず、皆さんが〈ブリテン〉について知っていることを少し教えていただけますか? 知っている情報があるなら、そちらを省かせてもらいますけど」

「……ここが西方大陸の北側にある島だっていうのと、元々ブリテン大陸っていう大陸で、そこには龍王国ブリテンがあって四人の王が順々に治めていていた―――っていうぐらいしか」

「ええ。だいたいその認識でいいでしょう。しかし、それは『旧王国島ブリテン』という島についてであって〈妖精郷ブリテン〉という領域についてではありません。そこから説明しましょうか」


 それからベディヴィエールは語り始めた。


「―――まず、『旧王国島ブリテン』は先程のとおりですが、その中には本来二つの領域があります。一つが、島の南側にある妖精たちの住むところ―――〈妖精郷ブリテン〉。ここは、太古の自然に近い形の魔力がいまだ色濃く残っているところです。妖精、精霊の起源はさかのぼればここに行き着くとされています。

 そして、島の北側にあるのが、もう一つの領域―――〈神聖郷ケルト〉。ここは、太古の昔―――〝幾星霜〟と呼ばれる時代に地上を支配していた神が住んでいた場所です。

 しかし現在、この二つの領域の間にもう一つ領域ができました。それが―――〈文明異界領ロンドン〉。四方を高度電子制御型魔力障壁生成装置アナザー・タワー・ブリッジから生成される結界で囲い、周囲の神秘に文明が押しつぶされないように守っている領域です。そこにいるのは人間ですが、全員が異世界人で魔力がない人間がほとんどです。だからでしょうね。ここまで文明を発展させられるのは、魔術が使えればできないことですから」


 そう、ベディヴィエールは紅茶を飲みながら言っていた。

 ……しかし、今の話はニコラ先生もしていない。―――ということは、世間一般に広まっていない歴史なのではないだろうか。

 私と同じような感想を抱いたのか、ニーナがニコラ先生へ視線を送ると、それを察したのかニコラ先生がこの事態を説明した。


「……すまん、〈文明異界領ロンドン〉や〈神聖郷ケルト〉についてはこちらも把握していなかった。というか、『旧王国島ブリテン』とかブリテン大陸とかそういう系のやつはこっちだって特権階級ぐらいしか知らない! 俺はあれだ。ただの一介の教師に過ぎないから一般公開されている範囲の情報しか知らないんだよ」


 ニコラ先生は大人気おとなげなく騒いでそう言った。

 ……それって、特権階級の旧聖人三家とかそこら辺は知ってるんじゃないか?

 そう思って件の旧聖人三家の方を見てみると、何も反応を示していない。―――絶対、ブリテンについて何か知ってた。

 コホン、とベディヴィエールが咳払いをして場を収める。


「まあ、『旧王国島ブリテン』としての地理的な話は知られていますけど、その中の二つの領域についてはあまり知られてないですから。仕方がないことではあります。

 話を戻しましょう。皆さんは、帝国から派遣された調査団で間違いないんですよね?」

「え? あ、まあ……」


 どういうことだ? 質問の意図がわからない。


「なら、どこまで調査する、などそういうことは指示されていますか?」

「ああ。こちらに指示されている。……それを言ったということは、俺達の調査の範囲を知りたい、ってことだな」

「はい。こちらからも情報が出せますので」

「なぜ、そんなことをする。お前たちには関係ないだろ」


 ベディヴィエールは少しうつむいた。

 しかし、代弁したのはノアであった。

 ノアは立ち上がり、ニコラ先生へベディヴィエールの意図を伝える。


「先生、ベディヴィエールは騎士としての自覚を持って行動している。先生にはわからないのか? 騎士は警察じゃない。警察っていうのは助ければそこで終わりだけど、騎士はそうはいかない。騎士は、助けたならば最後まで面倒を見るもんだ。オレは、その騎士としての当たり前の行動を受け取らないってのは、ベディヴィエールに対する一番の侮辱だと思うぜ」

「……」


 ニコラ先生は、苦しそうに顔を歪ませる。

 それもそうだろう。自分が疑っていたのが、単なる相手からの好意だったのだから。好意を疑われて、喜ぶ人間などいない。それがたとえ『円卓の騎士』という超人的な能力を持つ者たちの集まりの一人であったとしても。


「……非礼を詫びたい。すまなかった、ベディヴィエールさん」

「いえいえ。こちらも説明が足りなかったフシがあるので。

 ……けど、私の気持ちをわかってくれたのは、少し嬉しかったです。ありがとう、そこの聖人さん。

 ―――さて、ではどこからどこまでが範囲なのか、教えてください」


 そう言われたニコラ先生は、『旧王国島ブリテン』の全体の地図と束になった紙を一部、空間から取り出した。……もしかして、『空間魔術・虚ろなる宝物庫ディープ・セラー』かな?


「……俺達が上から言われているのは『現在の〈妖精郷ブリテン〉の調査』と『〝聖遺物:アヴァロンの聖杯〟の存在確認』だ。この内『現在の〈妖精郷ブリテン〉の調査』は完了している。以前の調査団が見たのと状況は同じだった。しかし―――」

「―――『〝聖遺物:アヴァロンの聖杯〟の存在確認』、ですか。……確かに、〝聖遺物:アヴァロンの聖杯〟というものはありますし、ガウェイン卿はその聖杯を探す旅に同行して、実際に〝アヴァロンの聖杯〟があるのを確認してます。

 しかし、その〝アヴァロンの聖杯〟を実際に手にしたのは別の騎士で。その騎士は、報告では〝アヴァロンの聖杯〟を手にした瞬間に天に召された、というのです。―――ですが、この話は本題ではありません。ましてや、皆さんは実際にその〝アヴァロンの聖杯〟に触れる、というわけではないでしょう。本題はこっちです」

「なるほど。話が見えてきた」

「ええ。問題は―――」

『〝アヴァロンの聖杯〟の在り処』


 ……〝アヴァロンの聖杯〟の在り処? そんなもの決まっている。この話が、アーサー王伝説と同じであるならば、〝アヴァロンの聖杯〟があるのは、その名の示す通り―――アヴァロンだ。


「〝アヴァロンの聖杯〟―――それは、私達の王である〝騎士王〟アーサー・ペンドラゴンが眠りについた場所である〈理想郷アヴァロン〉です」

「……エクター・ド・マリス卿、ですか」

「ああ、久しいね。ベディヴィエール」


 そう答えたのは、扉の外で立っていたエクター二世だった。音もなく扉を開けて入ってきたらしい。


「なんの用ですか」

「少し、弟子を借りたくてね。カナリアに話がある」

「私に?」

「そうだ。……カナリア、お前に秘蔵の剣を渡そうと思っている。だから少し付き合いなさい」

「わかりました。では、私は少し席を外します」


 そう言ってカナリアは席を立った。

 その時のエクター二世は、何かを決心した、そんな表情をしていた。


 閑話休題。

 話は、カナリアとエクター二世から〝アヴァロンの聖杯〟へと戻る。


「さて、話を戻しましょう。今、皆さんが目指すべきは〝アヴァロンの聖杯〟が置かれている、〈理想郷アヴァロン〉です。

 しかし、それと同時に目指さなければいけないのが―――〈神聖郷ケルト〉です」

「……なぜ、〈神聖郷ケルト〉を通らなければならないんだ?」

「―――〈理想郷アヴァロン〉へ行くには、この『ブリテン乖離結界内海』の更に内側。精霊や妖精の原初の金型アーキタイプである〝世界〟と最も深い関係にある生命体―――聖霊の棲み家へ行く必要があります。そして、その聖霊の棲み家―――〈理想郷アヴァロン〉へと通じる門が、 〈神聖郷ケルト〉にしかないのです。

 その門の名は―――〝越聖の閂えっせいのもん〟、と呼ばれます」

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