Story.44―――〈キャメロット王城〉

「―――始めようじゃねぇか」


 そう言って、ガウェインは自らの手に握った剣をこちらに向ける。

 ―――刹那せつな

 その剣にはあり得ざるほどの魔力の塊が出来上がっていた。直径一センチメートルほどの球体にして、その球体の中にはまるで一個の恒星が入っているかのような魔力量を秘めていた。

 ガウェインは、その出来上がった球体を一瞥いちべつし、叫ぶ。


「―――聖剣、疑似開放。我が力の一端を、このぎょくへ傾ける―――! 〝陽聖剣〟日出処の天子に、ガラティーン・我は至る子の座へとビハインド・デュナメス!」


 ―――聖剣・ガラティーン。それは、アーサー王伝説にて太陽の騎士ガウェインが持っていたとされる伝説の聖剣。アーサー王の持つエクスカリバーの姉妹剣とされる、この世で唯一無二の火力を秘める聖剣である。

 その膨大なまでの火力を誇る太陽剣の力の一端が、光の奔流となって振るわれる―――!

 煌めくは星の輝き。

 その星の光を、一人の人影が防いだ。

 そこに現れたのは一人の老人だった。手に握るは、白銀に輝く剣。日が真上から差し込む「正午」の時間帯において世界最強の筋力を誇るガウェインの攻撃すらも、流すその圧倒的な剣技は、数年で得られる技量を遥かに超えていた。

 しかし、その顔を隠す外套が外れたとき―――それを知る者たちは叫んだ。

 恐怖、嘆きではなく。

 驚きの声が、口をついて出る。


『門番のおじいさん?!』


 しかし、一人だけ。カナリアだけは、彼を呼ぶ声が違った。


「エクター師匠?!」


 その「エクター」と呼ばれた人物は振り返り、彼らに向かって言う。


「はい、こんにちはみなさん。エクター・ド・マリスです」

「……エクター・ド・マリス、と言ったか? テメェが? オレたち『円卓の騎士』の一人の? 笑わせるなよ、老いぼれ。テメェが本当にエクター・ド・マリスだと言うなら、その剣でオレに証明してみせろ! 〝剣鬼〟エクター・ド・マリスだと言うならな!」


 ゴウ、と剣が燃え上がる―――と、思えばその炎が一瞬にして消える。

 シュ、という音が響く。それは炎が消える音―――そして、ガウェインが高速で移動したときの音である。

 瞬間、消えたガウェインが突如エクター・ド・マリスの前に現れる。そして、彼の轟々と燃え盛る人知を超えた剣と荒々しい、しかして流麗なる剣技を―――エクター・ド・マリスは一歩も動かずに人ならざるものかのような力を受け止める。

 ギリギリと火花を散らすガウェインの剣とエクター・ド・マリスの剣。

 離れたかと思うと、始まってしまうのは神速の剣技のぶつかり合い。


「なんて速さ……。私でさえ、視ることが叶わないなんて……」


 カナリアにも知覚することができないのならば、剣の道に通じていない私や他のチームメンバーは、思考そのものが追いついていないだろう。無論、その通りだが。

 しかし、突然にその神速の戦いに終止符が打たれる。―――エクター・ド・マリスの剣が、ガウェインの喉元まで迫っていたから―――否、喉元で止まっていたからである。


「……私の勝ちです。まあ、数百年もまともに剣を振るっていなかったので流石に腕は落ちましたが」

「これで……腕が落ちている? 師匠は何を言っているんだ?」


 カナリアが、珍しく首を傾げている。……いや待て。


「カナリアちゃん、さっきからエクターさんのこと『師匠』って言ってる?」

「ああ、そうだが……なるほど、言っていなかったのか。私は、剣の腕が良いと評判のエクター師匠に弟子入したんだ。お陰で、学校の剣術のテストではいつも首席だよ」


 そうだったのか。私は、そう思って指をエクター・ド・マリスとガウェインの方に向ける。


「もしかして、あんな感じの稽古してる?」

「いや、あれは別格だ。……私の前では、めったに剣を抜かなかったのには、私への配慮があったのか、『円卓の騎士』としての誇りから剣を抜けなかったのか。どちらなんだろうな」


 カナリアは、黙って彼らの方を視る。それにならって、私も彼らの方を視る。


「さて……こちらが勝ちました。

 ―――負けたからには、私がエクター・ド・マリスであることを認めるのですね?」

「ああ、認める。ついでに負けたんだ。望みぐらいは―――」

「ならば、〈キャメロット王城〉へ連れて行ってください」


 ガウェインの言葉をみなまで言わせず、エクター・ド・マリスは希望を伝える。

 それは、アーサー王伝説に多く語られる、伝説の城。王の治める激戦の都―――キャメロット。それがあるいというのか。この世界には。


「〈キャメロット王城〉……か。良いぜ、エクター二世。その願い、聞き入れた。案内してやる」

「ちょ、ちょ、ちょっと待って! その前にまだ、状況がわからないんだけど……。門番さん、どういうことなの?」


 私は、エクター・ド・マリスにそうたずねる。

 すると、エクター・ド・マリスは口を開く。


「そうですね。では、説明しましょうか。

 私はエクター・ド・マリス。四代目のブリテン王〝行方知れずの王〟モードレッド・ペンドラゴンの時に崩壊した『円卓の騎士』の一人―――〝勇気の騎士〟とも〝剣鬼〟とも呼ばれますが、私は普通にエクターと呼ばれたほうが良いです。と、言うわけで私を呼ぶ時はマリスかエクター二世と呼んでください」


 そう言って、エクター・ド・マリスもといエクター二世は華麗にお辞儀をした。流石さすがは英国の騎士。様になるどころの話ではない。


「では、エクター師匠、なぜブリテン島に? 私達が行くとは言いましたが、師匠が来る理由はないはずです」


 カナリアが、エクター二世に問う。

 すると、エクター二世は何かを考える仕草を見せる間もなく、問いかけられてすぐに答えた。


「自分の村に住む―――いや、そんなことは関係ない。ただ、子供が襲われているというだけでは不満かな、カナリア」

「い、いえ! 十分で素晴らしい理由だと思います」


 そうカナリアが言うと、エクター二世はハハハ、と笑う。


「いや、そう言ってくれるのは嬉しいよ。

 まあ、本命の理由としてはね、私はただ、カナリアとクロムがブリテン島に行くと聞いて少し心配になっただけだよ。しかし、礼装を持ってきて正解だった」


 そう言ってエクター二世はガウェインに話しかけた。


「では行きましょうか。ガウェイン、案内をお願いします」

「あいよ、エクター二世。オレとしては、さっさと〈キャメロット〉に帰りたい気分だったから良かった。んじゃ、出発するか」

「皆さん、ついてきてください」


 私は、何がなんだかわからないまま、ガウェインとエクター二世についていった。



 ……そしてみちを進んでいく。気分はさながらサクソン人だ。王城に乗り込みに行くなど、サクソン人とかピクト人ぐらいだろう。


「そういえば、〈ロンドン〉から出てきたけどよ、異世界人はいねえのか?」


 そこで今まで沈黙を保ってきたニコラ先生が口を開いた。


「いや、俺達の中では一人だけ。このハシヒメ・イチジョウだけだ」

「そうか。異世界人じゃなかったのか……ま、いい暇つぶしになったから良しとするか。

 そろそろだぜ、ようこそ我らが王城―――〈キャメロット王城〉へ。歓迎するぜ、探索者たち」


 ―――正直言って驚いた。

 そこにそびえ立つは、ただの石の城にあらず。まるで純白を恐ろしいまでに貫いたかのように磨かれた石が、この世のすべてを見下ろすかのように立っている。

 城門は、すでに朽ち果ててツルが垂れていたりするが、城本体の様子はまるで変わらない。


「―――ほら、入れよ」


 そう促されたので、私達は〈キャメロット王城〉へ入っていった。

 城門が開く。

 中に入れば豪華絢爛に飾られたホールが即座に現れ、天井のステンドグラスからは彩色豊かな光がこちらに差し込み続けている。

 螺旋らせん階段は二階へと上がる階段へと一本化されており、そこから降りてくる一人の騎士の姿が見えた。


「……おや? そこにいるのは、帝国からの調査チームの方々ではないですか!」

「ベディヴィエールさん!」

「お? ナンダぁ? ベディヴィエール、テメェこの調査団とやらと知り合いだったのか」

「ええ。私がいつも通り日課で散歩していたら、この方たちが〈神秘監獄の森ブロセリアンド〉で迷っていたので〈ロンドン〉まで案内しました。

 では、皆さん一度応接間に来てください。私から、〈ブリテン〉についての詳しい説明をさせていただきます」

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