Story.43―――参聖拝炎

 ―――目が覚めた。

 相変わらず清々しいとは言えない朝である。あのような変な夢を見ていると、こちらまで気が変になりそうだ。……まあ、夢の内容は忘れてしまったけれど。

 いつもは覚えているのに、珍しいものだな。

 そう思って、私は布団から出た。

 部屋は三人一部屋。メンバーは私とカナリア、そしてハシヒメだ。


「そういえば、ハシヒメの姿が見えないような……」


 カナリアはいつものことだ。私より早く起きて、朝食の支度をしているか、日課の剣の鍛錬や手入れをしているだろう。気まぐれで私も早く起きることがあるが、その時に見るカナリアの気迫といえばすごいものである。若干、おそれを抱くぐらいには。

 ハシヒメについては、その性質をあまり知らないので詳しいことは言えないが……ん?


「……なんか、私の布団、盛り上がってね?」


 恐る恐る近づいて、私は布団をめくる。するとそこには―――


「……ん。おはよ、クロム」

「―――――――――」


 ハシヒメがいた。私は、驚いて声も出ない。今ここで鏡を覗けば、間抜けな顔をした私が映っていることだろう。開いた口が塞がらない―――とは、このことだろうか。


「どうしたの、クロム」

「―――あ、いや。……なんで、私のベッドの中にいるの?」


 ふふ、とハシヒメは微笑ほほえんで―――私の耳に囁いた。


「昨夜はお楽しみだったね」

「―――って、はあああああああああああああああああああ??!」


 爽やかな朝、突然に昨夜の知らない記憶を指摘された私の悲鳴は、〈文明異界領ロンドン〉に響き渡った。

 そんなときだ。


「クロム、ハシヒメ。朝食の時間って言ってたわよ」


 は、まずい! この声は―――ニーナ!

 トントンと軽やかに階段を登る音が聞こえる。しかし、それははたから見れば美しい天使の凱旋かもしれないが、今の私から見れば大鎌を持った死神が、私の尊厳という首を刈り取りに来ているように見えるのである。

 どうにかして、この状況を打破しなければ!

 考えを巡らせるも、妙案はでてこない。……―――詰みか? いや違う! ここで私の人生を否定されてなるものか―――!

 思考回路をフル稼働させて―――辿り着いた、一つの結論。実に簡単で、実に辿り着くのが難しい解決方法である。それは―――


「ハシヒメ、ちょっと黙ってて!」

「え? って、きゃあ!」


 布団を、かぶることだ―――!

 柔らかな羽毛が私達を包む。しかし、そこに漂っている空気は柔らかではない。緊張で凝り固まりすぎている空気。

 ……息を潜めて。ニーナにバレないように―――!

 されど、彼女は気配遮断の達人。つまり、気配遮断をしている者にとっては完全なる―――死神となる。


 光が見えた。

 光が、見えた。

 ひかりが―――みえた。

 ただ一瞬のことだけれども、かすかに。そして絶対の予感が私の心臓を射止めた。


(あ、これ死ぬやつだぁ)


 そう思って、私は目を閉じた。そっと、心地よく眠るかのように。


「起きなさいよ、クロ―――〝色即是空、空即是色イスラーフィール〟! 死ねぇ、この淫魔めがァ!」



 ……ひどい目にあった。まさか、ニーナが文字通り伝家の宝刀である〝色即是空、空即是色イスラーフィール〟を抜いてくるなんて。

〈Hotel Another London〉のチェックアウトを終え、私達は〈文明異界領ロンドン〉からの脱出を目指していた。

 あいも変わらず、上空には硫酸を含んだ霧がたちこめている。

 私達はその霧に反射する淡い光を頼りに進んでいた。


「……で、どこに行けばいいの?」

「ああ。女将が言うには、まず正門を訪れろと言っていたが……ここか?」


 立ち止まったのは、荘厳であり、何十年もこの都市を見守ってきたような、そんな雰囲気を漂わせる石レンガ造りの城門であった。

 その城門の前には二人ほどの兵士が槍を構えて立っている。


「すみません、ここって正門で合ってますか?」


 ニコラ先生が兵士の一人に話しかけると、兵士はこちらを向いて答えた。


「はい、合っていますよ。話は聞いています。えーっと確か……帝国からの調査団の皆さんでしたね。どうぞ。今、門を開けます。

 ―――門番兵諸君に告ぐ。門を開けよ。繰り返す、門を開けよ」


 その門番が合図を送ると、城門からガコン、と歯車が回るような音が聞こえた。そしてグオン……グオン……と機械仕掛けが機動する。テコの原理を最大限利用し、重い城門が開かれる。

 人が並んで五人ほど通れるような隙間ができると、そこで城門は止まった。


「では、お通りください」

「ありがとうございます。……じゃあ、行くぞ。お前ら」


 そうして、私達は一夜過ごした〈文明異界領ロンドン〉を後にしたのであった。



 ―――正門を抜けると、そこには青空が広がっていた。硫酸を含んだ霧は、もうそこには広がっていない。

 見渡す限りの青い芝。そして木々の僅かな揺れだけがその空間を支配していた。

 改めて、ここが妖精の故郷なのだと実感させられる。そんな空間だった。


「じゃあ、ここからは全員固まって移動する。良いか、絶対にはぐれるなよ? ここはさっきの〈文明異界領ロンドン〉とは違う。固定された領域の広さなどは関係ないほどに広すぎる。島といえど、一都市と比べ物にはならない。はぐれれば、探すことは容易ではないからな」


 ニコラ先生の警告を皮切りに、私達の調査は再開した。

 歩けども、そこに広がるのは一面の草木のみ。振り返って〈文明異界領ロンドン〉を見ようとしても、そこには何もなかった。

 違和感のない程度に舗装された獣道は、そこに人の手が加わっていないことを表している。

 見上げればそこにはさんさんと輝く太陽が一つ。

 そして―――前から猛烈なスピードでこちらへ向かってくるナニカの影が見えた。


「全員、止まれ!」


 ニコラ先生が合図を出す。

 そして、そのナニカの影は大きく飛び跳ね―――私達の前に着地した。見れば、それが着地した後には隕石がぶつかった後のような大きなクレーターができている。


「おぉ? ハズしちまったか」

「……誰だ」

「誰だ、だって? そりゃあこっちが聞きたいってもんだ。あんたらナニモンだ?

 ―――まあ、あんたらの質問には答えてやる。あんたらが名乗ればな」

「……俺達はワルキア帝国直建皇立教会附属習術学院の魔法科。ワルキア帝国十三代皇帝であるアニュス・デイ・カイザー・ワルキエル六世様より直々に命を受け、ここ―――『旧王国島ブリテン』の調査をしにやってきた」


 それの問いにニコラ先生が答えると、それはふーん、と興味なさげに相槌を打った。

 するり、とそれは背中に差していた剣を抜く。それは日光を反射して、神々しく光り輝いていた。

 そうして口を開く。


「……んじゃあ、オレも名乗ってやる。騎士の礼ってやつだ。

 ―――オレは『円卓の騎士』の一人。〝太陽の騎士〟ガウェイン。今は亡き王より、ここ周辺の守護を命じられている。だからよ、あんたらがいくら帝国からの調査団だって言っても―――簡単に通すわけには、行かねえんだよ!」


 そうして彼―――ガウェインはこちらを向く。


「まずだ。オレは詮索するのは好きじゃねえ。だってよぉ、自分が知ったら嫌な事実だってでてくるかもしれないからな。

 だけど、これは見過ごせねぇ。―――なんであの淫れたクソ野郎ランスロットの気配が、そこにいる娘からする?」


 ランスロットの気配……? それってもしかして―――私が今持っている〝反聖剣〟『不壊』の原理アロンダイトのこと?!


「もしかして、この『不壊』の原理アロンダイトですか?」


 私がその手に〝反聖剣〟『不壊』の原理アロンダイトを握ると、こちらを向くガウェインの目つきが変わった。


「テメェ……なんでそれを持っていやがる?」

「それなら説明できます。話し合いましょう!」

「うるせぇ! ……そんな怪しいもん持ってたら、話し合いどころじゃねえだろうが。問答無用ってやつだ。悪く思うなよ、嬢ちゃん。これは、テメェが『不壊』の原理アロンダイトなんて言う厄ネタを持っているから起こることだ!

 ―――異能『参聖拝炎』」


 次の瞬間、ゴウ、とガウェインの背中から炎の翼が燃え上がる。

 その炎の翼の輝きを受け―――手に握る剣も一層輝きを増す。


「……始めようじゃねえか」


 そんな言葉が布石となり、戦いの火蓋は切って落とされた。

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