Story.46―――白い手のトリスタン

「その門の名は―――〝越聖の閂えっせいのもん〟、と呼ばれます」

「〝越聖の閂〟―――」

「当然ながら、〝越聖の閂〟には一人、半神の門番がいます。神霊体系はアルスター・ケルト。太陽神ルーの娘で、幼名はセタンタ。その名は―――クー・フーリン」


 当分の目的は、そのクー・フーリンを倒すことでしょうね、と言ってベディヴィエールは紅茶をすすった。


「……知っているぞ、クー・フーリン。俺が聞いた話では、あらゆる武器を操り、〝特定位固有武器クラスウェポン〟と呼ばれるあるクラスにのみ扱える武器を一人でいくつも所有・使用しているという化け物だって聞いたが」

「ええ。その話は合っています。彼女はあらゆるクラスの〝特定位固有武器クラスウェポン〟を一人で操る。―――あれは別格です。もはや、全盛期の『円卓の騎士』の中からガウェイン卿とランスロット卿を向かわせなければ首はとれないほどに。

 ……思い出しましたが、あれから首ではなく一本取るには、絶対に彼女に勝たなければならないでしょう」

「―――彼女って?」

「……これは、言っていいかわかりませんが―――いえ、大丈夫でしょう。

 彼女は『円卓の騎士』の中でも一、二を争う実力者で、弓を使わせれば右に出るものはいません。あのアーサー王でさえも、遠距離戦だと苦戦を強いられるでしょう。

 ……その騎士の名は―――トリスタン、と言います」


 その騎士の名を聞いたとき―――否、「弓を使わせれば右に出るものはいません」という言葉を聞いた瞬間、ニコラ先生が立ち上がった。

 そして、今まで見たことのないほどの焦燥と期待を宿した無表情で、ニコラ先生はベディヴィエールへ問うた。


「その騎士は、弓を使わせれば右に出るものはいないのか?」

「ええ、まず勝ち目はないと思います」

「それは、帝国一の狙撃者でもか?」

「ええ、照準を合わせるときにはすでに射抜かれているでしょう」

「―――決めた。俺は、今からそいつに挑みに行く」


 ベディヴィエールは、その言葉を聞いた瞬間、まさか、と言い放ち顔をしかめた。


「……話、聞いていましたか?」

「聞いていたとも。だから、挑みに行くと言ったんだ」

「―――正気、ですか?」

「俺は、いつだって正気だ。昔なじみと合わない限りな」


 そう言い放ってニコラ先生は扉の前へ歩いていった。

 扉を開ける瞬間、背を向けながらベディヴィエールに問うた。


「トリスタン、という騎士はどこにいる?」

「―――正気、ですか。良いでしょう。場所を教えます。射抜かれないように注意してください。

 場所は、恐らく〈キャメロット王城〉から少し離れたトリスタン卿の専用の城がある〈セグワリデスの小山〉にいると思われます」

「……なるほど、ありがとう。んじゃあ、お前ら着いて来い。―――俺の、戦い方を教えてやる」



 ―――……場所は移り、〈セグワリデスの小山〉―――〈イゾルテの喜城〉。

 神のいるところ―――〈神聖郷ケルト〉と隣接する境界線となっているこの山は、『影の国』とも称される〈神聖郷ケルト〉から吹き付ける冷気によって一年中雪が振り続けている。〈文明異界領ロンドン〉や〈キャメロット王城〉周辺が「霧の都」だというのなら、この〈セグワリデスの小山〉周辺は、「雪の都」であると言えるだろう。

 そして、いかにもな雰囲気がトグロを巻くこの〈セグワリデスの小山〉。そこには、愛の城、とも呼ばれる中世ヨーロッパ風の城があった。

 それが―――〈イゾルテの喜城〉。

 そんな城に、人生そのものを憂うような顔で吹雪の外を見上げる一人の少女がいた。

 髪は白のロングに金色のメッシュが入った特異な容姿をしており、なにより目を引くのは、目を覆い隠すように巻かれた、死刑囚を死刑台に乗せる時につけるような、黒い布である。

 全体的に白っぽい色合いだが、そこだけが黒く、特異点のようであった。

 わずかに差し込む、日光を反射して輝く光を放つ粉雪アルベド

 それに目を細めるわけでもなく、少女は目を覆い隠す黒い布に触れ、嘆くように呟く。


「……誰?」


 ―――瞬間、視界が歪む。

 今、彼女の視野は、〝世界〟のすべてを見通すほどに広くなっている。ただ広く、ただ全てが見えるがゆえに、彼女は憂う。

 視線の先には、数人の人間の群れがいた。


「……人間、か」


 ギリッ、と彼女は奥歯を噛む。

 鋭く尖った、見えざる目は、全てを憎むかのよう。

 そして、彼女は忌々しげに呟いた。


「―――人、間―――!」


 それを見た彼女は、突然にドアを強い力で開け、廊下へと飛び出す。顔は鬼気迫る勢いで―――否、まるで「鬼」のように。



 ―――ゴウゴウと吹き付ける吹雪は、止みそうにない。

 そんな〈セグワリデスの小山〉にて、二人の戦士は相対あいたいしていた。

 二人の視線は鋭く、まるで相手をそのまま射殺すかのように睨みつけている。

 男―――ニコラ・フラメルはここが寒地ゆえか、黒いマントを身に着けている。右手には鋼鉄の剣、左手には盾を握っている。


「―――……誰? あなた。ここは、人間が来ていい場所じゃない」


 吹き付ける吹雪とニコラ・フラメルの鋭い視線をことごとく無視し、少女は問うた。

 それに、ニコラ・フラメルは答える。


「俺はニコラ・フラメル。帝国一の狙撃手にして、錬金術師。簡潔に言おう―――あなたに、手合わせを申し込みに来た」

「……―――正気?」


 少女は黒布の裏に隠された目を戸惑いの色に染めながら言葉を紡いだ。

 確かに、ニコラ・フラメルのまとう雰囲気は強者のものだ。それに間違いはない。だが―――こんな矮小な人間に、なにができるというのか。

 すでに人ならざる身である少女が思考するのは、そんな人ならざる者にとってはあたり前のことであった。

 彼女は、今や人間と言うよりは妖精、精霊といった幻想に近い類の生命体である。魔術のエキスパートとも呼べるそんな存在に、人間はどう立ち向かうというのか。

 それがなぜかひどく面白く、少女は彼との手合わせを了承したのだ。


「……けど、良い。別に、減るものじゃないし。それに―――」


 少女は、口角を上げ、いたずらっぽく笑う。


「人間が、どんな方法で戦うのか見てみたい」

「ならば、すぐにでも始めるとしよう。準備はいいか、トリスタン」


 ニコラ・フラメルは、彼女の名を不意に言う。それに彼女―――トリスタンはまたしても黒布の裏側の目を戸惑いの色に染め、問うた。


「……あなた、どうしてその名前を……」

「ベディヴィエールが教えてくれた。あなたは、『円卓の騎士』で一番の弓使いだと」

「そう。ヴィルがそんなことを。まあ良い……どこで知ったかわかれば、それで十分。私は、すでに射抜く準備はできている」


 そう言って、トリスタンは弓を構える。

 そのトリスタンの様子を見て、ニコラ・フラメルは口元を緩ませる。

 ―――それは、強者が自分よりも強い覇者と戦うときの表情。


「では行くぞ、トリスタン」

「ええ。―――〝白射手の騎士〟トリスタンの名にかけて、この勝負、承った!」


 そして、戦いの火蓋は切り落とされる。

 先に仕掛けたのはニコラ・フラメルであった。彼は右手の剣を振りかざし、トリスタンに接近する。魔力で強化したのだろうその俊足は、まさに縮地と形容しても良いものであったが―――それでは、トリスタン相手には遅すぎた。

 トリスタンは、弓を。否―――ゆみ、ではなくゆみを弾いたのだ。

 竪琴の、心地いい音色が響く。

 しかし、その音色に混じって、今にも消え入りそうな声が入り込んでいた。


〝直進せよ〟


 瞬間、空間がひしゃげた。

 その矢とはいえない〝矢〟は、空間を直進していた。空気抵抗も受けずに、ただ等速直線運動を続けていた。

 ニコラ・フラメルはとっさのところでそれを避ける。

 その〝矢〟はそのまま等速直線運動を続け―――木に突き刺さる。

 〝矢〟が刺さった木には、穴が開く。それは必然だ。しかし―――その後に起こった現象は、どうみても必然、自然ですらなかった。

 ミシ、と木が音を立てる。

 その直後、木は亀裂を生じ―――砕けた。まるで、プレス機に木の板を入れたときのように。

 それをみて、ニコラ・フラメルは呟く。


「……時空断層―――いや、時空穿孔か!」

「―――お見事。人間が、よく言い当てた。これは時空穿孔。空間そのものにあなを開け、それを埋めようとする修正力で相手を押しつぶすもの。本来なら、私達のような霊的上位存在でも空間そのものに孔を開けることは不可能。だけど、これ―――〝悲聖弓〟『喜劇』の原理フェイルノートなら、それが可能になる」


 トリスタンは、そう言うとにやり、と口元を歪ませる。それはまるでこれから何かを試す裁定者のような。


「―――さあ、どこまで避けれる? 人間が」

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