Story.47―――帝国一の狙撃手

「―――さあ、どこまで避けれる? 人間が」


 トリスタンは、そう言い捨てると無言で弦を弾く。

 見れば、始めに目を覆い隠していた黒布は今やもうない。

 そこにあるのは―――白と金の、悲しき号哭ごうこくをたぎらせた双眸オッドアイ。それは、まっすぐにニコラ・フラメルを見据えていた。

 彼女が弦を弾くたび、竪琴の小気味よい音の他に、沈んでしまいそうな声が混じる。


 ―――〝歪曲せよ〟

 ―――〝砕けろ〟

 ―――〝爆ぜよ〟

 ―――〝散れ〟

 ―――〝交差せよ〟


 しかしなぜだろう。この言葉を聞くたび、トリスタンの周囲の魔力が高まる。否―――〝悲聖弓〟『喜劇』の原理フェイルノートの魔力であろうか。

 それを、ニコラ・フラメルは避ける。

 折れ曲がる〝矢〟も。

 途中で砕け、空間を穿孔する断層が飛び散ろうとも。

 目の前で時空の孔が開こうとも。

 無数の〝矢〟が別々の方向から襲いかかろうとも。

 無数の〝矢〟が、自身をアンカーとして交差しようとも。

 避けて避けて避けて避けて避けて―――避ける。

 そして―――ニコラ・フラメルは、トリスタンの懐に入り込んだ。


「な―――」

「残念だったな、〝白射手の騎士〟。この勝負、俺がもらった!」


 ニコラ・フラメルがそう言おうとした瞬間、トリスタンは先程言えなかった言葉の先を、ニコラ・フラメルを憐れみながら紡いだ。


「―――なんて、馬鹿なやつ」


 トリスタンは、弦を弾く。―――七弦ある中の、最後の一弦。

 ―――終わりを告げる、ラッパの七番目。ここに、太陽の神殿は開かれる。

 ポロン。

 心地いい音がした。それに混ざって―――終わりを告げる、声がした。


〝その嘆き、無間なり。悲劇は悲劇。白の旗を見ようとしても、結末は変わることはなく。

 あらゆる悲しみを、この百射いっしゃに傾ける。

 幾千幾万幾億の嘆き、無数の死の上に、新たな死を一つ。我は創造主にあらず。その創造物を破壊するもの。

 解放するは我が弓、我らが力。ここに、射殺を命ず。

 ―――射殺せ、『白手百射・全矢必中フェイルノート・イゾルテ』〟


 ―――その時。世界は何を考えたか空間に〝矢〟を置いた。

 その〝矢〟は、忠実にアンカー―――ニコラ・フラメルへ向かう。懐に入り込んだは良いものの、ニコラ・フラメルは、トリスタンがまさか後ろからってくるとは夢にも思わなかった。

 ―――〝矢〟絶望が、ニコラ・フラメルへ突き刺さる。

 それはニコラ・フラメルの体を貫通し―――空間を、貫通した。

 瞬間、時空が穿孔される。時空の修正力、というものは恐ろしく速く、貫かれた次の瞬間には修正が始まっていた。

 ニコラ・フラメルの体が、ひしゃげる。ソラに、赤い血の花を咲かせながら。


「先生―――!」


 一人の少女が、ニコラ・フラメルに向かって叫ぶ。

 先生、と少女は言った。

 先生、とニコラ・フラメルは言われた。

 それが奇跡を起こしたのだろうか。ニコラ・フラメルは死んだのに、まだトリスタンと戦おうとするものがいる。

 ―――その証拠に、ほら。


 ―――銃弾とともに、剣がトリスタンの持つ〝悲聖弓〟『喜劇』の原理フェイルノートに突き刺さった。



「―――よっと、ここらで良いか」


 男―――ニコラ・フラメルは、城にて華麗に舞う宇宙の狭間を見ていた。

 曲がり、砕け、爆散し、分かたれ、交差する。

 とても、弓でできる芸当ではない。トリスタンという騎士は、とても魔術に長けている騎士であるのだろう、とニコラ・フラメルは解釈した。

 ニコラ・フラメルは、羽織ったのマントを翻しながら、うつ伏せになる。

 そして、自らの異空間から取り出したるは―――この〝世界〟の技術では作ることができない、殺人兵器。

 黒々と輝き、スコープが雪あかりを反射する。

 そう。ニコラ・フラメルが持ち出したのは―――スナイパーライフル。異世界の技術で作られた、この〝世界〟ではありえない、幻想の武器である。

 そのスコープを覗きながら、ニコラ・フラメルは口を開いた。


「接続詠唱―――固有接続セット錬金創造開始ターン・オン所有武器認識リコニション―――〝魔弾の射手ザミエル〟。魔術起動スタート固有魔術接続コネクト―――『錬金創造アルケミス・クリエイト』、接続完了コンプリート―――!」


 ニコラ・フラメルの詠唱が終わると、そのスナイパーライフル―――〝魔弾の射手ザミエル〟と名付けられた銃の銃口に魔法陣が現れる。

 青白く光るそれは、辿ってみると無数の管から発生している。その管こそ―――ニコラ・フラメルの魔力回路。その魔力回路は銃身をほとばしり、トリガーへと指をかける手へと繋がっている。

 魔法陣から、剣が現れた。

 唐突に現れるのは、鋼鉄の剣。

 硬く、鋭く、銀色に雪あかりを反射する鋼鉄。その剣身をよく見てみると―――魔術式が刻まれていた。その魔術式は―――貫通の魔術が込められている。

 ニコラ・フラメルは、それを、〝悲聖弓〟『喜劇』の原理フェイルノートへ向かって射出する―――!


「―――射殺せ、〝魔弾の射手ザミエル〟!」


 そうして、銀の流星は、鋼鉄の彗星とともに放物線を描いて―――〝悲聖弓〟『喜劇』の原理フェイルノートへと着弾した。



「先生―――!」


 私は、あのオッドアイの少女―――トリスタンに、ニコラ先生が後ろから射られたとき、とっさにそう叫んでいた。

 あのニコラ先生が、トリスタンという騎士に射殺された。

 私の―――私達の恩師が、トリスタンという騎士に射殺された。

 それが悔しくて、それが憎らしくて。それが―――何よりも悲しくって。

 私は、とっさにそう叫んでいたんだと思う。

 その叫びが、天に通じたのかどうかはわからない。だけど―――こちらに降ってきた銀色の隕石は、何よりも美しいと思った。

 その隕石の正体は、剣だった。

 それを見て、私はあの入学式のときの出来事を思い出す。

 ―――金のナイフが、こちらに飛んできたこと。

 流石に、ニコラ先生といえど常時バタフライナイフのように金のナイフを持ち運んでいるとは思えない。と、なると恐らくは、あれは〝魔術的錬金術〟で錬金したものなのだろう。あの剣が、微妙に魔力を帯びているのも納得がいく。

 そして、もう一つ。

 トリスタンがとっさに降ってきた剣を〝悲聖弓〟『喜劇』の原理フェイルノートで防ぐと、その剣は砕け散った。しかし―――それにも関わらず、〝悲聖弓〟『喜劇』の原理フェイルノートは壊れたのである。

 亀裂が走った中心を見てみると、そこには小さな―――まるで弾丸一個が丸々入るような穴が空いていた。

 そして、私はニコラ先生の言っていたことを思い出す。


『帝国一の狙撃手でもか?』


 帝国一の狙撃手―――恐らくそれは本当なのだろう。でもなければ、私達から見えないところから狙撃などできるわけがない。

 ということは―――


「ニコラ先生は、生きている……?」

「おう、生きてる」

「おわっ!」


 ニコラ先生は、ぬるりとそこから現れた。そこというのは、爆散したはずのニコラ先生が身につけていた黒いマントが落ちたところからだ。よく見てみると、ニコラ先生の身につけているマントが黒から白黒の太極図のような模様になっているのに気がついた。

 トリスタンは、ニコラ先生が生きているの気がつき、驚愕の表情を浮かべる。


「……あなた―――どうしてここに。というか、なんで生きているの?」

「俺が申し込んだのは手合わせであって決闘じゃなかったからな。普通、生きているものだが。

 まあ、トリスタン。あなたの疑問はもっともだ。俺は―――というか、俺の分身体は普通に死んだからな。けど、俺は生きている。そりゃあそうだ。死んだのは分身体だ。俺の知ったことじゃない。

 からくりはこうだ。

 俺は、一つの礼装を持っていてね。分身体を作るマントで分身体を作って、それに錬金術の応用で自立知能を与えた。これでも、錬金術師なんでね。ゴーレムづくりはお手の物ってわけ」


 はあ……と、トリスタンはため息を吐く。


「まさか、私がそんな小手先の技に負けるなんて」

「良いだろ? 俺の作戦勝ちってことだ。まあしかし―――その……それ。えーっと〝悲聖弓〟『喜劇』の原理フェイルノート……だっけか。壊して、悪かった」

「良いの。これは〝幾星霜〟の時代にいた神―――太陽神アポロンの竪琴から作った弓だもの。またそのうち使えるようになるわ」


 驚愕の事実、発覚。

 え、その弓って神の道具から作ったものなの? いやまあ確かに元いた世界のアーサー王伝説でもフェイルノートは竪琴から作られた弓だって言ってたけど……この世界だと、アポロンの竪琴から作られたものなのか。……そもそも、〝幾星霜〟ってなんだ。ベディヴィエールからの説明だと、めっちゃ昔ってことで良いのか。


「それよりも、あなた達って人間でしょう。こんな極寒の地へ来る目的なんて、一つぐらいしかないと思うけど……とりあえず聞かせてもらうわ」

「ああ。ベディヴィエールから、〝越聖の閂えっせいのもん〟の門番であるクー・フーリンを倒すにはあなたを倒せるほどの実力がなければ、って言われたんでな。ちょっと手合わせをばと」

「……そう。それで? 〝越聖の閂えっせいのもん〟に行くなら、まず〈神聖郷ケルト〉に行くのが先じゃない?」

「あ、そうか。でもどうやって行けば……」

「―――着いてきなさい」


 そう言って、トリスタンは歩き出した。少し離れたところに見える、雪の白にまみれた城に。

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