Story.27―――帝都着陸

 ―――私達は、帝都に降り立った。

 凄まじい速さで着陸したペガサス式の馬車は、帝都の飛行場らしき場所にて運動エネルギーを摩擦力で減らしながら駆けていた。そうして、しばらくすると馬車が止まる。あの速さでよく落ちなかったものだ、と私は勝手にフランソワに感心しながら馬車から降りた。


「さて、クロム嬢。お手を」


 と、フランソワがいつにもまして変なことを言い始めたので―――明らかに私をからかっている―――、私は先程の事実も含め仕返ししてやろうと思い立った。


「ありがとう、フランソワ」


 手をこちらに差し出したフランソワの手に触れ―――


「『初級魔術・電子伝達、弱開始エレクトロニクス』!」


 電気魔術を使う。この電気魔術は、相手の電気抵抗を減らし、それに畳み掛けるように魔力で電流を流す。そういう仕組みである。

 ちなみに、この電気魔術は魔術的抵抗が無い人に使えば致死量ギリギリの電流が流れ、最悪致死量を超えることもあるため、気軽に一般人に放ってはいけない。


「ぎやあああああああああああああああ!!!!!! 死ぬ、死ぬぅぅぅ!」

「ハハッ! ザマァ見なさいな、フランソワ。私をからかうとこういう風になるから! 次からはからかわないように! 良い?!」

「はい……クロム嬢……」


 きゅぅ、とフランソワはその場に倒れる。

 本当に気絶したのであろうか、目を閉じ、死んだように眠っている。その姿はまるで西洋人形のようであり―――非常に可憐な雰囲気をまとっていた。

 そこで、私はさらなる仕返しを思いついた。せっかくの晩餐会である。華は多いほうが良いだろう。

 私はフランソワに魔術をかけ、目覚めさせる。


「う、うぅん……まだ、死にたくない……」

「うん。そうだよね、死にたくないよね。だけどね、フランソワ。私の怒りはまだ収まらないんだよ。今から、今すぐにもう一発『初級魔術・電子伝達、弱開始エレクトロニクス』をぶち込みたいと思っているほどに」


 その言葉に、フランソワはギョッとする。

 そうして、必死になって言葉を紡ぎ、弁解をしようするが―――


「ちょ、ちょっと待ってくれ! これ以上電撃を食らったらもう、死ぬ! 本当に死ぬ! あ、あれはニーナから脅されて―――」

「うん、良いから。最後まで聞きなさい」


 私は弁解を遮り、言う。


「良い? でもこの怒りもね、別の方法で収まりそうなの。聞きたい? その方法」

「ええ、ぜひ!」


 クックックッ……しめたしめた。これでやつはもう私の手のひらの上よ!

 私は荷物の中を探り、予備のドレスと変声の魔術がかかっているチョーカーを取り出す。もちろん、チョーカーこれは私が用意したものではなく、師匠が余計に入れたものである。

 そして、これを使って何をするかは、すぐに思いつくであろう。そう―――


「これを着なさい」

「は?」

「何か、文句でもあるの?」

「い、いえ! ナニモナイデス……」


 はぁ、とフランソワがため息を吐いたことを見なかったことにして、近くにいた他の貴族に話しかけてみる。


「すみません、少しお話し良いですか?」

「む、君は……見ない顔だが、新しい貴族かね? いいとも、あまり時間がないので本当に少ししか話せないが、それでも良いかね?」

「はい、構いません。それで―――更衣室って、どこにありますか?」


 その小太りの明らかに年配の男性貴族とその従者は、突然の質問に目を丸くする。

 しかし、その質問の理由を聞くことなく、貴族の男性は質問に答えてくれる。なんと優しい人なのか。


「更衣室ならば、宮殿の中にある。入口から少し奥に行けばあるし、看板もあるから、問題はないだろう。さて、これで話しは終わりかな? レディ」

「はい。ありがとうございました、サー……えーっと……誰でした、っけ?」


 私は、そのとき初めてその貴族の男性の名前を知らなかった、ということに気づく。話の最後に私の付け足した言葉で、貴族の男性も気づいたのだろう。彼は、笑って答える。


「ハッハッハ! 傑作だな、これは。私は……そうだな―――ロード・ポーチェスターと呼ぶと良い。これも何かの縁だ。君の名前も聞かせてくれないか」

「はい、サー……じゃなくて、ロード・ポーチェスター。私の名前はクロム・アカシックです。そして隣りにいるのがニーナ・サッバーフとフランソワ・カリオストロです。以後、お見知りおきを」


 そう言うと、ロード・ポーチェスターは面食らったような表情を見せた。

 そして口を開く。


「おや、君は貴族ではなかったのか。では、なぜ今日の晩餐会に来られたのか?」


 もっともである。貴族でもない一般国民―――否、臣民―――が、皇帝陛下主催の晩餐会に来ることなど、本来ありえないことなのである。そういう意味では、ロード・ポーチェスターの反応は至極一般的な反応と言えるだろう。

 その理由を説明するために、私は事の顛末を語る。


「実はですね、皇帝陛下から晩餐会への招待状を頂きまして……それで来た次第です」

「なんと! 皇帝陛下直々に晩餐会への招待とは……。君―――一体全体、どのような偉業を成し遂げたのかね?!」

 

 おっと、結構すごいことだったようである。しかも偉業とか……思い当たる節はあるにはあるが、それは世間一般には事故死として片付けられたことであって、この私含めた三人―――私、フランソワ、ニーナしか知り得ない情報である。では、一体何の要件なんだろうか。

 そう思っていると、リーンゴーンと鐘が鳴る。この鐘は馴染み深い午後五時の鐘で、確か晩餐会は六時からで―――

 あ、まずい!


「おっと、ロード・ポーチェスター。ここで失礼させてもらってもよろしいでしょうか」

「……鐘の音が、鳴ってしまったか。仕方あるまい、良いだろう。では、また晩餐会でお会いしよう。レディ・クロム。そして、晩餐会にて、君の偉業を聞かせたまえ」

「ええ。では、失礼します。ほら、行くよ! フランソワ、ニーナ!」

「きゃ!」

「ぐえ!」


 そう言って、私は走る準備をする。しかし、中々走り出す準備をしようととしないフランソワの襟を掴み、ついでに呪力で腕の筋肉を強化してニーナを抱え、こう唱える。


「『応用魔術・雷光のごとく、俊足ヴィヴァーチェ―――十三梯タイムズサーティーン』!」

「あああああああああああああああ! いやだ、いやだあああああああああ!」

「は、速いぃぃぃ!」


 そうして、私達は宮殿の中に入ったのである。



 ―――宮殿に着くと、そこは黄金であった。

 宮殿のすみからすみまで全てが黄金と赤に染め上げられ、廊下が一室―――具体的には学長室と同じぐらいの幅がある。

 そしてロード・ポーチェスターの言う通りに更衣室の看板を探すと、すぐに見つかった。


「ほら、これに着替えなさい」

「ええ……はい」

「あと、四十秒で支度しな」

「はぁ?!」


 私はそう言い放つと、シャッと更衣室のカーテンを強制シャットダウンした。

 そうして私とニーナはフランソワのことを四十秒待つことに。クソっ、誰が四十秒なんて鬼畜な条件をくわえたんだ許せない!

 更衣室の中ではフランソワの「え、これどうなってんの」「え、ちょ、あ! もう二十秒経過? ヤバイヤバイ!」という慌てふためく声が聞こえる。そうして約束通り四十秒後、フランソワはげっそりとした顔でドレスを着て出てきた。我ながらいいアイデアだと思ったが、中々に似合っている。


「で、チョーカーもつけたけどどうすれば良いのさ。僕、このままじゃ普通の男の声だけど」

「えーっとね、たしか……ここをこうしてっと……ほれ、できた」


 私がチョーカーの後ろについている調整器のようなものを起動させると、チョーカーが光る。これで、どうやら起動できたらしい。


「あーあー、これで良いのかな」


 そしてフランソワが話すと、その声は紛れもなく同年代の女子であった。

 髪も元来あまり短くなく、ショートボブのような髪型となっているため、中性的な顔が一気に女性的に見えてくる。


「あら、よく出来てるじゃない。フランソワ」

「はあ、こんなことはしたくなかったな……僕はただ、ニーナに脅されただけなのに……」

「は? もう一度言ってみなさい、フランソワ・カリオストロ。今は慣れない格好で、さぞ戦いづらいでしょうねぇ……その状態で、私のナイフを避けきれるかしら?」


 ニーナの金色の目が淡く光る。これは……マジの目である。鷹の目、とでも言うべきか。その目が、ただまっすぐにフランソワを見つめていた。


「ごめんなさい! 今日のところは、どうか……どうか、お許しを!」


 そのようなフランソワの姿を見れて、私は大満足であった。これで、私の復讐は果たされた! クハハハハ!

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