Story.38―――神秘溢れし妖精郷

「―――これは―――!」


 間違いない。これは、あの日の魔族が―――ランスロットが持っていた魔剣! ―――〝反聖剣〟『不壊』の原理アロンダイト! あれが、なぜこんなところへ?


「驚いたかい? その魔剣は、クロムが倒れていた教会の瓦礫の中で見つけたんだ。不思議なことに、私が教会に向かった時、不意に声が聞こえたんだ。『この剣を、あの娘―――クロム・アカシックに渡してくれ』ってね。そして、私がその剣を手に取った瞬間、その剣の刀身は見事なまでに再生した。いやぁ、流石さすが魔剣だ。けど、その魔剣、負属性の魔力が多すぎて人には制御できない。だから、菩提樹の箱に入れて、その上から聖なる文字を刻んで浄化していたのさ」


 カナリアは、言い終わった途端、なにかに引っかかったような顔をした。


「そういえば、クロム。この剣はなんて言うんだい? 私はこの剣についてはあまり詳しくないので、教えてほしい」

「これは―――〝反聖剣〟『不壊』の原理アロンダイト。円卓の一人が持っていた剣で―――」


 と、その時であった。

 私は―――否、私達は不自然な浮遊感に襲われた。



            ―――一瞬の、暗転―――



「―――……ここは?」


 目が覚めて、最初に思ったのはそのことだった。一瞬、ただ一瞬の暗転のはずだったのに、一日眠ったような感触がする。


「ここは『旧王国島ブリテン』。〈カムランの丘〉の最北端の港より北方の孤島。絶対に誰にも気づかれないであろう、幻想の島。―――行こうか、お前ら。ここが新天地。妖精の原点―――〈妖精郷ブリテン〉だ」


 ニコラ先生は先に起きていたようである。しかし、ここがブリテン? この真っ平らで何もないような草原の広がる、ここが昔王国のあった場所なのか?

 しかもこんな島、あの最北端の港からも見えなかった。あの港の奥には、玄冬大陸しかないと教わっていたから、こんな島、あるとも思わなかった。


「お前らが驚くのも当然だ。なにせ、ブリテンに関する情報は、一般には公開されていないし、このブリテンは『ブリテン乖離結界』という特殊な結界に囲まれている。この『ブリテン乖離結界』は古い文献にしか見当たらない特殊な構造で、今ある〝世界〟から切り離す技術―――結界の元となった『原初魔術:魔法・乖離エリア』の数少ない成功例だ。ちなみに、この『ブリテン乖離結界』の内側のことを『ブリテン乖離結界内海』と言う」


 よし、と意気込んでニコラ先生は言った。


「では、点呼を取る。魔法科、ニーナ・サッバーフ」

「はい」

「魔法科、フランソワ・カリオストロ」

「はいはい」

「魔法科、ノア・アハト・エヴァネフィル」

「ああ」

「魔法科、シュトロハイム・ヴァイス」

「はい」

「魔法科、ミッシェル・ド・モンモランシー=ラヴァル」

「ええ、はい」

「魔法科、クロム・アカシック」

「はい」

「魔法科、アリス・アーゾット・パラケルスス」

「え、あ……はい……」

「魔法科、ハシヒメ・イチジョウ」

「はーい」

「剣術科、カナリア・エクソス」

「はい」

「よし。以上だ。では、そろそろ本格的に出発しよう」


 全員の名前を呼び終わり、ニコラ先生が行こうとするが、カナリアがあれ、と声を上げる。


「先生、質問いいでしょうか?」

「ああ……なんだ?」

「話では弓術科の者も来るということでしたが、弓術科がどこにも見当たりませんが……」

「ああ、なんだ。そのことか。―――弓術科は、俺だ」


 その発言に、場の時が止まる。まるで、先程の空間転移のときのように―――一瞬の、暗転―――となりかねないほどに。

 みんながぽかんとした表情で固まっている時、それに気付いたニコラ先生は説明しだした。


「俺は結構珍しい体質で―――『二重位者ダブルクラス』という。この体質を持つやつは、決まって本来持っているはずの能力スキルが与えられない。しかし、その代わりに本来一つしかないはずのクラスが二つ与えられる。俺の場合は魔導師グランド・ウィザード弓使いアーチャーのクラスだった」


 だから、弓術科を卒業できた、とニコラ先生は語った。


「ま、こんな話は終わりだ。先に進もう。今日のキャンプ地を探さなければならないからな」


 そう言って、私達は何もわからないまま、〈妖精郷ブリテン〉を進んだのであった。



 ―――何時間経っただろうか。

 周りには草木が生い茂るばかりで、文明の跡などどこにもない。

 どこを見渡しても平地だけ。―――まるで、核戦争後の世界だ。

 すると、ニコラ先生が不意に腰を下ろした。


「さて、ここをキャンプ地とする。近くに水源もあるし、当分はここを拠点とする。一応こちらには聖人が何人かいるから、妖精たちはイタズラはしてこないと思うが……一応警戒しておいてくれ」


 言い終わって、ニコラ先生はパン、と手を叩く。これが、キャンプ設営の合図となった。


「じゃあ、仕事振り分けようか。上方ウチと男子組は料理その他諸々に使う水の準備。そして女子組は夕飯まで待機と行きましょか」

「え、ちょっと待て。テントの設置はどうするんだ? オレは夕飯まで暇だからやれるが……」

「ああ、それなら心配いらへんよ。アレみてみ」

「おん?」


 シュトロハイムに言われて私達は、その方角を見ると―――そこには、驚きの光景が広がっていた。


「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ……オラァ!」

『なっ―――なにィッ! 何だあのスピードはッ! アレが……アレが人間のできる技なのかッ!』


 どこぞの星の白銀よろしくテントを立てているニコラ先生の姿が、そこにはあった。それに、シュトロハイム以外のみんなが一つの意見にまとまっていた。


「ま、あんな感じやからテントの方は心配せんくてもええて」

「お、おう……ありゃあ、こっちが口を挟むのが失礼ってぐらいだな……」


 これが、ニコラ先生のサバイバル技術が高いと言われるようになるきっかけとなる出来事だったのであった。

 その後は、男子組が重そうに水を運んできたり、ノアとシュトロハイムが喧嘩をおっぱじめたりするなどしたが、特に面白いことはなく。ただ、林間学校のような時間だけが過ぎていった。

 しかし、その夜。事件は起こる。

 ―――モンスターが、襲撃してきたのである。


「クソっ、こんなまだ準備も十分にしてないっていうのに! どうする? ニーナ!」

「ああもう! アレ、やるわよ」

「了解!」


 ニーナとフランソワは、巨大な蜘蛛型のモンスター―――オールド・スパイダーの討伐を。


「「妖精式詠唱開始―――蝨溘↓蟶ー繧後?∵ュサ閠?h―――『神聖魔術・冥府へ還れ、死人よターン・アンデッド』!」」


 シュトロハイムとノアは迫りくるアンデッドの群れを殲滅していた。


「てい、はああああああああああああ! 『剣技・千夜一夜の一閃サウザンド・ブレーズ』!」


 そして、カナリアは剣を振るう。―――その剣筋は、ただ、夜の星空を明るく照らす流星のごとく。幾千幾万もの鍛錬を乗り越えたその先にできるようなものだと、本能的に知らされるような。そんな剣筋だった。

 その剣技は、残っていたモンスターを殲滅するほど。


「ほう、見事なものだ。剣術科期待の新人、という噂はただの噂じゃ済まされないな」

「いえいえ。こんなもの、師に比べればまだまだ未熟です。私は、まだあの人の真似事をしているだけでございますので……」

「……ほう、その師とやら、会ってみたいものじゃな」


 その場にいた全員が、ハッと振り返る。

 誰もいなかったであろう場所。誰も気づかない場所ではない場所。―――つまり、誰か来たら気づくであろう場所。

 そんな場所に、誰も気づかない誰かがいた。

 その誰かは、全てを諦めた目をしていた。

 その誰かは、全てを見据える目をしていた。

 その誰かは―――今まで会ってきた人よりも誰よりも、不自然なほど老いていた。


「―――ご老人、あなたは誰だ?」


 ニコラ先生の問いに、老人は答える。


ワシか? 儂の名は、そうじゃな……―――メドラウト。儂の名はメドラウト、と言う」


 老人は、そう答えた。

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