第二部:第二章・調査/呪術/神聖郷(前)
Story.39―――無銘の剣聖
「―――
「では名乗らせていただきます。私の名前は、カナリア・エクソス。ワルキア帝国沿岸部〈カムランの丘〉の出であり、現在はワルキア帝国直建皇立教会附属習術学院の剣術科に属すものであります。失礼ながら、私はメドラウト、という名の剣士を知りません。あなたほどの剣士、帝国にもそうそういらっしゃらないはず。あなたは、一体何者なのでしょう?」
その老人はメドラウトと、そう名乗った。
しかし、メドラウトはカナリアの質問に答えず、かわりにこう言った。
「……今はどうでもよかろう。時にカナリアよ。剣を構えよ。今から、儂と模擬戦をしてもらおう。それで―――カナリア、おぬしの技量と決意を、見抜いてやろうぞ」
メドラウトの目は、一層深くなる。眉間にシワが寄る。否、それだけでは到底言い表せないほど、彼の目つきは鋭く、強くなる。
それに圧倒されたのか、半ば恐怖の感情でカナリアは剣を抜いた。
「では……行くぞ」
キン―――
一瞬、澄んだ鉄の音が響く。見てみれば、メドラウトは既にそこにはおらず、カナリアは、メドラウトの剣を必死に防いでいた。
「ほう、儂の一閃を受け止めるとは。なかなかやるのぉ、おぬし」
「それは光栄……です! ―――剣技、解業。〝六業剣〟
カナリアは受け止めた後、メドラウトの剣を弾く。そしてそのまま剣―――〝六業剣〟
一閃、一閃、一閃、一閃、一閃―――一閃。
ちょうど六回の火花が散る。
しかし、その六回は確かな数ではないかもしれない。なぜならば―――速すぎるからだ。速すぎる、神速の六連撃。呪力による身体強化をしてでも捉えきれないその斬撃は、通常の私ならば一回の攻撃に見えていたかもしれない。
「〝
「知りませんよ。私は、望んでこの剣を手に取ったわけではないのですから。皇帝陛下より賜ったがゆえです。二の業〝
キン―――
澄んだ鉄の音があたりに響く。一瞬の、一閃でメドラウトの剣がカナリアの〝六業剣〟
数メートル先に、双剣が突き刺さる。
「素晴らしい武器だ。しかし、だ。そのような先人の知恵に
そう言って、メドラウトは剣を収めた。
そしてそのまま闇に溶けていった。多くの謎を残したまま、その老人は去っていったのだった。本当、何をしたかったのだろうか? はなはだ疑問である。
「しっかし」
そのノアの一言で意識が戻った。昨日の回想をしているところ、没頭してしまったらしい。異境の地であることを再確認して、気を引き締めなければ。
「本当、何もないところだよな。本当に龍王国ブリテン、ってのがあった場所なのかよここ。さっきから草と木と野獣しかいねえ」
「それもそうだ。これはおかしい。いくら荒廃した文明の跡地とはいえ、風化して崩れてしまった家さえないのはな。しかも、どこか―――ん?」
少し離れた切り株の上に、誰かが座っていた。それをよく見てみると―――
「ほっほっほ。また出会ったのう、帝国の御一行よ」
「あなたは―――メドラウト!?」
「そうそう、儂よ。どれ、少し道案内でもしようかの。着いてきなさい、帝国の御一行よ」
そう言われて、私達はメドラウトに着いていった。
「……なぜ、あなたは私達にそれほどまで良くしてくれるのですか? 昨日の模擬戦も、結局あなたに評価されるところまで行けたとは思いませんし」
と、突然カナリアがそう問うた。疑念と困惑の表情を浮かべて。
「オレも同感だ。あんたは別に、オレ達に構う必要はねえだろ。オレやアイツ、モンモランシーの野郎とかそこのカナリアとか言う剣術科がまとっている聖人の気配を感じたから従ってる、とかそういう理由じゃねえってこたあ分かってる。それが、逆に不気味なんだよ」
ノアもその問いに乗っかった。というか、カナリアって聖人の気配まとってたんだ。知らなかった。
その問いに対して、メドラウトは答える。サラッと、何の気もないように。
「理由を問うておるのか? それならば、一つじゃろうて。ただの老婆心じゃよ。ま、老人じゃが若いもんにはまだ負けんぞ? かっかっかっかっか!
……ほれ、ここまでくれば後は任せられるじゃろう。しばし待たれよ、帝国の御一行。ここらで待っておれば、そのうち白い騎士が現れると思う。その騎士に従えば、寝泊まりする場所は確保できると思うぞ」
「ちょ、思うって……―――っていない!?」
メドラウトは忽然と消えていた。
「……仕方ない、待つか。あのメドラウトとか言うジジイの言うことが正しいのなら、白い騎士が現れて俺達を寝泊まりできる場所に案内してくれる、だけっか。全く、そんな都合のいい話が、あるわけ無いだろう。もし現れたとしても、そいつはゴリゴリの野生児に違いねえ。こんな秘境で生き抜くようなヤツラなんざ、腕っぷしのいいヤツラしかいねえだろ」
ニコラ先生が、そう愚痴る。
確かに、先生の言うとおりかもしれない。こんなに都合のいい話、あるわけがない。しかも昨日突然会った不思議な老人に導かれて出会う―――なんて、そんな騎士道物語みたいなファンタジーがこの世に存在するわけがない。それは絶対、裏で何かが糸を引いているとしか思えないのだ。
すると、奥からザッと足音がなる。音からして、砂利を踏んだのだろうか。しかもこんな音を出すには、靴底は硬くなければならない。柔らかいと、こんな風に大きな砂利の音はならないからだ。
その足音は一歩、また一歩と言う風に近づいてくる。まるで、こちらに気づいているかのように。まさか。まさかとは思うが、これは―――
「おや、このようなところに人が……! 皆さん、大丈夫ですか?」
現れたのは、白銀の鎧に身を包んだ長髪の騎士だった。
「―――なるほど。怪しい老人に導かれて。導かれたと思ったらその老人は既に消えていて……なんとも不思議な話ですね。ところで、あなたがこの旅団の団長ですか?」
「旅団ってわけでもないが……まあ、責任者ではある。自己紹介が遅れた。俺はニコラ・フラメル。ワルキア帝国の皇立学院で教師をしている者だ。そして、後ろにいる奴らが俺の教え子だ」
ニコラ先生は、その白い騎士に向かって名乗った。
名乗りを上げられたのなら、名乗り返すのが礼儀だとでも言うように、白い騎士はニコラ先生に名乗り返した。
「おやおや。これはご丁寧に。私は―――ベディヴィエール。『円卓の騎士』の一人、〝隻腕の騎士〟ベディヴィエールと申します。以後、お見知りおきを」
「ベディ―――ヴィエール―――!」
彼女―――白い騎士は、私こそベディヴィエールなのだと、そう言ったのであった。
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