Story.32―――初等学校卒業式/上
―――桜の舞う頃。いや、正確には、舞う桃色が桜なのかは分からない。なぜならば、それが本当にあの世界の桜と同じものなのか分からないから。
―――雪溶ける頃。清水が土を伝う頃。雪解け水が、自らの役割は終わったと言うように木を伝い、空気中へ
―――日浴びる頃。温かな春が、私達を包む。祝福するは教会の鐘。
再建されたカムラン教会は、あの日と同じように精霊の光を充満させて幻想的な雰囲気を漂わせている。
手には、筒。
頭には、帽子。
横には―――初等学校の同学年の全生徒。
前には―――初等学校の後輩たち。その中には、妹のクロミアも含まれている。彼女はいつだって絶やさなかった微笑みを、今崩している。彼女の目からは―――一縷の涙。喜びか、別れの悲しみか。私には、まだ分からない。
そう。今日、私達は―――
「この、カムラン教会附属初等学校を卒業します! ここで過ごした日々は、いつになっても忘れません!」
パチパチパチパチ……と、教会中から拍手が轟く。それに呼応するかのように、精霊の放つ光は一層強くなっていく。
オルガンの音色、それが響く大聖堂。こここそ―――私達の、運命の場所。〝魔祖十三傑〟の第一座である魔王の跡継ぎ―――『貴公子』であったグノーシス・ヴァン・ヤルダバオトを探し出し、そして〝魔祖十三傑〟の第十三座―――〝
神父代理として、祭壇の前に立つのはクラスメートのノア・アハト・エヴァネフィル。彼女は古来より続く複雑に入り組んだ家系―――エヴァネフィル家の四代目当主。エヴァネフィル家は、その「エヴァネフィル家」という家が完成する前に、何個もの家があったらしい。その所々には天使や精霊、妖精が入っており―――精霊の血を引く者、すなわち聖人の家系である。
エヴァネフィル家は「最高の聖血統」と呼ばれるだけあって、聖人の血統の中でも特に影響力の高い家系―――『聖人三家』の筆頭である。それゆえ、今は亡きサターン神父の代わりに神父をやっているのだ。まあ、オチとしてはそのサターン神父がランスロットだったのだが。
「さて、テメエら。よくここまで耐えたな! オレも鼻が高い。クラスメートとして誇りに思う。んじゃ、最後にパーっとやらねぇとな! テメエらに―――祝福を授けてやる。
洗礼
精霊語、あるいは妖精語の聞き取れない「ことば」が、あたりに満ちる。本当の聖なる言葉。全てを表現し、全てに永遠に理解されない真なる「ことば」。それは私達の未来に祝福を授けているように聞こえ、それと同時に、私達の未来に警告を発しているようにも聞こえた。
自分たちの「ことば」を久々に聞いて興奮しているのか、精霊もさらに光を強める。それは、もはや眩しいほどに。
「……これで、祝福は授け終わった。オレの出番もここまでだな。―――んじゃ、後は任せたぜ。先生?」
「ああ、任された」
ノアが祭壇から降りてくるのと同時に、今度は演台に上がる足音が聞こえる。
コツコツ、コツコツ……。それは台ヘ上がってくる。
コツコツ、コツコツ……。彼は拡声器らしき魔道具を軽く指ではじき、機能をチェックする。
ゴソゴソ、ゴソゴソ……。彼は―――ニコラ先生は、
「えー、卒業の挨拶、ということで。全校生徒の皆さん、また、その保護者の皆様。本日はお集まり頂きありがとうございます。教師代表として、このお―――私、ニコラ・フラメルが失礼ながら、務めさせていただきます。本日は、どうぞよろしくお願いします。」
今、「俺」って言いかけたな。
「さて、私はこの六年間、全てのクラスの錬金術を担当しました。六年間ずっと、彼らの成長を、陰ながら見守ってきました。
今期の生徒はとても異様でありました。才能の塊、そしてその卵が多すぎるわ、学校内で殺人事件が起きるという不可解な事象に巻き込まれるわ―――。正直言うと、私は、不安でした。この子達の、将来が―――未来が、不安でした。あの状況下、いつ、どこで、だれが、どのように将来を―――未来を奪われても不思議ではありませんでした。
それを阻止するために私達教師も必死でした。しかし―――残念ながら、数名の犠牲者を出してしまい、
ですが―――彼らは、必死に、必死に……一生懸命に、私達についてきてくれました。血と汗を流しながら。悲しみを噛み締めながら。喜びを、噛み締めながら。苦難を―――乗り越えながら。
―――頑張ったな、お前ら」
最後の一言。これが、アリの巣の穴となった。
―――『蟻の穴からは堤も崩れる』。
これは本当だった。今まで耐えてきた、涙の堤―――涙腺が、崩壊した。
つー、と一縷の涙が頬を伝う。
頬が熱く、冷たくなっていく。
へぇ、私も、こんな、泣き方を、するんだ。クロミア、みたいな、静かな―――いや、私になれば、小さすぎる、涙、だなぁ。
一人、こんな感傷に浸っていた。と同時に感傷にふけっていた。陰と陽。それぞれが相克し―――曖昧な、形容しづらい涙を生み出している。螺旋の極点。その重解。中心に最も近く―――
「えーこれで、私からの挨拶とさせていただきます」
そう言って、ニコラ先生は頭を下げる。
頭を下げると、教会中から拍手喝采の嵐が巻き起こった。ニコラ先生は、恐らくこう思っていたであろう。
―――俺の次に話をするやつが、
パチン、と暗転する。
再び光が灯ったときには、壇上にはアールマティ・オフルマズド学長が立っていた。
いつもとは違う正装で彼女は壇上に立っていた。
「さて、ここからはこの
えーまず、諸君! よくここまで耐えきった。先程のニコラ・フラメルの話にもあった通り、今期の卒業生は、とても危機に満ちた日常を送ってきた。死亡した生徒もいる。まあ、しかし。こんなめでたい日に辛気臭い話しは止めだ。―――おめでとう。これで、諸君の未来は大きくなった。卒業したならば、〈
だが、これだけは覚えて―――いや、脳髄の彼方、心の奥底に刻んでおけ。
道を、踏み外すな。踏み外した途端、諸君の人生は、奈落へと落ちる。
これだけは、幾年重ねても未来永劫心に刻んでおけ。
では諸君、さらばだ!」
パチパチパチパチ……と、オフルマズド学長のスピーチに対して盛大な拍手が送られる。それを
―――桜の舞う頃。これは、桜ではなかった。イワナガサクヤノハナという懐かしい名を持つ桜に似た―――というか、桜とだいたい同じ構造をしている花である。
―――雪溶ける頃。これは、清水ではなかった。雪解け水という、中途半端に清い人類のような不純物。真なる「清」とは、それこそ超純水のような一切の汚れのないものを言うのだろう。
―――日浴びる頃。これだけが、本物だった。この光だけが、本物だった。―――つまり、他の全ては、ニセモノだったということだ。
教会の鐘は、祝福などしていなかった。
その空洞が告げるのは、ただ一つ。
―――未来への、警告。
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