Story.31―――帝国統一試験

「……いよいよ、この日だね。カナリアちゃん」

「……ああ。流石さすがに―――緊張するな」


 私達はそれぞれペンと剣を携えて、ここ―――ワルキア帝国直建皇立教会附属習術学院に来ていた。いつになく緊張する。……やっぱり、大学受験以来か。こんなに緊張しているのは。

 今日は、運命の日。私達の未来を決める、人生の分かれ道。

 そう―――今日は、帝国統一試験である。

 この帝国統一試験は、進みたい学校で受けることになる。日本の共通テストのように、自分の地域の大学などで受けるのではない。故に、私達は帝都へ来ていた。私にとっては三ヶ月ぶりとなる帝都訪問である。皇立学院は帝都の真ん中―――皇帝陛下の住まう宮殿のすぐ近くである。

 ……時計塔、と言ったほうが良いのだろうか。

 それとも学院、といったほうが良いのだろうか?

 皇立学院は時計塔と学院の校舎が合体したような見た目をしている。この前の皇帝陛下への謁見の時のパーティーにて、五時の鐘を鳴らしたのは、この皇立学院の時計塔であった。

 件の時計塔には、わらわらと受験生が来ている。帝国中から、このトップ校を目指す知のアスリート、あるいは武のアスリートが集まっていた。


「では、受験生の皆さん! 受付を開始しますので、受験証を持って受付窓口へお越しください!」

「それじゃあ、行こうか」

「う、うん」


 私達は皇立学院の入口にいる受付に受験証を持っていって受験受付をした。


「えーっと……カナリア・エクソスさんとクロム・アカシックさんですね。ではそれぞれ試験会場に移動してください。カナリア・エクソスさんは剣術道場、クロム・アカシックさんは講堂へ行ってください」

「はい。じゃ、私は行くよ。互いに武運を、クロム」

「うん。ご武運を、カナリアちゃん」


 そう言って、私達は別れた。

 私はペンと魔術書が入ったバッグを持って講堂へ行く。講堂へ着くと、そこは異界だった。

 虎視眈々と眼の前の勝利だけを狙う猛者たち。この日のために、知力に全てを捧げた―――知のアスリートたち。彼らは一度、私が部屋に入ったときに一瞥したのみで、あとはこちらに視線を向けようともせず、最終調整に入っていた。

 だが、一転して暇を持て余しているような者たちもいる。彼らは、二つの種類に分けられる。

 一つ目が、余裕で合格ができる、と太鼓判を押されている者。

 二つ目は―――カンニングの用意ができている、無敵の者たち。彼らは、あらゆる手を使ってでも―――合格してやるという決意を持つ者たちである。

 ガラガラ……、と一人の男が入ってくる。恐らくは教師だろう。


「では、これから帝国統一試験を始める。全員、ペンを握れ」


 と、問題用紙もわたっていないのに開始の合図をしようとする。抗議しようとしたその瞬間、机の上を見てみれば―――

 ある。問題用紙も、解答用紙も。……魔術かぁ。


「始め」


 一斉に音がなる。それはペンの先と紙が擦れる音。神速にも届かんとする勢いで、受験者たちは自らの最適解を解答用紙にこすりつける。

 現在の教科は「魔術基礎理論」。その名の通り魔術の基礎となる理論である。

 例を上げるとするならば、魔力の正体、魔素の奇数変換と偶数変換、魔術の系統樹……など、このへんであろうか。先も言ったがこれは魔術の基礎となる理論であるため、ここで落とせば落第からの浪人からのニートコースも余裕で見えてくる。ここは落ち着いて慎重に……。

 次の教科は「魔術世界の歴史」。魔術世界(魔術を学問として見た際に用いられる、通常の学問を学ぶ世界とは違うことを意味する語句)がどのような歴史をたどり、どのような発展をしてきたのかが問われる学問である。

 基本的な流れとしてはこうである。

 まず、リリス・ヴァン・ヤルダバオトと始祖アダムが〈エデンの園〉から追放される。その際、リリス・ヴァン・ヤルダバオトを始祖とする魔族には『永久凍土のように固く永遠、しかし衰退する』という起源、アダムを始祖とする人類には『儚く短命、しかし繁栄する』という起源が付与される。

 この時点ですでに魔力は存在しており、宇宙誕生の瞬間に魔素は成立していた、というのが今の一般的な定義だ。

 そして魔術の祖・ソロモンが今は既に失われた技術である魔術のもととなった秘法―――「魔法」を発見したことによって、人類と魔族どちらも魔術の研究をするようになった。そして魔術が発展していった―――というような流れである。ちなみに魔法とは、「魔術基礎理論」の「魔術の系統樹」における〝根〟である。

 ……と、これでよし。魔術関係は次が最後である。

 次は……「術式学」。魔術の込められた図形―――術式の形から、それがなんの魔術を発動するための術式なのかを推測する単元である。基礎は「霧」の術式。火属性の魔術を込めた術式と水属性の魔術を込めた術式を三対一の割合で円状に描く。それに魔力を流すと―――霧が発生する。これが、術式の基礎であり、これが分かれば大体の術式が解ける。

 しかし、中にはわからない術式もあり……


(困った。これはなんの術式だ? 火属性の術式に風属性の術式。それに加えて力の向きをひねる術式に、問題の謎の術式。形としては、リンゴにヘビが巻き付いたような形をしている。一体、これは……?)


 と、その時であった。


「グああああああああああああああっっ! 腕が、手が、熱いぃぃぃ!」


 後ろから悲鳴が聞こえたのである。振り返ってみれば、ジタバタと手足を赤子のように動かしうごめいている一人の受験生の姿があった。

 そして、試験監督官の男性が動き出す。

 コツコツコツコツ……と、ブーツの底を鳴らして歩く仕草は、まるで死刑を告げに来た看守、あるいは死を告げる死神のよう。彼はその受験生を一瞥した後、言う。


「この受験生はこちらで対処する。君たちは問題を解き続けよ」


 そう言ってその受験生に向き合い始めた。

 私は、彼の言いつけ通り問題を解き続ける。

 なぜならば、このやり取りで件の謎の術式の正体が解けたかもしれないからだ。

 あの謎の術式の正体。考えても考えても分からなかった謎の図形。その答えは―――私達〝魔人〟や〝魔女〟―――ひっくるめて〝魔術師〟と呼ばれる者たちに刻まれる『魂の刻印』―――『魂の刻印:魔術師の烙印』の出力術式!

 『魂の刻印:魔術師の烙印』は膨大な魔力を秘めた一画のみの魔術的な刻印。獣からでヘビとリンゴに収束する。そして、もし『魂の刻印:魔術師の烙印』を持つ者がヘビとリンゴの紋章、すなわち出力用の『魂の刻印:魔術師の烙印』に魔力を流すと―――獣の紋章、すなわちこちら側にある『魂の刻印:魔術師の烙印』を一画消費して通常よりも莫大な威力の魔術を発動させる。

 また、この『魂の刻印:魔術師の烙印』を消費するには出力用の『魂の刻印:魔術師の烙印』が無ければならない。そして『魂の刻印:魔術師の烙印』を消費すると、あの受験生のように腕や手が焼けるように熱くなり、痛みを伴う。

 それを考慮したうえで、あの謎の術式について考えると―――あれは「熱線」の術式。火属性の術式で火を発生させ、風属性の術式で風を起こし火を動かす。そして力の向きを変える術式を使ってこの火と風を自由自在に操る。それに加え『魂の刻印:魔術師の烙印』を消費して―――街一個を滅ぼすような威力を持つ熱線を発動させる。

 これで―――フィニッシュ!

 あとは見直しを、と……あ。

 その時、キーンコーンカーンコーン……と鐘がなる。「やめ」の合図が入り、答案が自動で回収されていく。試験が終わり、後ろを振り返ってみると―――

 死屍累々。

 恐らくカンニングをしようとした者たちだろう。『魂の刻印:魔術師の烙印』を消費した代償から倒れているに違いない。……もしや、あの問題はカンニングをしようとする者たちをふるい落とす役割を持っていたのではないだろうか。

 そう思いながら、私は校門で、ただ待ち人を待つ。

 粉雪舞う冬の日。僅かな春の足音を聞きながら―――

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