Story.33―――下/皇立学院入学式

 ―――思うに、私は間違いを歩んできたに違いない。

 ―――人を呪わば、穴二つ。

 ―――私が誰かを呪うなら、二つ目の穴はきっと、また別の誰か。

 ―――そうして〝幾星霜〟の時を超え、今に至っても、何も変わらなかった。

 ―――変わったことといえば、そう。子供の世話を見るようになっただけ。ただ、それだけのこと。それだけのことなのに―――それだけが、私の荒みきり今にも崩壊しそうな心を接着剤のように繋ぎ止めている。

 ―――しかし、それだけでは私は変われない。

 ―――それだけでは、私だけでは、人類があがなうべき罪を精算できない。

 ―――私は〝魔祖十三傑〟第█座―――『███████』。またの名を██王。

 ―――故に、私は人類を、怨念の炎で燃やさねばならない。

 ―――あの時の私のように。恩讐に囚われ、恩讐の彼方まで向かい―――あの憎き上流階級の奴らを殺した、あの時のように。

 ―――だけど、だけど、ああ、はやく。


 ―――わたしを、きみのてでほうむってほしい。

 ―――そして、ここで目が覚める。



「―――最近見てなかったのに。なんたってこんな……気色の悪い夢を、こんなめでたい日に見なきゃいけないんだっての」


 そう悪態をつきながら、私はベッドから起き上がる。

 現在地、ここは帝都。その街角にある宿の一室。いつものようにカナリアと一緒に寝ているわけではなく、一人で寝ている。その理由は単純で、宿の主人に同室を拒否されたからである。

 そりゃあそうだ。ここの宿のベッドは、シングルであり二人で寝るには狭すぎる。

 だがしかし、今はそれはあまり重要ではない。重要なのは、なぜ私達が今、帝都に来ているかということだ。

 その答えは、数時間後に明らかとなる。


 ―――数時間後。私達は皇立学院に来ていた。

 天気は快晴。ああ、素晴らしき日よ。あの夢さえ無ければ、もっと素晴らしかったが。

 皇立学院の講堂は、既にぎっしりと人が詰められている。ここにいる全ての人が―――今年度の皇立学院の入学者である。

 そう。私達が皇立学院を訪れた理由。それは……

 皇立学院の、入学式に出るためであり、また入学した後に寮に住むためである。

 無論、クロミアのこともちゃんと考えている。クロミアもあと三年で初等学校を卒業する。その時に、もし家を出るつもりならばカナリアが『妖精加護・樹木精ドライアドの加護』でできている今の家をで片付けるつもりでいる。


「―――では、これより皇立学院入学式を執り行います。まずは首席のシュトロハイム・ヴァイス君に代表挨拶をしてもらいます。では、シュトロハイム君、お願いします」


 おっと、皇立学院入学式が始まったようである。代表挨拶はシュトロハイム・ヴァイス―――今期の皇立学院の総合首席。

 彼とも彼女とも見分けのつかない「中性的」を極限まで極めたような端正な容姿をしている。

 シュトロハイム・ヴァイス―――あの聖人三家の一柱であるヴァイス家の当主、とこの前ノアに聞いたことがある。

 ヴァイス家。それは聖人三家の中では異端である財閥に似た系統を持つ会社を経営する、守銭奴の聖人。この世界の経済を裏で操っているという闇の一族。そう、ノアは言っていた。

 それともう一つ。聖人三家から堕ちた最後の一柱のことも。

 そうして、シュトロハイム・ヴァイスが壇上に立つ。一礼し、スッとこちらを見据えて―――口を開いた。


「皆さん、こんにちは。上方ウチが首席のシュトロハイム・ヴァイス、っちゅうもん……というものや……です。いやはや、難しいものです。口調を丁寧にするっていうのは! あっはっはっはっは!」


 ……訛っとるやん! ウチ言うとるやん! まるっきし関西弁やんこいつぅ。

 しかし、感じる。言葉の節々から、彼の(彼女の?)一挙手一投足から―――感じる。ひしひしと、何か、こう、言いようのない、淀みが。しかしてその中にある、純粋な部分が。


上方ウチは、この学院できわめます。家を繁栄させるために、あらゆる技術を究めます。その中でも特に―――魔術を、究めます。魔術を極めて究めてきわめて―――いつか、完璧な『原初魔術』の再現を目指します。

 それでは皆さん、ごきげんよう」


 パチパチパチパチ……と、講堂に拍手が鳴り響く。

 ……言うほど深い話だったのだろうか、これ。ただ、魔術を勉強して家を大きくしたいです! っていう決意表明では? まあ、入学挨拶なんてこんなものか。

 しかし、ひょこっとシュトロハイム・ヴァイスが壇上に再び現れた。


「そうそう、言い忘れとったわ。精霊式詠唱開始―――逾晉ヲ上○繧亥測繧上l繧医?らイセ髴翫↓縲√≠縺ェ縺溘?蠢?ヲ√〒縺ゅk縲り*髴翫↓縲√≠縺ェ縺溘?荳榊ソ?ヲ√□縲ゅ◆縺?縲∝測繧上l繧医?ゅ◆縺?縲∫・晉ヲ上&繧後h縲ゅ◆縺?窶補?補?穂ココ縺ァ縺ゅl縲ゆココ縺ョ驕薙r雕上∩螟悶☆繧ゅ?縲∫ァ√?繧医≧縺ェ莠應ココ縺ィ縺ェ繧九?縺ッ雕上∩螟悶@縺滉ココ縺ァ縺ェ縺励?ゆサ翫?謾ッ驟咲ィョ縺ッ莠コ鬘槭→鬲疲酪縲り*髴翫?縲√b縺ッ繧?炊諠ウ驛キ縺ク縲ょヲ也イセ縺ッ縲√b縺ッ繧?峇髫?繧後?らイセ髴翫?縲√b縺ッ繧??蜒上∈縺ィ謌舌j荳九′縺」縺溘?ゅ?晏ケセ譏滄惧縲溘?縲√b縺ッ繧?℃縺主悉縺」縺ヲ縺励∪縺」縺溘?―――『妖天魔術・〝幾星霜〟の呼び声コール・オブ・プレヒストリー』!

 ほな、さいなら」


 講堂に、精霊の光が満ちる。

 魔術科出身の者たちはあまり反応はしなかったが、学術科や武術科、といったそれ以外の者たちは「うおおおおおおおおおおお」と声を上げたりして驚いていた。

 それもそうだろう。彼らにとってしてみれば、自らの信仰対象である精霊を、この場に呼び寄せて光を放たせた、という認識なのだから。

 しかし、私達―――魔術科は知っている。

 これが、あの精霊語、または妖精語と呼ばれる「ことば」の効果の一端なのだということを。「ことば」には、精霊を活性化させる能力がある。それは、いまやもう失ってしまった、失われた自分たちの言葉。それを聞けたなら、それは興奮するというものだ。


「えーでは、全員速やかに教室へ。これ以上やるのは無駄、というものです。これから初回の授業を受けてもらいますので、しっかりと聞くように」


 ―――……唐突だ。唐突すぎる。

 しかし、理由はわからずとも、今は従っておくべきだろう。流石さすがは超名門校、というべきか。学業に勤しむ時間を、こんな大切な式を犠牲にしてまで作り出すとは。

 そうして座っていると、いつの間にか紙が配られていた。

 クラス決定の紙である。

 そのズラッと並んだ文字の羅列から、自分の名前を見つけ出す。


「あ、あった。え〜っと、クラスは……」


 そこで、私は絶句した。書いてある内容が―――否、クラス名が、普通なら考えられないようなものだったからだ。

 そのクラスの名は―――



 ―――魔法科。それは、もう失われてしまった『原初魔術』を追い求めるという思想の下、隠された第七のクラス。武術総合科、弓術科、剣術科、槍術科、学術科、魔術科―――それに次ぐ、魔法科。この皇立学院は、基本七クラスで構成される。稀に例外として追加のクラスが用意されることもあるが、それは本当の〝例外〟である。

 話を戻し、魔法科について。その魔法科の秘匿具合は半端ではなく、教室は地下にある。それも、ただの穴ではない。魔術的構造を組み合わせた―――狂気の沙汰に近い、入ったならば後戻りはできない〝孔〟だ。行きは魔術科教室の隣の隠された通路から魔術で転送する。帰りは、一方通行のゲートで移動する―――という話だ。

 だがしかし、私が驚くのはそこではない。否、そこも重要なのだが、今驚くべきはそこではない。

 なぜ、なぜ、なぜ……


「―――では、授業を始める。先に名乗っておこう。俺の名前は―――」


 なぜ、


「―――ニコラ・フラメル。ニコラ先生でもいいし、フラメル教授でもどっちでもいい。この魔法科の担任で、教科は魔術、錬金術、座学と体術の一部を担当する。よろしく」


 なぜ、ニコラ先生が、ここにいる―――?

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