Story.18―――魔術クラス殺人事件/Q[uestion of this murder]

 ―――は無事か? ついでに、君の計画もな。

 ―――ああ、問題ない。とおの座よ。ヤルダバオトも、誰がやったかもまだ暴かれていない。やつも、私の正体もな。


 謎の人物Aは、ふぅ、とタバコの煙を吐き、顔を下に向ける。


 ―――まぁ、良いことだ。しかしねぇ……人間も、あまり悪いものではないと思うけど。こんな不思議で使い所のない物品を開発するんだもの。そのうち、仮想世界を観測する機器すら開発するかもしれない。そうすれば、面白いじゃないか。

 ―――……貴方あなたも、変わり者だな。あんなけがらわしいモノ、よく愛せると言いたい。私には、あいつらはただの肉塊にしか見えないのだがね。しかも『仮想世界を観測する機器』なんて……そんなモノを開発したら、アレが―――『天からの懲罰は鎖エンキドゥ』が介入してくるに決まっている。

 最初から、あいつらに勝ち目など……〝世界〟を超越して観測する万能の力など、許されていなかったのだ。

 ―――そこで、私の意識は浮上した。


「―――また、夢」


 本当、気色の悪い夢。知らない人物が得体のしれない内容の会話をしている、という内容は、私にとってとても気分の悪くなる―――不安になる夢である。

 しかも『仮想世界を観測する機器』やら『天からの懲罰は鎖エンキドゥ』やら、私にはさっぱりわからない単語がツラツラ並べてある。

 文脈から考えてみるに、この『天からの懲罰は鎖エンキドゥ』とは何か世界に対して崩壊の危機を招いたり、何かしらしたら来る力のことなのではないだろうか。

 ―――わからない。


「この夢は、本当に何が言いたいんだろ……」


 私は、学校に着くと昨日までに判明した情報をノートに記す。

 一つ、犯人は不明。初等学校に関係のある人物であることはほぼ確実。

 二つ、偉大なる座グランドクラス栄光の座グロリアクラスなど、特定の階級のクラスの人物のみを殺害していることから、個人のクラスに関する情報を持っている、または覗ける『超常魔眼』に類するモノを持っている。


「しかしなあ……どこまで調べても犯人の手がかり―――足跡すらつかめないとは……」

「そうね……。足跡、この教室にあれば良いのだけれど。あれば、私達の調査が楽になるわ」

「だよね〜……ん?」


 そこで、私の頭でカチリ、と音がした。何かがはまった。何か、見落としていることがあると思ったのである。一体、私は何を―――何の情報を知りたがっている?

 それはきっと、さっきのニーナの発言にあるはずだ。


「ねえニーナ。今、なんて?」

「え? いや、足跡、この教室にあればいいなって。そうすれば楽に調査できるな〜って」


 私の頭の中で、ものすごい勢いで組み上がっていくナニカ。それは―――犯人探しの調査の方法。私は今まで聞き込みを最善だと思いこんでいた。それが、私達にできる最大の調査方法だと思っていたから。でも、ここは異世界で、私は魔術師で。

 なら、もっと私にあった―――このクラスで学んでいることを活かすことができるのではないか? そう、その犯人探しの方法とは―――


「―――魔力逆探知」

「へ?」

「そうだ! 魔力から犯人を特定すれば良いんだ! 魔術理論的に考えれば、個人が通る道には、絶対にその個人の持っている魔力が残されている。それを、私達魔術師は特定ができる。魔力に対して深い理解があるから」


 ニーナは首を傾げる。


「それで、何が言いたいの?」

「つまり! 犯行現場に行って、犯人の魔力の残滓を採取・解析すれば良いんだよ! そうして学校中の魔力の残滓からそれと適合する魔力の足跡を探し出して―――犯人を特定する」



「―――と、言うわけで。来ちゃった。犯行現場」

「いやいや、普通そうはならないでしょ」

「なっとるやろがい」


 そう言うと、後ろからふわぁ〜というあくびが聞こえた。


「ねえ、そろそろ行かないかい? 深夜に叩き起こされて『フランソワ、行くよ!』って説明もなく呼ばれるこっちの身にもなってくれよ。ほんと」

「ごめんごめん……今度学食のスイーツ奢るから」

「む、それなら良い。明日、奢ってくれ」

「了解……っと、大体の魔力を採取する魔術道具は設置し終わったかな」


 そうして、私は詠唱を始める。

 もうすっかり慣れてしまった魔力の回る感覚が―――土地単位で感じる。魔力がうごめいているのを、肌で感じる。


「呪文詠唱―――辿れ、行きつけ、噛みつけ。貴殿の餌は、すぐそこにあり。しかして、其れは対極の彼方までも見つからず。我が望むは、その一欠片。我が望むは、それに至る道なりて―――起動、『魔力増幅器』」


 瞬間、『魔力増幅器』のスポイトに似た部分があたりに点々と存在している紫色のシミを吸い取る。

 この世界では初めて見る―――ブラックライトに照らされた体液のような。言い換えれば科学的な、そんな景色がそこにはあった。

 そして『魔力増幅器』が、サンプルとして採取した魔力を放出する。それを、私は自分の魔力回路に取り込んで解析する。魔力回路とは、一種の免疫系のようなものであり、自分の魔力とは違う魔力が魔力回路に入り込むと、それを自動的に分析する。

 性質、量、周囲の反応―――

 あらゆる情報が、私の魔力回路を通じて入ってくる。


「よし、採取完了っと」

「それじゃあ、帰りましょうか」

「そうだね、僕も早く帰りたいから……」


 そうして、私達は解散したのだった。



 ―――次の日。私は取り込んだ魔力情報を視覚に映して学校を歩いてみるが……あまり収穫はなかった。トボトボと、教室に入ると―――魔力情報に反応あり。

 一体誰の―――


「諸君、授業を始める。席に着け」


 と、探す前に授業が始まってしまったようだ。余計な魔術使用がバレないように魔力情報を視覚から消しておく。

 ……今の授業って、何の時間だっけ。


「君たちとは初めての授業か。では自己紹介をしよう。私はサターン・ユピテール。教会の神父で、君たちの洗礼を担当した、と言えばわかりやすいか」


 そして、先生―――もといサターン神父は続ける。


「さて、この時間の授業は『神聖魔術』についての講義だ。私も一応は、ある意味聖人なのでね。少し難しい話にはなるが、最後まで聞いて欲しい。まあしかし、大多数の者は理解ができないだろうから、テストには出さない。課題も出さない。良いね?」


 そこから始まってしまった超難解授業は、私には到底理解できない内容であった。


「では、まず『神聖魔術』は噛み砕いて言えば『特定の状況下で原子核が崩壊して、陽子、中性子のいずれかが魔素と呼ばれるマイナス、プラス、どちらの性質にも当てはまらない異世界の科学力を持ってしても解明不可能な性質を持った粒子と偶数個の置換が行われた際にのみ発動が可能な神、および精霊や妖精との交信による奇跡の再現』だ。これでもまだ噛み砕いたほうだ。

 もっと厳密な定義があるが、今から話すから余談程度に聞いておいてくれ。

 厳密な定義というのは『特定の状況下において原子核が崩壊した場合、陽子、中性子のいずれかが魔素と呼ばれるマイナス、プラス、どちらの性質にも当てはまらない―――」


 と、ここで私の意識は途絶えた。目がカーテンのように閉まっていく。睡魔が、私を包み込む―――。

 ……そうして、目覚めたときには、また別の講義に入っていた。

 眠っていなかったのは、ノアだけであった。流石『神聖魔術』を本業にしているだけある。難解なこいつについて熟知してやがる。だから、こいつにはこの難解な授業は復習に過ぎないんだッ!


「―――では、次に行こう。時間的にも、これが最後かもしれないからな。『神聖魔術』を成り立たせるために必要な聖典の第一章の正しい解釈を共有する」


 そして、サターン神父は語りだした。


「―――昔、天地が別れ、宇宙が光に満ちた頃。〝世界〟から使命を与えられた神は魔族の始祖たるリリス・ヴァン・ヤルダバオトと人類の始祖アダムを〈エデンの園〉という名の牢獄―――今の魔王城の立っている〈失楽園〉と呼ばれるに閉じ込めた。

 魔族と人類が堕落し、〈エデンの園〉から追放され、寿命も尽きようとした時。神は問うた。

『〈エデンの園〉から堕ちた時、貴様らは何を見た?』

 アダムはこう答えた。

『星を見た。漆黒さえもまだ淡いと思えるほどの深い深い暗闇に、煌めく光を見た。それは愛。それは光。それは救済。それは―――僕らが守るべきもの』

 リリスはこう答えた。

『地を見た。血よりも赤い、汚れきった本能が。獣の本能が、木になった果実さえも地に落とし、自らを泥でさらに汚していく―――我らの壊すべきもの』

 神は、アダムとリリスの回答を参考に、人類と魔族の起源を決めた。

 人類は『儚く短命、しかし繁栄する』という起源を。

 魔族は『永久凍土のように固く永遠、しかし衰退する』という起源を」


 キーンコーンカーンコーン。と、チャイムが鳴る。


「さて、授業を終わる。起立」


 そうして、難解な授業は終わった。しかし、この講義が大切な事件解決のヒントになることを、私達はまだ知り得なかったのだ。

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