第一部:第二章・進級/魔術/離反者

Story.14―――学園の静かなる日々

 ―――君が来るとは珍しいこともあるものだ。なに? 頼みがある、と申すか。……。

 ―――良いだろう、この私が、〝―――――――――〟の『禍津日神』たる私が〝―――――――――〟の末席たる君に協力してやろうじゃないか。

 ―――どうだい、調子は。は? 上手く行かない、と言うのかい? ……全く、君は無能だな。これで元世界最高峰の騎士団『円卓の騎士』の一員だったと。は! その騎士王というのは、とても無能が好きなもの好きのようだな。……何だい、その目は。私と戦うつもりか。やめとけよ、君が怪我するだけだ。

 ―――絶対に成功させろよ、君。なんたって、この私が協力しているのだからね。

 ―――いつもそこで、目が覚める。


「……夢、か」


 目の前に広がるのは、木に囲まれたいつもの家。隣にはまだクロミアが、心地よさそうに寝息を立てて眠っていた。そしてクロミアを挟んで隣りにいるはずのカナリアは、見当たらない。私はくくっと伸びをしてからベッドから出た。

 案の定、私が起きる前にカナリアは先に起きて朝ご飯の支度をしていた。そんな彼女を見て、私は


「おはよ、カナリアちゃん」


 と言う。すると、赤がひるがえる。開けた窓から入ってくる朝一番の風に乗って、髪の毛一本一本が朝焼けに映え、幻想的である。


「ああ、おはよう。クロム」


 この三年でカナリアはかなり変わった。なんというか、ゲーム本編開始時の性格に近づいていっている、と言うのか。可愛く幼気が残っていた喋り方も、纏っていた空気も、全てが可愛いから凛々しいへ変わっている。外見も短い赤髪のショートではなく、ストレートロングになっていた。

 だがしかし、彼女も変わらないところはある。夜、一人で寝るのが怖いということだ。なんともここだけは可愛らしい。ギャップ萌え、ってやつ? だから今でもクロミアを挟んで川の字で寝ているのである。


「朝ご飯、できているぞ。さあ食べようか」

「うん。地の恵みに、海の恵みに感謝します。精霊よ、どうか私達に明日も同じくかてをお与えください。―――全てのモノに、感謝を込めて『食事を始めようスタート・イーティング』」


 そして私は食べ始める。木の食器のみしかないので大体スープとパンのみである。しかし、それでも美味しい。なぜならばカナリアが作る料理はあちらの世界でのカフェ・レストランのシェフのような腕前なのである。それがまずいわけあるまい。

 私はスープをすすりながら、今日の夢について考える。

 数か月前から見始めた夢。誰かが誰かと話している夢で、重要そうなワードのみがノイズのようなものでかき消されている。しかしかろうじて聞き取れたのは『禍津日神』、『世界最高峰の騎士団』、『円卓の騎士』、『騎士王』。なんというか……アーサー王伝説のような。しかし異様。禍津日神という日本、大和神話の呪いの神と同じ名前が出てきた。


「いってらっしゃ〜い、お姉ちゃんたち!」

「ああ、行ってくる」

「うん。行ってきます」


 そう言っている間にも、私はいつも夢のことを考えている。なんだろうか、何を伝えたいのだろうか。しかも繰り返し出てくる〝―――――――――〟という聞き取れない言葉。そしてその後ろにかならず来るであろう末席などの序列を表す言葉。

 ……ああ、こんがらがる。考えれば考えるほど、何を伝えたいのだろうかということがわからなくなってしまう。


「それじゃ、私はこっちだから」

「うん。じゃあ、またね」

「ああ、また帰りに」


 教室に入るときも、未だに考える。ああ……何気ない会話。このようなことを求めていたのに、それすらもわからないという。楽しめないという。ああ、なんて―――


「なんて―――最悪な矛盾」

「え、なんて?」


 小声で言ったつもりが、聞こえていたようだ。ニーナが耳ざとく私の独り言を聞き取ったようで、その内容を聞き取れなくて私に問うている。


「いや。なんでもないよ」

「ふ〜ん、へぇ〜」

「な、なに?」


 ニーナが何かを思うも言えないような、というのは違う表現と言えるが、そんな感じのニュアンスの雰囲気をまとわせて。―――私に何かを聞こうとしている。それを、私は問う。


「いや〜、別に〜。しかしねぇ、クロムがまさかね……好きな人のことでも考えているんじゃないかと。少し勘ぐってしまったの」

「す、好きな人とか! い、いないし! 別にカナリアとかじゃないからああああああああああ!!!!」


 私は恥ずかしさのあまり駆け出した!


「か、カナリアって誰だろ……。ちょっと調べさせてみようかな」



 ―――私が教室を出て廊下を駆けている時、ちょうど廊下を歩いているカナリアに遭遇した。先程、あのような掛け合いがあったために、少しだけ、私だけが気まずい空気になっている。


「やあ、クロム。どうしたんだい? そんなに急いで走って」

「い、いやあね。大したことじゃないんだけど……」


 そうして私は、恥ずかしながらもその事を話した。その時私は、けっこう顔が赤くなっていたかもしれない。だって、恥ずかしいんだもん。


「―――ふ、はっはっは! そう、そうなの! へ、はっはっは!」

「もう、カナリアちゃん! 笑い事じゃないって!」

「ひ〜、いや、悪かった。いや何せ本当のことを言われたような気がするからね。だって、好きでしょ? 私のこと」

「え、あ、うん……」


 なぜか近づいてくるカナリア。いつの間にか私よりも少し高くなった目線から、彼女は私を見下ろしている。……少し、恥ずかしい。さっきから恥ずかしがってばっかだ。少しは見返してやらなければ、私の気がすまない。

 少し見上げた。すると―――クイッと顎が上がる。カナリアの細い、しかして生命力に溢れたしなやかな指で顎があげられる。


「ほえ?」

「ふふ、かわいい私のクロム。別にいいのだよ、そういうことでも相談してくれるならば、私は嬉しいよ」


 イチャイチャとバカップルのように公然といちゃつく私達に、少し冷ややかな目が向けられる。……できれば、もう少しこうしていたい。と、思っていたのだが。そこに邪魔をする者が。


「カナリア様、公然とそういうのをするのはやめてください。剣術首席の名がすたります」

「ああ、済まない。なに、少し私のクロムが可愛すぎたもので」

「は? 誰、その男」


 と、私は声を荒げる。……本当に、誰? その男。お? 私を抜かしてカナリアにつけ込むとか、お前死にたいんか? お? いてかましたるぞ、ワレェ!

 内心怒り心頭の私の気も知らず、カナリアは語る。


「こいつはブルーノ・ペイレアス。私の学校内の従者みたいなやつだ。武術系クラスで初期らへんに私を舐めてかかってきたのだが……」

「カナリア様、その話は俺から。あれは、入学してすぐのことでした―――」


『―――おい、お前! 俺と勝負しやがれ』


 あのときの俺は、自分の力をひどく過信していました。


『は? いやです』

『へ、まあ、そんなもんだろうよ。お前の実力なんて、俺には遠く及ばないってことか。怖いってことか!』

『お? やるか? お? 全力で叩きのめしてやりますよこの野郎!』―――


「―――と、こんな感じで、俺がカナリア様の実力を舐めていたら、こんなことに。これはあのときの自分が悪いです。なにせ、溢れんばかりの強者のオーラを感じ取れなかったのですから」

「実力は申し分ないんだが……いかんせん、人を舐める悪い癖があってな。それを矯正するために、私とともに行動している」


 ……何と言うか、おつかれ。けど、カナリアのことを舐めた君が悪いんだよ。反省しなさい。

 リーンゴーンガーンゴーン。

 と、ちょうど話を区切りよく終わらせるかのように休み時間終了の鐘がなる。それに気づいた私達は、早々にお互いの教室へと帰っていったのであった。


 何気ない一日、しかして、その日常いつもが、そう長くは続かないことに気づかぬまま。私達は。

 そして、今日もまた、一人―――の手へと堕ちた。

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