Story.13―――巡る星、血朱に塗れて

 ―――数人の生徒の測定が終わり、巡り巡って私の番が来た。

 私は、集中を研いで……その時を待つ。トラがウサギを狩るみたいに、まさに「虎視眈々」と。


「……ふむ。お前の魔術は少々特殊なようだな。まあ、家系的に仕方ないとは思うのだが―――普通、『紛暗魔術』には存在透明効果はない。やはり家系に受け継がれた魔力が、そうさせているのだろう。いや、特殊な接続詠唱がそうさせているのか? どちらでも良いが―――まあ、頑張れよ、ニーナ。

 では、次! クロム―――」

「はい!」


 私は、その集中を開放し、いざ一歩前へ―――と、行こうとしたところであった。


「―――と、行きたいところだったが気が変わった。まずノアを出す。その次にグノーシスを出して……最後に、クロム。お前でフィニッシュだ」

「はぁ?!」


 突然言い渡されたその勧告は、私にとって衝撃的なものであった。何が、ナ・ニ・が「気が変わった」だ?? 調子のんな、このクソジジイ!

 一応のことではあるが、理由を問いただしてみる。


「え、ちょ、なんで?!」

「理由を問うか。良いだろう、単純明快。何の面白みもない話だ。―――俺が、お前に期待しているからだ。お前が本当に『系統別魔術:星廻魔術・廻天する、告終の星ヘール・ボップゲート』を習得しているのならば、あの『魔力測定器』でさえただで済むとは思わない。そうすれば、再購入には数ヶ月の作成期間がかかるし、何よりそれまでお前の後ろの奴らが可愛かわいそうだ」


 なるほど。一理ある、と言えるか。『系統別魔術:星廻魔術・廻天する、告終の星ヘール・ボップゲート』……師匠が「最初にやっておきなさい。簡単だから、ね!」って私に言ってその言葉を信じて習得した、私が初めて習得した『系統別魔術』なのに……騙しやがったな、あの師匠め!


「さて、それじゃあ良いか? では、ノア。行け」

「おう! んじゃ、行くか……」


 そう言って、ノアは首にかけている不思議な光を放つブローチを、結んである紐からちぎり取る。

 誰が想像しただろうか。

 その瞬間、莫大な魔力量が解き放たれる。―――その光を放つブローチは、彼女の世界さえ叩き割りかねない魔力を制御するための枷だったのである。


「―――精霊式詠唱開始―――縺ェ縺?∞縺?ス翫????縺翫>?難ス?ス奇ス?§繧?∞?具ス翫?縺?∴縺ゅ♀縺?∞―――『妖天魔術・神、鏖殺の理を得た波ウェーブ・ル・フェイ』!!」


 聞き取れない言葉ならずの「ことば」が空間に響き渡る。この「ことば」は精霊語、あるいは妖精語と呼ばれる魔術を扱うための詠唱のもととなる言葉である。

 我々がいつも使っている詠唱というのは、この精霊語、あるいは妖精語と呼ばれる言葉が源流となっており、それを音で聞き取って人類の言葉に落とし込んで意味のある言葉にし、それで魔力を流して初めて詠唱足り得るのである。

 精霊語、あるいは妖精語には決まった音節があり、それぞれを人間の言葉に置き換えて普通、詠唱というのは作られる。

 だがしかし、精霊語、あるいは妖精語と呼ばれるように、純粋な人類ではない精霊や妖精との混血である聖人などにしか発音ができない。というか、この「ことば」を純粋な人類が話すことは、人類であることを否定するのと同義であり、人間を強制的にやめさせられることになってしまう。

 大体人間をやめさせられた人は最早まともな人生を歩めず―――否、人生と呼べないものを歩み、最終的に悲劇的な末路を迎える。

 と、そんな事を考えていると、ノアの放った『妖天魔術・神、鏖殺の理を得た波ウェーブ・ル・フェイ』が、きれいな渦と螺旋らせんを描いて『魔力測定器』に衝突する。そして、出た数値は―――「43620」。トップであったクレメンスを抑えてトップへと躍り出た。

 しかし、未だあの石は割れず。


「……ほう! これは、また―――なんという威力か。まさか妖精語を扱うとは……! やはりこれこそ、精霊の選んだ聖人にしか成さぬ御業、か。よし、ではこの勢いでグノーシス」

「……ああ。呪文詠唱―――破棄、そして実行ノン・コール・スルー―――『邪道魔術・聞けよ獄、我が復讐譚リベンジ・イン・ヘル』!!」

「……なんて、デタラメな奴らなんだろ」


 ―――詠唱破棄ノン・コール! 魔術師において最大の見せ場でもあり、最大の隙でもある詠唱という工程を脳内で完結、あるいはある一定の動作を合図に仕込んでいた魔術を発動させる技術。

 一般的に詠唱破棄ノン・コールは前者の方を指すが、一応の意味合いとして、仕込んでいた魔術を起動させる……いわゆる「後出し」というのも詠唱破棄ノン・コールの一つである。

 この「後出し」が比較的簡単にできる技術なのに対して、脳内完結は非常に高度な技術である。そして、彼は、あの『邪道魔術』を発動させるまで一切の魔術を構築させていなかった。それが指す答えは―――


「―――脳内完結、か。はは、やっぱりデタラメだ。ここの奴らは、全員」


 私は、この状況に闘志をたぎらせる。『魔力測定器』を見れば、既に彼の数値は出ていた。それは「736109」。遂に数値は六桁へ。

 ―――ささやかな身震い。それは、既に自らの技量を見せつけるステージが与えられていることに対しての緊張。そして、他人の成果への……揺るぎなき「嫉妬」。


「―――もう、何も言うことはないな。さて、次はクロム。お前だ。……お前は、どのようにしてあいつらのように魅せる?」


 ……すぅ、と息を深く吸う。高濃度の魔力に浸された大気が肺へと潜り込んでくる。それによって、私の気持ちも幾分か落ち着いてきた。頭が冴えわたる。

 ざ、と足を踏み出す。その足は未だ震えているが―――しかしそれは、恐怖の震えではない。やってやるぞ、という決意の震えだ。


「はい……」


 意識を研ぎ澄ませ、まるで刃物のごとく。それは一瞬の緊張も飲み込む―――否、切り裂く。ビリビリと、肌で感じる他人の目線。それを切り裂き―――私は行く!


「―――最終詠唱―――其は全てを燃やす希望の星。あらゆるモノを破壊し尽くす、混沌のほうき星。今、その姿を顕現せよ!―――『系統別魔術:星廻魔術・廻天する、告終の星ヘール・ボップゲート―――十三梯タイムズサーティーン』!!!!」


 瞬間、放たれるエネルギーによって点滅。一瞬の出来事だったが、それは爆心地にいた私の視力を一時的に奪うことに成功していた。何が起こったかわからぬまま、私は呆然と立ち尽くしていた。

 ドーンッ! という爆発音。それで視力が戻った。しかして私の眼の前に広がる光景は、決して視界がひらける時と同じではなかったのである。

 ―――『魔力測定器』が、砕けている。


「……はは、なんて、こと……」


 自分でも目の前の状況が信じられぬほど、目の前は壊滅的であった。先程まで広がっていた緑の草は燃え尽き灰となり、石垣は欠片となって散乱している。


「やっぱり、異界化させておくべきだったかな。ここだけでも」

「ああ、そうだな……。まさか、ここまでとは夢にも思わなかった。俺も、ここまで威力がある『系統別魔術:星廻魔術・廻天する、告終の星ヘール・ボップゲート』は初めて見た。なるほど、これがの『星廻魔術』の頂点か。しかもお前、『十三梯タイムズサーティーン』とかいう初めて聞く付与をけていたな」


 そう言いつつ、ニコラ先生は『生活魔術・鎮火、救命、最優先ファイアファイター』を発動してこの惨状を復興しようとしていた。

 ものの数秒で復興は完了し、焼けた野原以外は全てが元通りになった。砕け散った『魔力測定器』もすっかり元通りだ。……あれ、これ私を最後にしなくても良かったのでは?


「……直るのだったら、私最後じゃなくても良かったんじゃないですか?」

「ああ、だが……今回ばかりは、成功する保証はなかったからな。これだって、俺の『錬金術』の大体八割を注ぎ込んで修復したんだ。『錬金術』ってのはいつ崩壊してもおかしくないからなあ。……来年まで持つかな」


 そうして、ニコラ先生はこの状況にため息を付いた。……なんというか、すごい、申し訳ない気持ちになっているのですが。すみません!!



「―――さて、全員の魔力測定は終わった。最後以外は俺の予想通りだな。まあ、一応順位は発表しておこうと思うが……一位は文句無しでクロム。二位はグノーシス。三位はノアだ。なお、クロムの結果については測定不能ということにしておく。―――壊れてしまったなら、もうできっこないからな」


 と、このようにして初日の魔力測定は終わった。慌ただしい一日だったが、充実した日でもあった。……魔力が尽きて、ぐっすりと朝まで死んだように眠ったのはいつぶりだろうと感じさせる日であった。


 そしてその日、学術系のクラスの男子児童一名が、無惨な遺体で発見された、とのことだ。

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