ゲームのラスボスである呪術師になるはずの勇者の幼馴染に転生してしまった。〜「よし、無双までは行かなくても、人生を謳歌したい!」と願えども、無双してしまうのは世の常である〜
Story.15―――いつでも〝 〟はあなたのそばに《"nothing" is near here》
Story.15―――いつでも〝 〟はあなたのそばに《"nothing" is near here》
昼下がり。少し湿った空気が淀む。
授業の前に通り雨が降ったから、いつもより湿度が高いのだろう。こういう場合は、あまり水属性の魔術を使うことは控えたほうが良い。いつもよりも水の量が増えてしまうからだ。だから理論と実例が合わなくなってしまい、魔術が魔術ではなく科学へと変化してしまう。
魔術は理論以外ではあまり計算などは使わない。なぜか。それは科学の領分だからだ。その科学と魔術はある一つの学問の上で交差する。
それは〝錬金術〟と呼ばれる。オカルティックとサイエンティフィックのちょうど中間に位置する、特殊な学問である。理論は魔術と似ているが、完成するものと過程が科学である、という摩訶不思議な学問……それが、錬金術である。
そんな錬金術の授業を、私は眠い目をこすりながら聞いていた。
「……さて、ここまでが錬金術がいかに不思議な学問かを示す内容だ。これだけでもそこら中の有象無象どもよりも知識は得たと思うが……俺はまだ、お前らに本物の錬金術を見せていない。ならば見せてやろう、俺の―――錬金術の真髄を!」
そう言うとニコラ先生は、手をかざす。……これは、私でも分かる。とてつもない魔力の
実際問題、詠唱というのは魔力制御に八割、魔力放出と魔術行使に二割が使われていると言っても過言ではない。精霊語、あるいは妖精語と呼ばれる「ことば」は、それほどまでに魔力との相性がいい。だがしかし、詠唱をせずに魔力を回すというのは天より授けられた才と呼べるだろう。
「―――……『
ニコラ先生が何かを唱えると、そこには立派な金の延べ棒が現れていた。
「……え? すご」
「ね。普通にすごいよね。……で、今思ったんだけどさ」
「聞こうじゃないか」
そうして、ニーナは疑問を投げかけた。
「……あれって、ただの魔術じゃない? 科学要素どこ行った?」
「きっと、魔術に見せかけてとっさに原子同士をぶつけたりしているんだよ。きっと、きっとね」
本当のことを言うと、私もあれはただの魔術ではないかと思った。いやだって、魔力使ってるし。呪文詠唱しているし。何より―――ニコラ先生の机には一個たりとも実験器具が置いていないのである。いくら高速で行動できても、モノがなければ何もできまい。
しかし、その疑問に対してニコラ先生はこう説明する。
「……魔術ではないか? と思ったやつもいるだろう。結論から言うと、錬金術ってのは魔術だ。科学的な錬金術なんぞ存在しない。それはただの物質の実験だ。ずっと魔術に触れてきたんだ、科学に対して憧れを持っていたやつも多かったんじゃないか? なら、諦めな。金を作る技術なんて、存在しないのだから」
「そんな! 納得できません!」
ニコラ先生の説明を受けてもなお未だ認めぬ生徒が一人。その少年の名は、アレクサンドリア・クレメンス。彼はニコラ先生に抗議した。
「錬金術というのは、本に書かれているものが真実ならば―――物質と物質を高温で溶かしたり、低温で固めたりして『不老不死の霊薬』や〝
クレメンスがそう言うと、ニコラ先生はくくくっ、と不敵な笑みを浮かべる。
「そうだ、そうだよ! 俺は、お前のような模範解答が欲しかったんだ! その通り、錬金術というのは卑金属を貴金属にするなどを目標に日々あらゆる手段を取り続ける学問のことを言う。俺がやったのはその中の一つで習得が難しい〝魔術的錬金術〟というものだ」
種明かし……。ただの嘘だったのか。錬金術が魔術というのは。でも、冷静に考えてみればそうだ。私が師匠のもとで修行していた頃によく作っていた魔術薬も、あれを調合する作業は錬金術とも言える。あまり錬金術には興味がなかったので本はあったが読まなかったが……。
これは今一度、師匠の家に行って錬金術を習いに行こうと思う。
「俺はこっちの方が得意だから使っているわけだが……。普通にやるなら〝科学的錬金術〟のほうがよっぽどわかりやすいし、使いやすい。
〝魔術的錬金術〟は錬金釜などの器具がいらない代わりに、中々の量の魔力を一瞬で消費する。しかも通常の魔術効果と違って壊されない限り永遠に現世に残るものだ。中々という形容詞も侮れない。
〝科学的錬金術〟は場所を選ぶが……その代わり、魔力の消費がない。そりゃあそうか。普通に物質と物質の実験をするだけなんだから」
では、と前置きをして、
「この錬金術という分野においてとても重要な役割を果たすもの。―――それが、『科学への理解』だ。魔術師と言えど、科学へ関心も理解もなければ魔術は正しく扱えない。物理法則の不変さは、魔術が絡んでも同じだ。というか魔術が物理法則に乗っている、と考えてくれれば良い。
例えば火属性の魔術。これは燃焼の三原則・可燃物、酸素、熱を魔力が肩代わりしているからだ。魔力というのはその魔術を扱う人間の認識によって性質を変える。火属性の魔術を扱う時、呪文詠唱をするなどして無意識に性質を変化させているから、火が点く。ほら、物理法則だ。これが、俺の言いたいこと―――」
カツカツと、黒板に文字を書いていく。もちろん魔術文字ではなく、普通の常用文字で。そうして文字を書いた黒板を軽くこんこんと叩く。
「―――『科学を制するものは、魔術をも制する』。これが、俺の言いたいことであり、俺の師匠のモットーだ」
その言葉を皮切りに、錬金術の本格的な授業が始まった。しかし、それは私にはとても見覚えがあるもので―――。
なんというか、普通に理科の授業でやる実験であった。
班を組んで、実験器具を準備して、実験対象を火にかけてみたり、冷やしてみたり、電気を流してみたりする(無論、電気は魔術器具を使っている)。
「……まさか、先生が言っていたことが脅しだったなんて。本当、大人の言う事は信用ならないなぁ」
「本当にね。私も師匠から魔術を習っていた時、錬金術の本はあまり読んでなかったなぁ。今度行ったら読ませてもらおう」
「ええ、それが良いわ」
―――数十分後、出来上がった物質を見て、私は驚愕した。否、全ての生徒が驚愕しただろう。
その物質とは―――
「……なんで『聖銀粉末』が出来上がっているの?」
「そりゃあそうさ。なんせ俺が渡した材料は塩、水、銀、油。銀を最初にすりつぶし、塩と水を混ぜて塩水を作る。そして塩水と油を完全に溶け合うまで混ぜる。まあ、本当は完全に混ぜ合わないんだが。
そしてその塩水油を銀にかける。そうすると銀が、聖性を帯びて聖銀となる。それが粉となっているから、『聖銀粉末』となる」
そしてニコラ先生は私の作った『聖銀粉末』を手に取ると―――驚愕の表情を見せる。
そうしてまじまじと、『聖銀粉末』を眺める。試験管に入っているのだが、それをどこかの科学者のように傾けている。
「……特異的、いや異常、というべきか。本来ならば『聖銀粉末』が持っているはずの聖性が全てが失われている。そればかりか……聖性が上書きされて魔性をまとっている。これは、つまり―――お前の魔力に反応している、ということか。お前の魔力はもしかすると特異なのかもしれないな」
そうなのか。……って、えぇ?! 私の魔力って、異常なんだ。
そりゃあそうか。なんたって、呪力なんだし。
そして初めての錬金術の授業は終わった。
そして、また一人。
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