Story.16―――魔術クラス殺人事件/序

 ―――人とは脆い。刃物を突き刺しただけですぐに死ぬ。

 ―――人とは脆い。高濃度の魔力に浸しただけで身体は崩壊する。

 ―――ああ、嘆かわしい。こんな奴らが、今の〝世界〟の最も強い種族だなんて。


 ざ、ざ、ざ、と荒野を歩くような、砂の上を彷徨さまようような音が聞こえる。甲冑を身にまとった何者かは、崖を見下ろしていた視線をそちらに向ける。しかし、顔はない。無貌にも程がある、と言いたい。


 ―――そう言うな、君。君だって人工的とは言え、元はと言えば人間だろう? 自らの起源たる種族を嘆かわしいというのはいかがなものかね。それと、私も元人間だ。私のことも悪く言うつもりならば、今ここで消し去ってやろう。


 ―――今日もここで、するりするりと覚醒の世界へ登っていった。


「……また、夢」


 今でも時折、変な夢を見る。前のやつからは内容は変わったけれど、不気味さ自体は変わらない。夢の中だからだろうか。話している人物の顔をよく見ようとするも、よく見ようとすればするほどピントが離れて、ぼやけて見えなくなってしまう。

 内容としては人間を敵視しているような内容だが……。言葉の節々に見え隠れする、人間への憧れ。否、。謎の人物Bの(二人出てくるので、嘆いていた方を謎の人物A、消し去ろうとした方を謎の人物Bとナンバリングした)発言―――「君だって人工的とは言え、元はと言えば人間だろう?」といういかにもな発言。

 人工的ということは、魔術的・錬金術的な視点でいくと、まず考えられるのは高位の魔術師や錬金術師が行う新たなる命を人工的に生み出す秘術、禁術『疑似生命降誕創造ビー・ザ・ホムンクルス』。あれ、でも『疑似生命降誕創造ビー・ザ・ホムンクルス』って自分がホムンクルスだって言う自覚はないはずでは……。

 そう考えているうちに、私は学校へ到着した。クロミアも一丁前に初等学校に通う年齢になり、遺伝的に私のクラスの後輩になるのかな?と思っていたのだが、実際にそうはならないかった。

 クロミアは学術系のクラスだったのである。そして、学術系となると寮生活を強いられることとなる。その理由は単純で、いついかなる時でもアイデアが湧いたときに仲間たちと議論できるようにするため、というらしい。


(その理由だけでクロミアと数年離れ離れになるのは嫌なんだけどなぁ……。しかも今はカナリアも武術系のクラスの訓練合宿とかいうやつで家にいないし……)

「はぁ……」


 そう愚痴をこぼしながらも、私はガラガラと教室のドアを開けた。

 しかし、そこに広がる空気は、どこか異様だった。まるでいつもの教室ではないかのよう―――。まるで、教室そっくりの異界に入ったような雰囲気だった。

 お通夜みたいな雰囲気、という言葉がピッタリと当てはまるこの状況は、私でも流石におかしいと思う。別に、何も聞かされているわけではない。テストがあるとか、あるかもとかいう話も最近はあまり出てきていない。

 ならばなぜ……?

 思い立って、私はニーナに事情を聞いてみることにした。


「ねえ、ニーナ」

「……ん? ああ、クロムね。おはよう。よく寝れた?」


 そう言って、ニーナは乾いた微笑みを浮かべる。だがしかし、目が笑っていない。どころか、目が隈だらけだ。よく寝れた? と言った側が寝不足なのは、あまりないケースである。

 しかもニーナは結構な美容家で、肌に悪いとの理由で、絶対に八時間以上の睡眠を取っている。もちろん、隈など絶対にない。


「どうしたのさ、ニーナ。いつも肌に悪いって言って絶対に八時間異常寝てるのに。……隈だらけだよ? 本当にどうしたの」

「あれ? が届いてないの? あなたどこらへんに住んでたっけ」

「村の外れの方。〈陰神の森〉の方に近いかな」

「そう……なら、まだ伝書バトが来ていないのかも」


 ……本当に気になる。何があったのか早く教えて欲しい。じゃないと、私だけがこのクラスの内情を知らぬまま、過ごしてしまうことになるから。


「ねえ、早く教えてよ」

「……分かった。落ち着いて聞いてね。昨日の夜―――」


 ニーナが話し始めたちょうどその時、ニコラ先生が教室に入ってきた。席に着け、などと言いながら。私は、自分の席につくと、ニコラ先生までも柄にない真剣な表情をしていることが分かった。

 そうして、口を開く。


「お前ら、揃ってるか? ……ああ、そうか。一人はもう、んだったな。悪い、お前たちに無神経な発言をした。許せ」


 ……一体全体、何だって言うんだ。


「……お前らも聞いているとは思うが、改めて言おう。

 ―――昨日の夜、アレクサンドリア・クレメンスが、惨殺遺体で発見された」


 は?


「うちの学校内で殺人の被害者が増えているのは知っていたが……まさか、うちのクラスにまで及んでくるとは、私も予想していなかった。

 あいつの死因は刃物で切られたが故のショック死。そして、四肢切断、首も切断、内臓はくり抜かれて、一部の皮膚はバリバリに破かれという、なんとも恐ろしい死に方を―――」

「―――本当に、一体全体、何だって言うんだ!」


 私は、突然に叫んだ。


「クレメンスが、アレクサンドリア・クレメンスが死んだ? 嘘、嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘! 嘘だッ! だって、昨日まで一緒にいたじゃないか! 昨日まで、そこで魔術書を読んでいたじゃないか! そこで―――みんなとワイワイ話していたじゃないか!」


 口が勝手に開く。これは理性ではない―――私の中に抑圧されていた原感情イドが爆発したのだ。信じられない、信じたくない、信じてはならない―――そんな感情が、限界を迎えた大質量爆弾のように、弾け飛んだのである。


「私の家には、そんな知らせ、一切来ていない! じゃあ、どっかで生きてるんじゃないの? 生きてるんだよ、きっとそうだ、そうに違いないよ……ねぇ、ねぇねぇねぇ! ねぇ!

 ―――そうって、言ってよ……」

「落ち着いて、クロム―――」

「落ち着けるわけ無いでしょ! ああ、そうだよ。私だってわかってる。ニコラ先生が言っていることは事実なんだって。本当はクレメンスは昨日の晩に死んだんだって」

「じゃあどうして……」

「―――信じられない、信じたくない……信じてはならない。そんな感情に支配されているんだよ、私は。だって、信じたくないだろう? こんな話」


 一転して、冷静。はたから見れば異様な私の状態は、私から見れば至極当然である。思考回路がショックでずたずたになっているときは、こうしたように自らを俯瞰しているように感じる。暴れている自分を、遠くから理性が見ている、という表現のほうが正しいか。

 しかし、その理性だって思考回路が混同しているときは、理性もおかしくなる。

 大本の原感情がめちゃくちゃになっているならば、その流れをくんだ―――海から流れ出す支流も、大本にならってめちゃくちゃになるに違いない。


「まあ、落ち着けよ。クロム。お前はもっとしゃんとできるやつだ。だから、ほら―――『生活魔術・感情鎮静プレス・オブ・イド』」


 ニコラ先生が私に鎮静魔術をかける。少し落ち着いてきた。


「……すみませんでした、暴れて」

「良い。今回は許してやる。まあ、場合が場合だ。クラスメートが亡くなったっていうニュースが飛び込んできたなら、俺だって耐えることができないと思う。

 だが、暴れるのもあまり悪いことではないと思うが。だってそれは、クラスメートのために怒っているのと同義だ。それこそが、真の友情なのだと、俺は思う」

「先生……」


 そうして、ニコラ先生は、私が座った後―――話の最後にこう付け加えた。


「全員、今日から厳戒態勢に入れ。もしかしたら、犯人はすぐ近くにいるかもしれない。もしかしたら、学校の中にはいないかもしれないし、いるかもしれない。それは教職員かもしれないし、生徒かもしれない。だが、そいつはこの優秀な俺達の仲間を屠り去った中々の強敵だ。

 ―――そいつに会っても、敵討ちをしようだなんて思うな。絶対に、絶対に逃げろ。そして、その情報を我々教職員に伝えるんだ。いいな?」

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