Story.09―――初等学校入学式

 もしや私、とんでもない能力スキルを引き当ててしまったのではなかろうか。とっさにそう思ってしまった。それを見透かしたかのように、司教は言う。まるで異端の者に、真実を告げるかのように。冷酷に。


「さて、君の能力スキルはこの教えにおいて異端の他ならない。―――君は、精霊への敵対者と見なされるだろう。それでも良いのかね、少女よ」


 いや、それでは違う―――。私の望む新たな人生は、異端者への処罰なんかで終わるわけが……。否、それは勝手な希望というものだ。この世界は、大体文明発展レベルは中世ヨーロッパとほとんど変わらない。ということは、この時代は、地球ではまだ宗教―――キリスト教とその元締めである教会、ひいては教皇が絶対的な権力を持っていた。だから、この時代で宗教に歯向かうというのは、愚策も良いところ。

 私は、震えた声で、言う。


「い、いや……」

「そうだろう。だがしかし、君にはそれを決める権利などない。これは、世界から与えられた役目だ。精霊の、妖精の敵対者―――魔族と同じものだ。いっそのこと、魔族として振る舞ってみたらどうだろう。そうすれば、君は少しは楽になるはず」


 魔族、魔族か。この宗教の教えでは魔族というのは精霊からの祝福を得られない、異端の者達。人間とは姿形が違う、偉業の存在。なるほど、人よりも異常な私は何よりの異端。それこそ魔族に近しい存在だろう。それならばいっそのこと、司教が勧めるように、魔族として―――


「いいや、そんな事は決してないよ。クロム」

「君は―――」


 コツコツと教会の石段を登ってきたのは、


「カナリア……ちゃん」


 カナリアであった。カナリアは、こちらに少しウインクをすると、スッと司教に対面する。流石のカナリアでも緊張はするのか、少しだけ息が荒く、冷や汗が顔の美しいフェイスラインを伝って―――床に滴り落ちる。


「そもそも、能力スキルがどうとか魔族がどうとか、そういうのは面倒くさい。というか、クロムがそんなワケ無いでしょう? どこからどう見ても、普通の人間。魔族の証の角がないじゃない。それが証拠」

「ならば、能力スキルの件はどう説明する? お嬢さん」


 と司教が言うと、カナリアは突然に右手をスイングして―――バチーンッと大きな、清々しい音を立てながら、司教を平手打ちしたのである。それには、会場が一時どよめく。しかし、カナリアはそれに臆することなく、司教に言い放つ。


「だから、そういうのが面倒くさいの。とにかく、クロムは普通の人間。異端でも、魔族でも、なんでもないの」


 司教は、その言葉を顔色一つ変えずに、先程から浮かべていた微笑みを崩さずに、涼しげに受け流すと、その言葉へ返した。


「そうか。ならば、何も問題はない。何せ、精霊から祝福を受けた聖人が、そういうのだから」


 そう言うと、司教は先程の態度から一変。会場中に向かって叫ぶ。


「聞け、集まった敬虔な信徒たちよ! この者、一時は異端と認定したが、それを精霊に認められた聖人がゆるされた! よって、この者は精霊の敵対者ではなく―――一人の精霊を信じる敬虔なる信徒と認める! ……喜びなさい、少女よ。君の疑いは、君と彼女の熱い友情によって晴らされた」

「違う、私とクロムは、そんな関係じゃない。―――大事な、姉妹も同然なの!」


 会場が沸く。歓声を上げる者、手を叩いて私達を祝福する者。様々な反応があれど、その誰もが持つ思いは一緒であった。それは祝福の意。大いなる絆への、最大限の礼儀であった。

 そして、一通り洗礼が終わると、次は初等学校の入学式に入った。

 軽く初等学校とは何か。それは、あちらの世界(私が元々いた世界)では中学校や小学校に相当する。入学資格は、洗礼を受けた者。六年間在籍することになり、その後の進路は自分の意志で決めることができる。街に出て就職したり、帝都や他の大都市に行ってさらに勉強するために進学したり―――と。実に様々な進路が用意されており、実は働かないでニートになる、という手もあるが……それはイケナイ。経験者が言うのだから、間違いない。

 そして初等学校及び全ての学校は教会の附属教育機関、という扱いになっている。そのため、初等学校の教員は全員が教会選りすぐりのエリートたちであり、初等学校があることで、このワルキア帝国はあらゆる国に負けない学力や兵力を持っているのである。やはりあらゆる物事の根幹には、常に学習はつきものである、ということか。


「諸君! よく来たな。歓迎しようじゃないか。わたしは、カムラン教会附属初等学校の学長で教皇直属儀式的大司教のアールマティ・オフルマズドだ。さて、長話はなんだ。手短に終わらせよう。

 君たちは、先程洗礼の儀式を終え、精霊の祝福を受けた未来ある若者である。だが、それと同時にその未来には、様々な選択があり、君たち一人ひとりが、その責任を負わなければならない。そして、その結果がどうなろうと、吾達は君たちに介入することができない。だから、今、自らの意思で勉学を修め、実りある未来へと選択していってほしい。吾からは以上だ」


 素晴らしい話だった。別に嫌味ではなく、普通にいい話だった。これほどまでに知性の香りがする人は、師匠以外で初めて見たかもしれない。あのアールマティ学長は、あちらの世界では珍しかった女性の学長である。しかし、一見しただけでは女性とも男性とも取れない美貌を持っており、とても中性的。恐らくその纏っている雰囲気の問題だろう。彼女からは、とても凛々しく、冷静沈着な雰囲気を感じる。なるほど、だから見かけ齢二十代後半なのに教会―――しかも教皇直々の部下として指名されたり、辺境の地ながらも一つの初等学校の学長をやっている、というわけか。


「さて、では皆さん、クラス分けをしたいと思いますので―――こちらへ並んでください」


 クラス分け? クラス分けっていうのは、事前に決まっているものではないのだろうか。そう思って、私はカナリアに聞いてみる。


「クラス分けって、事前に決まっているものなんじゃないの?」

「ん? いや、クラスっていうのは自分の魂の形―――『役の位クラス』のことだよ。このクラスごとに教室は割り振られるから、もしかしたら私達、離れ離れになっちゃうかもね」


 クラス、か。クラスに応じてクラス分け……ややこしいな。師匠はその手の知識は全く持ってできなかった人だったから、そういう基本常識は教えてもらっていない。教えてもらっているのは、大体の魔力の平均値とか『基本魔術』を扱えるようになる年齢とか、そういう魔術に関する知識しか、私は教えてもらっていないから―――人と同じ様に振る舞えるか、心配である。

 と、そうしていると続々とクラスが発表され、教室が割り当てられていく。聞いていると、大体クラスっていうのは三つに分けられるらしい。

 剣士やそれに類する武術系。学者やそれに類する学術系。そして―――魔術師やそれに類する魔術系。この三つに分類できる。そんな事を考えていると、カナリアのクラスが出た。


「あなたのクラスは―――ッ! なんですって?!」

「ど、どうした! 何か問題でも?!」

「い、いえ。彼女のクラスがあまりにも異質すぎたので……」

「どんなクラスだった?」

「それは……ぐ、『偉大なる座グランド・クラス』―――勇者レジェンドヒーローです!」


 『偉大なる座グランド・クラス』―――とは? 私には、その『偉大なる座グランド・クラス』の凄さがわからない。いや、わからないではないのだが。だって、グランドってついているし。それなりの上位クラスだって言うのは分かるけれども……何が、どうすごいのかが分からない。

 すると、どこからか聞こえてきた声で、その正体が分かった。


「『偉大なる座グランド・クラス』だって……! そいつは、なんでもクラスよりも上位に位置する精霊より認められた聖なるクラスで、千人に一人いるかいないかの希少存在! そんなのが、こんな辺境の村にいたなんて―――!」


 うん。大体わかった。要するに、すごい希少で強いクラスってことか。


「で、では次の子、どうぞ」

「はい」


 ファンタジー作品ではお決まりの水晶玉に手をかざす。その水晶玉に、何が見えているのかはわからないが、期待で満ちた目で水晶を眺めるのはやめて欲しい。多分、通常の魔術師ウィザードだと思うから。そうやって勝手に期待されて勝手に裏切られるのが、一番キライだから。私。

 どうでも良いことを考えていると、クラス分けに担当しているであろう先生が、目を見開く。その目は、完全に驚きを孕んだ目で―――。何か予感がした。絶対、ヤバいヤツが出た、と。


「やっぱり、今年は粒ぞろいですね。先輩」

「ああ、そうだな。―――この子達の将来が恐ろしいほどだ」

「ええ、まさか『偉大なる座グランド・クラス』だけでなく『栄光の座グロリア・クラス』の魔導師グランド・ウィザードの亜種クラスである呪術師カース・ロードが出るなんて、夢にも思いませんでした」


 呪術師カース・ロード……だと?! やっぱり呪術師だからか? どうなんだ教えてくれ―――! と、思いつつ、ふと思う。あれ? 私って、実は結構強くて希少なんじゃね?

 そうだ、きっとそうだそうに違いない。そう思って、出てきた考え。それは、これからの人生に大きく影響を与える考えであり―――全てを決した原因。それは―――


(よし、無双まで行かなくても、カナリアを超えるまでとは行かなくとも―――今生は、普通に、時には今まで培ってきた知識を使って人生を謳歌おうかしたい!)


 と。私は、決意を胸に抱いたのであった。

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