Story.03―――隠者との対面

 ―――私が異世界に……このゲームの世界に転生してから数週間がたった頃。私は、この家で遊んだり、魔術の勉強をしながら暮らしていた。可愛い妹や、幼馴染に囲まれて結構満ち足りていたのだが……そこは人間。そんな生活も数週間も続くと飽きてくるのである。それは例えば味の濃い料理を毎日食べ続けているかのようなものである。最初の内はうまいうまいと言いながら貪るだろうが、そのうちにその味に慣れてしまってその味では満足できなくなってしまう……みたいな。そんな状態なのである、私は。

 そこで思いついた。―――魔術の勉強を、もっとしようじゃないか。あくどい笑みを浮かべながら、私は一人、ベッドで(と言ってもダブルサイズベッドでクロミア、カナリアと私で川の字になって)布団に包まれながら思いついたのであった。魔術を覚えれば、前のレッサー・バーサークバッファローの時のように、万が一が起きてしまっても対処できるかもしれない。それだけでメリットはあるというものだろう。しかも、魔術を―――とりわけ『生活魔術』を覚えれば、それだけ日々の生活は楽になる。

 幸い、私には魔術の才能がある。それを象徴するのが、手の甲に浮かんでいる不定期に色が変わる文様である。獣のような形をした文様。これは、魔術が扱える“魔人”や“魔女”を象徴する『魂の刻印:魔術師の烙印』という一種の魔術的な刻印である。しかし、この『魂の刻印』は通常人類が意図的に刻むことはできない。これは、世界からの祝福であるのだ。

 そこで翌朝、朝食の時に私は、カナリアに聞いてみた。


「ねえ、カナリア。このあたりで優秀な魔術師さんっていない?」


 カナリアは、少し思案した様子で……何か思いついたのか、私にある一つの答えを言った。


「えーっとね……このあたりにはあまり魔術師さんはいないんだけど……。いるんだけどね、それでもほとんどの人が『基礎魔術』とかその上の『発展魔術』や『上級魔術』とかしかできないの。けどね、一人だけすごい魔術師さんがいてね―――」

「その人の名前は?」

「その人の名前はわからないんだ」

「分からない?」

「そう。でもね、村の人からは“聖魔の使い手たる隠者ハーミット・カムラン”って呼ばれてるよ。なんでも昔魔王を倒した勇者パーティーの魔術師だったんだって。それでね、その人は『発展魔術』や『上級魔術』はもちろん、その上の『応用魔術』とか『分類別特級魔術』―――それに『神聖魔術』と『邪道魔術』のどっちも使えるって、聞いたことがあるよ」


 ふむふむ、村から隠れ潜んでいる“聖魔の使い手たる隠者ハーミット・カムラン”。ゲームの中でも最後の方に仲間の魔術師・ヴァルヴァトスが覚える最上の魔術。確か“魔神”となったヴァルヴァトスがカナリアをサポートするために負属性を持つものに特攻の『神聖魔術』を覚えてその後に『邪道魔術』を覚えて……っていう流れだったはず。それを覚えており、なおかつ先代の勇者パーティーの魔術師。うん、申し分ないほどに完璧だ。


「その人のいる場所教えてくれる?」

「うんとね、ここらへん」


 カナリアは、広げた地図に指を指す。私達がいる〈カムランの丘〉から少し離れた〈陰神の森〉を示した。そして私がその場所を鉛筆のようなものでマークすると、その地図を握って


「ありがと、カナリアちゃん! 行ってきます!」


 と、走り出そうとしたその時。グッとワンピースの襟を掴まれた。振り向くと、そこにはカナリアが真顔でワンピースの襟を掴んで立っている。私が前に進もうとすると強い力でグッと引き戻される。またしても行こうとすると引き戻される。


「カナリアちゃん……ちょっと離してもらえる?」

「イヤ。というか、何勝手に行こうとしてるの。ご飯も食べてないのに。そもそも、まず何をしに行く気なの!?」


 ぐぅ、ド正論。理由も話さずご飯も食べず。そりゃあ、行かしてもらえないというものだ。今回は素直に私に非があった。観念してお縄に―――お席につく。

 椅子に腰掛けると、私はまずご飯を食べた。味わって、ね。いついかなる時でも、どんなにやりたいことがあっても、ご飯はよく味わないとね。それが、一流の社会人というものよ。……その社会人ですら無くなっていた頃の私は、もはや食事とはゲームから得られる体験に少しスパイスとして加える程度にしか思っていなかったから、そんなに味わっていない。ファストフードのほうが手料理よりずっと美味しいと思っていて……気づいたら、もはや手遅れ。コレステロールが限界まで高まるとああやって死ぬんだなって、最期の最期になってようやく気づいた。若い身体、それに美味しい食事。それがあるんだったら、まずは味わって食べないとね。

 そして、今度こそカナリアに向き合って理由わけを話す。なんというか、とても悪いことをしたような気分である。別に、そんな悪い事していないのに。


「実はね、カナリアちゃん。私―――」


 と、なぜその“聖魔の使い手たる隠者ハーミット・カムラン”の家に行こうと思ったのか、についての理由を語った。まあ、飽きてきた、などという内容は入れないようにしたが。すると、カナリアも理解を示してくれて、ある約束事だけ取り付けた。


「良い? ちゃんと夕飯までには帰ってくること。じゃないと手が足りなくなっちゃう」


 それだけ守れば、後は良いと言ってくれた。私は、その言葉を胸に抱いて


「うん! 分かった!」


 と頷いて、ゆーびきーりげんまん、うそついたらはりせんぼんのーます! ……というなんとも可愛らしい方法で契約を交わした。―――というか、この世界に指切りってあったのか。基本あっちの世界にないものはあって、あるものがないっていう状況かと思ったから……。まあ、そんなのはどうだっていい。私は、今度こそ地図を握りしめて、行ってきます! と言って家を出た。


「行ってらしゃい」


 という言葉が、後ろから聞こえた。見れば、玄関でカナリアが立って手を振っていた。それを私は振り返し、見えなくなるまで、走りながら手を振り続けた。

 そうして結構な距離を走った。途中からは整備されている道がなくなり、獣道、山道と呼ばれるそんな荒れた道路に変わっていった。草を、地面を踏みしめ向かった先は、陰鬱な森。苔にまみれた、全体緑色の森で、前に仕事の取材で入った青木ヶ原樹海を彷彿とさせる。あの時は実際に死体を見て、ほんとに吐きそうになって……。と、そういうのはどうでもいい。もう関係のないことなのだから。私は、さらに奥を目指して、足を進めた。

 そしてしばらく歩くと、一軒の家が見えた。ダークオークに似た素材を使っている、いかにも魔女とか魔法使いが住んでいます、という雰囲気をかもし出した家であった。玄関に行くと、そこにはこの世界のものではないもの―――呼び鈴、インターホンと呼ばれる電子機器が設置してあった。もちろん、ドアノッカーもあった。私は使い慣れたインターホンを数秒押すと、どこからか声が聞こえた。


『どうぞ』


 と。そして、気づくとドアが開いていた。中からはどんよりとした、魔力を大量に含んだ地獄のような空気が漏れ出ている。恐る恐る中に入ると、呆然とした。そりゃあそうだろう。何せ―――さっきまで暗かったところが、シャンデリアのぶら下がる、お屋敷のロビーのようになっていたのだから。それはまさに豪華絢爛けんらんと呼ぶに相応しい。なるほど。魔術で外から見る部屋の中を偽装しているのか。……常時発動型の幻術とか、チートか?


「ああ、チートだ」


 ハッと振り向く。先程の声は、私のものではない。もっと年を取った老人の、しわがれた声であった。しかも私の脳内を読み取ったかのような発言―――。間違いない。振り向いた先にいる者こそが“聖魔の使い手たる隠者ハーミット・カムラン”―――!

 そうして、ゆっくりと視線を、目の焦点をその人物に合わせる。すると、そこにいたのは、立派なアジア人―――しかも、日本人の老人であった。

 するとその老人は、私に向けて挨拶をした。


「はじめまして、だな。クロム・アカシック―――いや、夏目鏡花。私は天津鏡アマツカガミ。天津鏡虹龍コウリュウ。君たちが“聖魔の使い手たる隠者ハーミット・カムラン”と呼んでいる、君の求める魔術師だ」

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