Story.22―――刃、届くに能わず。

「―――これは耐えられる? ―――『第五呪・九字格子くじこうし』!」

「これは……何も無いではないか。ハッタリか?」

「……そんなわけ、あるわけがないでしょう」


 私は、無詠唱で『応用魔術・雷光のごとく、俊足ヴィヴァーチェ―――十三梯タイムズサーティーン』を発動させる。

 通常の『応用魔術・雷光のごとく、俊足ヴィヴァーチェ』よりも十三倍速い速度でランスロットの周りを駆け巡る!


「……また、このパターンか。いい加減飽きたぞ、私は」

「じゃあ、そこで黙って見ていろ」


 そうして私は、第一地点へ到着した。そこで―――印を結び、唱える。


「呪詛詠唱―――臨―――」


 そしてすぐさま高速で第二地点へ。第三地点へ、第四地点へ……。と同じ動作を繰り返す。もっとも、結ぶ印と唱える呪詛は違うのだが。


「―――兵―――闘―――者―――皆―――陣―――裂―――在―――前―――」

「……これは―――まずいかもしれぬな。―――〝反聖剣〟『不壊』の原理アロンダイト原理解放ビギニング・オープン―――『是、死すること勿れノット・ビー・デッド』!」

「―――独股とっこは、魂を孤独にする。大金剛輪は、それを囲う。外獅子、内獅子、はそれを監視し、外縛、内縛は、それを縛る。智拳は、それに正しき教えを与え、日輪と隠形が相剋する。五横四縦の陣より来たれ、大いなる呪われの力よ!」


 瞬間、私が駆け回って作成した術式(術を図形に対応させたもの。魔法陣的なやつ)―――「九字を切る」という行為の通りの図形から、ゴポゴポと赤黒い液体のようなものが現れる―――否、溢れ出る。

 それはやがて大きな力の奔流ほんりゅうとなり―――ランスロットへ、津波のように上から襲いかかる。

 だがしかし―――影は見えた。


「これでも、まだ倒れないの……?」

「―――良い筋だ。だがしかし、我が〝反聖剣〟『不壊』の原理アロンダイトの原理―――『是、死すること勿れノット・ビー・デッド』を攻略するには、いささか力が足りん。もっと範囲を狭めて一点に集中しなければ、私の〝反聖剣〟『不壊』の原理アロンダイトを打ち破ることは叶わぬぞ? クロム・アカシック」


 既に勝ち誇った気でいるランスロットを見て―――私は、不敵な笑みを浮かべる。

 ニヤリ、と口元を歪ませて。


「……何がおかしいのか? まだ、なにか策でもあるというのかね?」

「ん? いいや、ない。けど―――お前は、もう策にはまっているんだよ」

「それはどういう―――……がっ!」


 と、短い悲鳴を上げると、ランスロットは苦しみ始める。

 痛い、辛い、苦しい、逃げたい、飛びたい―――逃げられない。そう思うだろう? ランスロット・サイクラノーシュ。

 だけれど、逃げられない。飛べない。

 ―――否、逃がしはしない。絶対に。

 私がランスロットに仕掛けたのは、先程発動させた―――『第五呪・九字格子』の本来の効果。この『第五呪・九字格子』は、ただ単に呪力による大質量攻撃を仕掛けるだけではない。その本質は―――呪力の洪水を、魔力を介して受け止めたときに出る。

 それは、魔力回路への侵食。超毒性の呪力を、魔力回路へ受け止めた魔力を介して、致死性の毒のように、あらゆる金属を溶かす王水のように―――溶かしていく。魔力回路が崩壊していく、ということは神経が破壊されるのと同じような痛みを感じるという。

 そして魔力回路が崩壊すれば、魔力を基本のエネルギーにして稼働している魔族ならば、確実に死に至るだろう。


「グアああああァああああああああぁっっっぁぁっ! クソっ、油断してしまったか! たかが下等生物の攻撃だと―――侮ってしまったがゆえの有り様か。

 ―――……だが―――!」


 ……信じられない。

 勝利を確信したその直後、目に飛び込んでくる光景は、この『第五呪・九字格子』の呪力の洪水をまともに食らってもなお立ち続けるランスロットの姿であった。

 ところどころ傷があったり、〝反聖剣〟『不壊』の原理アロンダイトを杖代わりにして立っているなどのダメージを受けている様子は見せども、魔力回路を破壊したはずなのに、未だ生命活動を続けている。もしかしたらランスロットは人類の系譜に連なる亜人なのではないだろうか、などとも思った。


「―――まだ、まだだ。まだ君は、あの方たちの呪術には追いつけない! 先程も言ったがね、あの方たちならば―――私を、今の一撃どころか先の『第四呪・音憎凶乱』とやらで殺していたさ」

「その『あの方々』って本当何者なの……? 化け物か……。いや、化け物か。魔族なら」


 そう言った時、ランスロットの額に青筋が浮かぶ。

 再びランスロットが顔を上げた時、彼の顔は、目は、凶暴に―――より鋭く私を見ていた。

 それは親を侮辱されたかのように、激しい怒りが感じられた。その原因はやはり―――私が、魔族を「化け物」と評したからか。


「―――なぜ、貴様は、貴様ら人類は―――下等生物のくせに、我ら魔族を化け物というのか! 我ら魔族こそが、本来の地上の支配種だ! 貴様らは家畜に過ぎん! だが、貴様らは我が物顔で地上に支配種を気取っている。―――私は、それが気に入らないのだ! もう我慢ならん。今、殺してやる。貴様が、化け物だと評した力で死ぬが良い!」

「やっぱり、思った通り」


 私が予想したとおりだった。ランスロットは、自らの魔族という種より劣る人類という種が地上で支配権を握っていることに不満らしい。おそらく〝魔祖十三傑〟と呼ばれるからには、それぞれに派閥があり、その派閥に属する魔族は、ランスロットと同じ考えを持っているのだろう。

 さて、どうしたものか。

 なぜならば、私にはもう手がない。

 奥の手である呪術は使い切ってしまった。

 否、言い方が悪かった。正確に言えば、呪術はまだ残っているが、それは『第一呪・風水開放』、『第二呪・陰陽制定』、『第三呪・五行顕現』の複合呪術である『離呪結界』。あくまでも結界であり、しかも幸運値を高める系の。戦闘では、クリティカルを与えるぐらいのことしか……。あれ?

 よく考えてみよう。ここはゲームの世界である。そしてあのゲーム―――『ファムタジアンドクロス』は、クリティカル攻撃の倍率が、初作だとバグっていたことが有名である。そのせいか初作は「名作中の駄作」と評されることも多い。それはなぜか。幸運値と攻撃力を最大まで上げると、ラスボスをワンパンできたからである。

 そして、この世界はカナリアが英雄として扱われていないどころか、成長している最中で―――。これは、もはや初作の『ファムタジアンドクロス』で確定なのではないだろうか。


「そうだったら―――こっちのもの! 『応用魔術・幸せは、思うより近いラック・イズ・ニア・ユー』!」


 そうして、私は『応用魔術・雷光のごとく、俊足ヴィヴァーチェ―――十三梯タイムズサーティーン』を再起動させて『応用魔術・幸せは、思うより近いラック・イズ・ニア・ユー』の効果―――自分の未来を魔術というシステムが予測し、一番使用者が望む結果が出やすいところを第六感と言うべきもので無意識に知覚できるようにする―――を視覚へ映す。

 私が望む結果は―――『クリティカルの発動』。

 それが最も起こり得る可能性が高い場所は―――


「そこ!」

「なっ―――どこへ消えた!」


 『応用魔術・幸せは、思うより近いラック・イズ・ニア・ユー』が指し示した座標は、奇しくもランスロットの背後であった。

 背後を超高速て取られたランスロットは、私が後ろに回ったことに気づかず―――そのまま私の呪力で強化した拳が直撃する。


「がっ―――あ―――ガッ、は……」


 そうして、私はクリティカルのラッシュを浴びせる。自分でも、呪力で強化しているとは言え、ここまで速く動かせるのかと驚愕したほどである。


「これで―――とどめ!」


 私は、最後の拳を突き出すために腕を伸ばす。届くのは時間の問題―――。

 というとき、予想外というものはその名の通り、あり得ないところから現れる。


「その攻撃は―――見切ったぞ。クロム・アカシック」

「え―――」


 そう言われたとき、私の渾身の一撃は、紫に怪しく輝く大剣アロンダイトの、血塗られた朱色の刃に防がれたのだった。

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