Story.41―――霧の都でのひととき
「―――では、捜索開始!」
ニコラ先生の突然の指示によって、宿探しが始まった。無論、それについては大賛成である。異郷の地では、まず生活基盤を整えていくことが重要だ。……まあしかし、異郷でもなく故郷ですらない都会で生活基盤を整えられなかった私が言うことでもないが。
捜索チームは、二つに分かれることとなった。
まず、チーム1。男子で組まれたチームで、メンバーはフランソワ、ミッシェル、シュトロハイム。そしてニコラ先生の四人。
そしてチーム2。女子で組まれたチームで、メンバーは私、ハシヒメ、カナリア、アリス、ニーナ、ノアの六人だ。
本来ならば、修学旅行の自由行動のような和気あいあいとしたものになるようなはずだったのだが……。
「ねえ、クロムぅ」
「クロムクロム、ねえねえ」
……正直に言うと、ハシヒメがずっと話しかけてきて鬱陶しい。〈文明異界領ロンドン〉を探索し始めてから数十分、最初は普通の世間話ぐらいしかしなかったのに、急に態度を変えて私にのみ距離を詰め始めたのである。
「なあハシヒメ・イチジョウとやら。私達とも話をしないか? ほら、クロムも何だか疲れてきているようだし……」
「は? 黙りなさい、野生児。私はね、あなた達とはあまり喋りたくないの」
……ハシヒメは、依然として他のクラスメイトに対する態度を変えようとはしない。しかも野生児、て……。
その言葉であっと気づいた。
―――ハシヒメは、人間嫌いなんじゃない。「文明」というものに憧れる人間が嫌いなんだ。自然を汚す行為に好意的な態度を取る人が、嫌いなんだと。
しかし、それならば疑問が残る。……なぜ、私は嫌悪されない?
気づかない。そこではもう、気づかない。
私達は、ギスギスした空気のまま、〈文明異界領ロンドン〉を
そうして、いくらか歩いていると……
"Hey, there are the little ladies!"
「え?」
突然、英語が私達に向かって言われたため、またナンパかな、と思いつつ振り向いた。しかし、声からして私達に性的な魅力を感じているわけではないと見える。それはそれで悔しいが。
振り向くと、そこには一人のヨーロッパ人の女性がいた。女性は、エプロンを身に着けており、なにやら食堂か何かの宣伝らしい。
"Guests, are you looking for a place to stay?"
「え、あ……はい?」
この中で唯一英語が分かる私が受け答えをする。しかし、この世界の言葉が身に染み付いてしまってついこっちの言葉が出てしまう。ちなみに、ハシヒメは彼女曰く「英語はまっぴらムリ」とのことらしい。
すると、その女性は少し考え込んだ。
そうして、また私達に問いかけた。
「……もしかして、〈ロンドン〉の外から来た人達? ああ、ごめんごめん! それなら、英語がわかるはずないわよね。悪気はなかったの。許して?」
「あ……はい。こちらこそ、すみません」
「……ずいぶんと日本人みたいな受け答えするのね。―――って、なんだお隣に日本人のお嬢さんいるじゃない! 私、日本に一回も行ったことないから生で見るのは初めてよ。よろしくね、お嬢さん。あなた、お名前は?」
「―――ハシヒメ・イチジョウ……」
すると、その女性はその名を聞いて目を輝かせる。
「ハシヒメ・イチジョウ……いい名前ね。まるでアレだわ。大学で日本文化の研究をしていたんだけど、その時に読んだ一条戻橋の宇治の橋姫、っていう神様みたいな名前ね! 他の五人は?」
「カナリア・エクソスだ」
「……アリス・アーゾット・パラケルススです……」
「ニーナ・サッバーフよ」
「ノア・アハト・エヴァネフィルと言う」
「クロム・アカシックです」
私達の名前を聞いた後、その女性は満足そうな顔をして言った。
「そう。私はウリス・ノエル・オニール。ここ―――〈Hotel Another London〉を経営している、日本風に言えば女将よ。よろしく」
そう言って、彼女―――ウリスは手を差し出してきた。握手のサインだろう。私は、それに応えてウリスの手を握る。
「それであなた達、宿探してない? 今なら結構部屋空いてるし、あなた達珍しい外からのお客さんだからさ。サービスしてあげる」
「本当ですか?! ありがとうございます、ウリスさん!」
こうして、私達はお目当ての宿に辿り着いたのである。
―――俺は……いや、俺達は、生まれてから初めて味わう最大のピンチに直面しているのかもしれない。
見慣れない景色。先程まで見ていたはずのレンガの町並みは霧のように消え失せ、今はただ金属の管があちらこちらの壁に走っている。
遠くからは、なにか蒸気が出ているような、そんな音が聞こえる。
つまり。何が言いたいかと言うと―――
「―――道に、迷った……」
「まじか先生」
「まあ、先生リーダーシップありますからねぇ」
「……ええ、そうです。そうですね。迷いましたね。そうですね……」
ぐぅ、あいつら好き放題言いやがって……。シュトロハイムに至ってはなんだ、皮肉か? 建前か?!
……しかし、今一番に考えなければならないのは女子陣との合流だ。おそらくこの広い都市だ。安かれ高かれ、宿の一軒は見つかるだろう。
だが、この金属の管が張り巡らされている空間をどうやって突破する?
「なあ、そこの
「ん? 誰だ」
いきなり話しかけてきたのは、フードで顔を隠した青年だった。なぜか、遠い辺境の訛りがかかっている。
「
「ん……ああ。道に迷ってしまって。ここからレンガの建物が並んでいる街に戻るには、どうしたら良いのだろうか、と」
「んなこと簡単だべ。こごさ壊せば良い……ああ、なるほど。おめら人間だべ? そいだば難しいっきゃ。―――見でろよ? 〝
青年が手に持った槍を投げると、空間に亀裂が入る。
「な―――」
「ほら、さっさと行くべし。こご、閉じてまうじゃよ」
青年は、空間に入った亀裂を指差し、俺達にこの先に行くように言った。無論、それを信用しない手はないわけだが……問いたいことがあった。
「何個か聞きたいことがあるわけだが……話を聞く限り時間がないようだ。―――一つ問う。あなたは、何者だ?」
俺の問いに、青年はため息を吐きながら気だるげそうに答えた。
「―――
―――█████
時間がないのは、本当だったらしい。かすかに聞こえようとした青年の名前を、遠くなる意識で聞きそびれた。……クソ、できれば覚えておきたかったなぁ。
そうして、俺達は空間の亀裂に吸い込まれていったのだった。
「―――はぁ、変なやつ」
―――しっかし、張り切りすぎてしまったかもねぇ。下手にここ―――〈文明異界領ロンドン〉の工業地帯をぐるりと囲む結界を割ってしまったなら、いかに〈文明異界領ロンドン〉の発展に尽くしてきた
「もう出てきていいよ、ニア」
「……アルベリヒ。なんでああも昔の訛りなんて入れた話し方をしているのよ。相手方の大人が博識だったから良かったけれど、後ろの子どもたちなんて何言ってるか分かってなかったわよ。相手と話す時は、ちゃんと相手方の事情を考えて―――」
「―――はいはい、分かったよ。ニア。
それでさ、面白いことに気づいたんだけど、聞く?」
「はあ……あなたっていつもそうやってはぐらかす。いいわ。聞いてあげる」
「母さんが―――復活しそうだよ」
「―――ッ! な、なんですって?!」
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