Story.28―――皇帝謁見
―――フランソワに女装させた私は、晩餐会の会場の大ホールに来ていた。
その部屋は終わりが見えないほど広く、また、廊下とは比較にならないほど豪華絢爛であった。恐らくだが、帝国国内の重鎮だけではなく、他国の重鎮を招くため、このように豪華絢爛になっているのではないかと考えられる。
「へ〜、すごいわね」
「だね。僕もびっくりだ。いろんな貴族の屋敷に忍び込んだこともあるけど……宮殿は初めてだね。けど、
「え、不法侵入もしてたの?」
そんな風に、私達が大ホールの内部に心躍らせていると、一人の男性が近寄ってきた。
「こんばんは、レディ・クロム。ついさっきぶりだな」
そう上品に、しかし気前の良さが十分に分かるような声色をしている男性は、先程あった貴族―――ロード・ポーチェスターであった。
ロード・ポーチェスターと会ったので、私は一応挨拶しておく。
「あら、こんばんは。ロード・ポーチェスター。さっきぶりでございますね。しかし、そう悠長に話をしている時間もないのではないでしょうか」
「そのようだな。たった今、皇帝陛下が壇上に上がられた」
パンパカパーン! パララララ!
壮大なオーケストラが、皇帝直属の楽団によって奏でられる。特に目立つはラッパやトロンボーンなどの管楽器の音。それに次いでドラムの音が目立っていた。それは、やに俗っぽい「競馬」のレース開始を告げるマーチのような音であった。誰だ、皇帝にこんなもの教えたのは。いや、別に競馬のものだとは決まったわけではないか。
「皆のもの! 頭が高い! この方を誰と心得るか! この方こそ、ワルキア帝国第十三代皇帝―――アニュス・デイ・カイザー・ワルキエル六世様である!」
皇帝の傍にいる騎士が声高にそう言う。アニュス・デイ・カイザー・ワルキエル―――それが、このワルキア帝国の十三代目皇帝の名である。その容姿は眉目秀麗であり、皇帝の一族であるワルキエル一族の証である白髪に黒いメッシュを持つ青年である。
アニュス・デイ皇帝の傍にいた騎士の声が轟くと、晩餐会に出席していた者たちは全員が頭を下げた。それに習い、私達も一応頭を下げる。
そうして、アニュス・デイ皇帝が手を挙げると、騎士が言う。
「皆のもの、
その言葉に応えるように、ザッと音がする。
―――晩餐会の参加者が、一斉に頭を上げたためである。
すると、アニュス・デイ皇帝は、臣下が持ってきたマイクのような、拡声器のような道具を持つと、話を始める。
「貴君ら、まずは僕の誘いに応じてくれたことに感謝する。なに、あまり緊張するな。今日、貴君らに集まってもらったのは他でもない、祝杯を上げるためだ」
ザワザワと、会場中が騒がしくなる。祝杯? それはどういう意味なのか。
アニュス・デイ皇帝がスッと手を挙げる。すると、瞬時に会場が静寂に包まれた。このことから、アニュス・デイ皇帝に対しての忠義の念の高さがうかがえる。
「……では、その祝杯とは何か? それは―――人類全体にとっての大きな一歩である。
―――数百年前、第五座が一国家の総兵力を用いて討伐されてから一度も進展のなかった―――〝魔祖十三傑〟の末席である第十三座―――〝
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! と、会場が歓声で揺れる。
ふ〜ん、そんなことがあったんだぁ……へぇ。
「そして、その功労者こそが―――そこに立っている三人である! 僕が、直々に名を呼ぼう! クロム・アカシック、ニーナ・サッバーフ、フランソワ・カリオストロ!」
アニュス・デイ皇帝の鶴の一声により、一瞬にして視線がこちらに集まる。そして、いつの間にか増えているスポットライトが、私達に当たる。
焼き付くように照らすスポットライトが、目を炙り網膜に像が残る。眩しすぎる。
「この三名こそ、我ら人類の英雄である! よって、この三名に後日、爵位―――一代貴族として男爵の位を与える!」
パチパチパチ……と、会場中から拍手が鳴る。
しかし、それはあまりにも簡素で―――やはり、あまり歓迎していないようである。
それもそうか。一代貴族は、世襲貴族とは違い税の負担が軽い。正確に言えば、貴族の義務である「納税三箇条」の地租、領税、人税のうち一代貴族は領地を持たないため、そもそも「納税三箇条」が実質適応されなくなっている。
それに加え、一般税の年貢(この世界では、領主などその土地を治める貴族に払う税)が免除される。爵位を得ると、一般税の年貢が免除されるためである。
まあ、これらのことから、あとから来たぽっと出の奴らが自分たちより得をしているのが気に食わないのだろう。ま、別にいいが。
「以上だ。僕の話はこれで終わり。それでは貴君ら、今宵の晩餐会を大いに楽しみたまえ!」
アニュス・デイ皇帝が話を終えると、先程の騎士が前に出る。
「皆のもの、皇帝陛下がお戻りになられる! 敬礼!」
先程と同じようなパターンで、アニュス・デイ皇帝に頭を下げる。そして数秒すると大ホールの明かりがつき、全員が頭を上げる。
「……これで、皇帝陛下のお話は終わりかな?」
「そうみたいだね。さて、これからは僕たちも晩餐会を楽しもう! さっきからずっと気になってたんだ〜、あそこにある料理の数々! もう女装のことなんてどうでも良くなるほどにね!」
暴走しそうになっているフランソワを呪力で強化した腕で抑えつつ、私はロード・ポーチェスターの方を向く。
すると、ロード・ポーチェスターは満面の笑みを浮かべて言ってきた。
「ほら、やっぱりそうじゃないか! おめでとう! 君たちも、これからは立派な爵位を持った貴族だ。私もまだ男爵だからね。気軽に敬語も使わないくて良い」
「いやいや、それはまだ恐れ多いですって」
「そうか? ハッハッハッハッハッハ! 私みたいな、あまり権力も富もない貴族に媚を売ってもなんの得にもならんぞ? ハッハッハッハッハッハ!」
「フフフ、冗談がお上手だこと!」
私は浮かれ気分でロード・ポーチェスターと笑い合う。すると、暴走しかけているフランソワがついに腕から抜け出した!
「フッハッハッハッハッハ! これで僕もようやくご飯にありつける!」
「あ、まずい! ニーナ、追って!」
「いや、追う必要すらないわ」
ニーナは華麗にワイヤーを投げると、先端部分が重くなっているのだろうか、ワイヤーはフランソワの足に巻き付くように回転する。
「ぐえっ!」
ニーナの投げたワイヤーにフランソワが足を取られ、食事の乗っているトレーがたくさんあるバイキングの机に辿り着く前に転ぶ。
それを、私はズルズルと引きずって元の場所に戻す―――そうしようとしたとき、一人の騎士に呼び止められた。振り返れば、そこには先程の騎士がいた。そして、彼は私にこう言った。
「クロム・アカシック殿と、そのお仲間。皇帝陛下がお呼びです。至急、応接間へ」
「わかりました。ほら、フランソワ。立て!」
フランソワは、私の叱責に当てられ、ショボショボと立ち上がる。
「うぅ……僕の夕飯が……」
「シャンとしなさい、フランソワ! ほら、さっさと行くわよ。では、失礼しますわ―――ロード・ポーチェスター様」
そうして、私達は大ホールを後にし、アニュス・デイ皇帝の待つ応接間へ向かっていったのであった。
「―――失礼します、皇帝陛下」
「入れ」
ギィ、と大層な音を立てて木製のドアが開く。
ドアの開いたとき、その先にいたのは―――頬杖をつき、白銀の椅子に座っているアニュス・デイ皇帝であった。応接間、と説明されたその空間は、さながら謁見の間のようなものである。
「そうだ、ジョーンズ」
「は!」
「お前はこの場から去れ。ここからは、客人と僕との対談だ。無論、ここにいる客人以外はこの部屋を去れ」
ジョーンズと呼ばれた、先程の号令の騎士は、アニュス・デイ皇帝の命令に従い応接間から出た。それに続くように、奥に控えていたであろう使用人がぞろぞろと出てきて、ジョーンズの後ろをついて行く。それを見送った後、またアニュス・デイ皇帝の方を見ると―――
「―――な」
先程まで謁見の間、と称していた応接間が、本来の応接間のような風貌へと変わっていたのである。
……私は、この現象を知っている。
「……異界化、の魔術……!」
「ほう、これを知っていたか。御名答だ、客人―――クロム・アカシック。さて、客人の皆―――ニーナ・サッバーフ、フランソワ・カリオストロ。僕が、このワルキア帝国第十三代皇帝―――アニュス・デイ・カイザー・ワルキエル六世だ。歓迎しよう、客人達」
そう言って、アニュス・デイ皇帝は席を指差した。
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