Story.24―――エピローグ[Epilogue of part:1]

 ―――飛んだ刹那せつな、ランスロットの握る〝反聖剣〟『不壊』の原理アロンダイト原理ビギニング・異常暴走フェイタルエラー―――『呼びし妃の、泣く声よコール・オブ・グィネヴィア』のまとう光が放つエネルギーが、『第六呪・渾天儀』に衝突した。

 強大なる爆発音が、〈カムランの丘〉周辺に響き渡った。


「オ……オォォォォォォォォォォッ! 消え去れ、劣等種が!」

「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね―――死ね! 呪われて死ね!」


 『呼びし妃の、泣く声よコール・オブ・グィネヴィア』と『第六呪・渾天儀』は、未だ押し合いを続ける。一進一退の攻防。一時とも気が抜けない、本物の戦場の雰囲気。

 死ね、呪われて。

 そう連呼した私の脳裏にかすかによぎるのは、フランソワやニーナの悲惨な姿。

 ―――そして、私は叫んだ。その忌々しくも神聖ささえ感じるまばゆい光を睨んで、それを黒の泥で塗りつぶしながら。


「お前が消えなきゃ―――ニーナやフランソワ……死んでいったグノーシス、アレクサンドリアが報われないだろ―――!」

「―――なっ! なにィぃぃ! グああああああああああああああっっ!!」


 ―――最終的に、この押し合いを制したのは、『第六呪・渾天儀』だった。

 私の制御下から離れた『第六呪・渾天儀』は、凄まじい火力と熱量を保持しながら―――それを一片たりともこぼすことなく、ランスロットのいる場所に着弾する。

 それは私が張った結界ごときで抑えられるはずもなく―――身体が焼けるまではいかないが、それでも全身を焦がすような灼熱が、私達を襲う。

 そればかりか、教会さえも木っ端微塵にする姿を、私は、最後の視界で見届けた。

 本日二度目の気を失うその時、脳に、耳に飛び込んできたのは、あの男の声。


(なぜ私は負けたのか。

 なぜ私はアレを防がなかったのか。

 なぜ私は―――あの娘を殺せなかったのか。

 ………………ああ、そうだ。

 私は、魔族に疲れたのだ。

 魔族でいることに―――本来、人々を守るべき聖騎士であったはずの私は、人を、人類を害することに、疲れたのだ。

 待っていてくれ、グィネヴィア。

 私も、すぐそちらに―――)


 その声を聞いて数秒後、私の意識は深い、無意識の水底に沈んでいった。

 それは爆発の衝撃故か、はたまた呪力の使いすぎ故か―――。

 私には、分からなかった。



 ―――なぜ私は負けたのか。

 ―――なぜ私はアレを防がなかったのか。

 ―――なぜ私は―――あの娘を殺せなかったのか。

 ―――………………ああ、そうだ。

 ―――私は、魔族に疲れたのだ。

 ―――魔族でいることに―――本来、人々を守るべき聖騎士であったはずの私は、人を、人類を害することに、疲れたのだ。

 ―――待っていてくれ、グィネヴィア。

 ―――私も、すぐそちらに―――。


『駄目です。それは、なりません』


 ハッキリと聞こえたその声は、とても聞き覚えのある声であった。

 金髪碧眼、かと思えばよく見れば青が混じっている長い髪をたなびかせ現れたのは―――

 私が幼き頃―――鋳造されたばかりの少年モデルであったときの育ての親。私に聖剣を授けた精霊の一体。精霊王、湖の貴婦人、湖の乙女とか呼ばれる者。の王直属の魔術師を『永久牢獄塔』に封印した、邪悪なる精霊とも呼ばれる者。


「母上……ヴィヴィアン、様?」

『あなたは、不貞の乙女の魔の手に堕ちたのです。それ故、あなたは人類を守るという自らに課せられた使命すら忘れ、逆に討伐される対象となったのです。あなたは、道を間違えた。故に、あなたは一人、孤独に来世を彷徨わなければならない』


 私の罪は、許されることなど、ない―――そういうことか。

 ならば、私は受け入れよう。

 もとより、許されないことなどとうの昔に知っていた。主を裏切ることなど、絶対にあってはならない悪徳であると。

 そうして私は、母上に背を向けて歩き出した。


『待ちなさい、ランスロット』


 数歩歩いた時、私は母上に呼び止められた。そっと振り返ってみれば、母上は私の腰を―――否、腰にさしている〝反聖剣〟『不壊』の原理アロンダイトを指さしている。


『その剣は、私が預かります。あなたが生まれ変わって真っ当な人生を歩める、その日まで』


 実に魅力的な相談だが―――私は無視して再び歩き始める。


『な―――ランスロット、その剣を渡しなさい。それはもともと私のモノ。私の持っていた聖剣なのだから私に返すのが道理で―――』

「いいえ、ヴィヴィアン様。それは、それだけは譲れません。この〝反聖剣〟『不壊』の原理アロンダイトには、もっとふさわしい人物がいる。……聞こえているならば、聞いてくれ。私の傍らに立っている誰か。この剣を、あの娘に―――クロム・アカシックに渡してくれ」


 私がそう言うと、その言葉が聞き届けられたのか、腰にさしていた〝反聖剣〟『不壊』の原理アロンダイトがふわりと、光りに包まれて消えていく。その様子を見て、母上は一言。


『……いいでしょう。今回は、その聖剣については目をつぶります。しかし、いつかそれは壊れるでしょう。本来の―――存在に刻まれた所有者以外が聖剣を使用すれば、それはいつか破綻する。その時が、私の手に〝剛聖剣〟『不壊』の原理アロンダイトが返ってくるときです』

「ええ、そうですね。もっとも、今は〝剛聖剣〟ではなく〝反聖剣〟、ですが。返ってくるときには、もう聖なる力など、一片たりとも残っていないでしょう。アレを食らった私にはわかります。あの娘が持つ力は、聖なる力などよりも、よっぽど強い」


 そうして、私は旅立っていった。

 長い長い道のりの先に、また笑える日が来ることを願って―――。



 ―――この剣を、あの娘に―――クロム・アカシックに渡してくれ。

 そう聞こえたのは、私が訓練合宿から帰ってきたすぐ後。クロムに関するなにか嫌なことが起きていることを、精霊が知らせてくれたので、その現場に行ってすぐのことであった。


「この―――剣?」


 私が声に導かれるまま、瓦礫の中から発見したのは、一振りの紫色に輝く剣。それは、一見ボロボロのように見えるが、私が手に持った瞬間、みるみるうちに剣身が修復していった。


「……そんなことより、探さなきゃ。クロム―――!」


 私は、焼け落ちた聖堂の瓦礫をかき分け、進んでいく。

 すー、すー、とどこかからかすかな呼吸音が聞こえる。私の戦闘センスが、この呼吸音のリズムを記憶している。この呼吸のリズムは―――


「クロム!」


 私は進む。その呼吸の聞こえるところへ。

 私は進む。幼馴染のところへ。

 私は進む。愛しき人のところへ。

 そして、私は見つける。特徴的な銀親を帯びたような輝く黒髪を。かすかに動く唇は、最低限の息しかしていない。


「これは―――まずいかもしれない!」


 このままでは、いずれクロムの呼吸は、完全に止まってしまうだろう。私は、それを阻止できるか?

 ―――いや、違う。できるか、ではない。やるんだ。私の命を賭してでも。


「お願いだ、生きててくれ……! 呪文詠唱―――精霊の加護を受けし私が祈る。精霊からの愛を一身に受ける私が告げる。精霊よ、私に従え。精霊よ、この傷を負いし哀れな少女に何の情も抱かぬほど、あなたたちは非道ではあるまい。その情で、この少女の傷を、命を、癒やしたまえ―――『精霊魔術・憐憫せし精霊の施しキュア・ル・フェイ』」


 ……精霊の光が集まっていく。

 傷に集まっていって―――傷が塞がる。そればかりか、戦いの最中で流した血さえも、パラパラと結晶化して風に吹かれ飛んでいく。

 ゆっくりと、彼女が目を開く。


「―――え、カナリア……ちゃん?」

「ああ、おはよう……クロム」


 私の、大事な眠り姫の、目が覚めた―――。



「―――グッ、あああああああああああああああ!!!」


 私は、心臓がえぐられるような鋭い痛みで目が覚める。時刻は深夜二時。城中に響き渡った私の叫び声は、城の全ての住民の眠りを覚まさせてしまったようである。


「大丈夫ですか、旦那様?」


 繊細な銀髪が私の目の前で揺れる。

 そして、その銀髪から美しい、この世のものとは思えない美貌が現れる。

 彼女の持つ青銀の瞳は、まっすぐに私を見つめている。


「ああ、大丈夫だ―――ブリュンヒルデ」

「そうですか……あまり無理をなさりませんよう」

「わかっている」


 私は再び床につく。

 心臓がえぐられたような痛みを発したのは、アレが原因か。ランスロットが死んだからか。ランスロットが死んで、直属の配下であるランスロットが守っていた私の一欠片が砕けたからか。

 私は布団を被り、口元を歪ませる。


「その顔、覚えたぞ―――クロム・アカシック。十三座を屠った罰、必ずや受けさせてやろう」



                          /第一部・呪術転生〈了〉

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