第二部:序章

Story.25―――皇帝からの招待状

 ―――あの戦いから数ヶ月が経って、もう冬。しんしんと降り積もる雪は、爆風で粉々に砕け散った教会跡地を埋めていく。

 〝魔祖十三傑〟の第十三座・ランスロットとの戦いの末、私は勝った。しかし、私が撃った『第六呪・渾天儀』の威力は凄まじく、張っていた『離呪結界』の防御効果のキャパを超え、衝撃が外部に漏れ出してしまった。

 そのせいで、あの教会は木っ端微塵に砕け散ったわけだが―――。


「……い……い……おい……おい! クロム・アカシック!」

「ひゃ、ひゃい! 三です!」


 ニコラ先生に呼ばれて現実に引き戻された私は、とっさにそう答えた。


「……戻ってきたか、クロム。授業中に意識が飛ぶとは、さぞかし大事なことを考えていたようだな」

「い、いえ、決してそんなことはゴザイマセンヨ……」


 日常の一幕。私がこの世界へ転生してからはや数年。その一年もまた、暮を迎えようとしていた。空から贈り物のように降り積もる雪が、その証拠である。

 数名の犠牲は出たが、その後すぐに日常に戻った。

 グノーシス、サターン神父もといランスロットは、公的には例の殺人鬼が最後に行った教会爆破で灰すら残らぬほど消し去られた、ということになっているが……。真相を知るのは、私とニーナ、そしてフランソワだけである。


「さて、話は戻るが、そろそろお前らの卒業式だ。めでたいことだ。生意気なガキだったお前らが、立派な社会に出ても恥ずかしくない人間に育ってくれたことに、俺は非常に驚いている。

 しかし、だ」


 ……この「しかし」、すごい悪い予感がする。


「―――お前らが卒業してからが本番だ。上の学校に進学したいと思っているやつ、手を上げろ」


 クラスの大多数―――否、全員が手を上げた。その中には、私も含まれている。


「ふむ……結構多いな。よし。そんなお前らに最悪な知らせだ。

 今回の帝国統一試験は、過去最難関になるかもしれない」


 ―――は?

 待て待て待て、過去最難関ってどういうこと? 私達を入学させないつもりか、国は!

 そもそもの話、帝国統一試験とは、初等学校を卒業した者が上の学校へ行くのにふさわしいかどうかを判断するテストで―――センター試験や共通テストと同じようなものである。

 そして、上の学校というのは限られており、大体の人が一番上の学校―――ワルキア帝国直建皇立教会附属習術学院を目指す。私もそうだ。

 そのテストが過去最難関ということは、生半可な努力では、落第必至ということである。


「ま、せいぜい頑張れよ、お前ら。んじゃあそろそろ時間だから終わりにする。ノア、号令を」

「おう! 起立、礼!」

『ありがとうございました』


 はあ、終わった。私の第二の目標のノンニートライフが……。

 と、その時、ニコラ先生が私に話しかけてきた。


「そうだ、クロム。学長がお呼びだ。至急、学長室まで行け」

「はぁい……」


 トボトボと、私は学長室まで歩いていった。



 ―――数分廊下を歩けば、学長室に着く。

 私は扉の前に立ち、こんこんと、学長室の扉をノックする。


「入れ」

「失礼します」


 扉を開けると、そこにはクルクルと回るタイプの椅子に深く背をもたれた学長―――アールマティ・オフルマズドがいた。

 彼女は煙管キセルをくわえ、ふーっと一息吐く。

 しかし、そのキセルから出る煙は不思議にも匂いなどはせず―――と、思いきや、その煙は私に届く前に消えていた。まさか、と思いつつ魔力感知を実行すると、オフルマズド学長から魔術を使っている気配がする。


「いつまでそこで突っ立てる? 座りなさんな、クロム・アカシック」

「え、あ、はい」


 私がソファに座ると、オフルマズド学長は対岸のソファに座る。

 すると、オフルマズド学長は懐から一通の手紙らしきものを取り出した。それを、私の前にそっと置く。


「学長、これは?」


 私がそう尋ねると、オフルマズド学長は答える。


「これは、上様からの晩餐会への招待状だ。お前宛のな」

「晩餐会? 私が? それと、上様って誰です?」


 オフルマズド学長はその私の問いに対しため息をつく。魔術で副流煙を消すのを忘れたのか、私の方に煙が飛んできて少し咳き込む。

 その煙からは、地球で嗅いだことのある匂いと大差ない、タバコ特有の焦げた葉の匂いがした。


「おっと、すまない。しかしなぁ……わたしが上様というのは一人しかいないだろう。吾の役職は何だと言った?」

「えーっと……確か―――」


 私は、入学式の一幕を思い出す。


〝―――吾は、カムラン教会附属初等学校の学長で教皇直属儀式的大司教のアールマティ・オフルマズドだ〟


 そう。彼女の役職はカムラン教会附属初等学校学長。そして―――


「―――教皇直属儀式的大司教」

「その通り。吾は教皇直属儀式的大司教だが……この国に教皇などいない。一般常識ではあるが―――この教皇というのは皇帝陛下のことを指す。この国では、あらゆる組織のトップは皇帝陛下だと決められている。

 そして、大司教というのは様々な教会において最上位の神官のことを言う。これが言うのは、つまり―――このお誘いは、皇帝陛下からだ」

「こ、皇帝陛下ァァァァ―――?!」


 皇帝とは、この世界では五人しか存在しない。

 ここ―――ワルキア大陸全土を治めるワルキア帝国皇帝。

 ここよりもっと西の方―――オーマ大陸を治めるオルレアン・ローマ二重帝国皇帝。そして王、という名の皇帝。

 同じくしてあらゆる大陸から見て大洋の中央に位置する―――バビロニア大陸に位置する魔族領を治める者―――魔王、と呼ばれる皇帝。

 そして北の方―――玄冬大陸全土を治めるソドゥーム連邦書記長、と呼ばれる皇帝。

 私は今、その内の一人―――ワルキア帝国皇帝より、誘いを受けているのである。拒否すればおそらく、懲役刑以上は下らない。



 ―――と、言うわけで私は、師匠の元を訪れている。

 理由はもちろん、皇帝陛下との謁見の際に失礼のないような服装やマナーなどを教えてもらうためである。まあしかし、魔術関連でもないのに師匠に教えを請うのは少々気が引けるが……。


「ん? なんだい、私は魔術以外では当てにならないと思っているのか? それなら、君の目は節穴だね。私は、昔皇帝にあったことはあるんだよ? こんななりでも勇者パーティーだったからね」


 そうだ……忘れていた。この人には人の考えていることを視ることができる特殊な目―――『超常魔眼・是、人を透かす眼アイ・オブ・エゴ』があった。私の考えを読み取って、皮肉交じりに言うのは師匠の悪い癖である。一言に言ってウザい。


「あのさぁ……私のいる前でそれはないんじゃない? 本当さぁ……師を尊敬する精神が足りてないよね。ほら、謝って!」

「はいはい。そういうのは良いから、早く謁見のときのマナーを教えてくださいな」


 と言うと、師匠はうじうじしながら、もっと反応してくれても良いんじゃないかい……、と言っていた。そして、ちょっとしていつも通りになると、師匠は語りだす。


「よし、では講義の時間だ! 席に着けぇい!」


 ガラガラと、どこからかホワイトボードとマーカーを持ってくる。本当、どこから持ってきたんだ、それ。

 キュキュキュ、とこの世界では初めて聞く懐かしい音を鳴らしながら、マーカーの染料は、まっさらなホワイトボードを染めていく。


「まず、一つ! 皇帝の前では絶対に無礼な物言いはしないこと!」


 まあ、それはわかる。殺されるもん。


「次に二つ! ちゃんとした格好で行くこと!」


 それもわかる。で、次は?


「……以上! 完!」

「は?」


 思わず声が出てしまった。いやいや、だって! 皇帝に謁見しに行くのに、それだけの礼儀作法じゃ足りないでしょう。もっと、なんか、ほら、こう……色々あるんじゃないの、色々!

 そう心の中で叫ぶも、師匠にそれは視えている。師匠はそれを受けて話を進める。


「まあ、この国はあんまし制限のある国じゃないんだよ。帝国、と言っても政治を動かしているのはその下の議会だ。皇帝は、あくまでそれの良し悪しを判断する裁定者ルーラーなんだよ。だから、この国は戦時中の日本みたいなことにはなっていない。あくまでも民主主義国家だ」

「ああ、なるほど。だからあまり礼儀作法がないのか。でも、それでももうちょい礼儀作法があるんじゃないの?」

「ふっふっふ……君、実はこの国では貴族とか上流階級の間では何よりも格好が重視される。だからね、クロム君……」


 そう言って、師匠は何かを取り出した。なんだ、あれ。


「これこそは、我が最大限の裁縫技術を使って作った礼装! そう、魔術的な礼装ではなく、普通の礼装―――礼服だ! もちろん、最低限の魔術効果はついているが……それは護身用だ。悪意を持った何者かが近づいたり接触しない限り、無闇矢鱈に発動するように作っていない。

 しかもこちら、認識阻害から絶対印象までお手の物の一品でございます! ささ、お一つどうです? 無料ですよ!」

「ください!」


 私は、その礼装を即決でもらった!

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