Story.06―――私、呪術への路

 師匠から呪術の話を聞かされた次の日のことである。

 私は、いつも通り師匠の館―――魔術工房へ来ていた。そこで、今日は魔術ではなく昨日の呪術の続きを聞く―――もしくは実践してみることになっていたのだ。重いドアを開けると、そこは大きなロビーで、そこから階段を数えながら十二段登る。


「いーち、にーい、さーん、しーい、ごーお、ろーく、しーち、はーち、くー、じゅーう、じゅーいち、じゅーに」


 そして、そうすると隠されていた十三段目の階段が現れるので、そこに隠されている魔法陣を探す。その魔法陣を探す方法は、もちろん手探り―――ではなく、ちゃんとした探し方がある。まず、周りの魔力と自分の体内の魔力の振動数を共通させる。すると、共振した魔力にひかれて魔法陣がゆっくりと光り輝き始める。

 その魔法陣に触れ、魔力を一定数流すことで、屋敷の仕掛けが発動し、階段が動く。その奥に進むと、木で作られたドアが見えるため、それを押し開けると―――


「やあ、待っていたよ。クロム」

「はい師匠、こんにちは!」


 ―――師匠、もとい“聖魔の使い手たる隠者ハーミット・カムラン”がいる。彼に元気よく挨拶をすると、人知れず用意されていた木製の椅子に腰を下ろす。その椅子は、結構座高が高く―――私の足がブラブラと空中を彷徨さまようことになる。


「ふふっ、それもまあ、一興ってものじゃないか。そんな体験、子どものときぐらいしかできないんだから。大人になっても足をブラブラできる椅子ってのは限られていて、それは大体エレクトーンの椅子だって相場が決まっているのさ」


 ……やっぱりこの人は、人に許可なく『超常魔眼・是、人を透かす眼アイ・オブ・エゴ』で心の中を見透かす能力を使うのをやめたほうが良い。絶対に交友関係が広がる気がする。恐らく、この森に引きこもっているのも、これが一因なのではないだろうか。そう思えるほど、この人物は『超常魔眼・是、人を透かす眼アイ・オブ・エゴ』で人を見るのが好きなのである。


「人を異常者みたいに言って……いつからそんな悪い子になってしまったのかしら……。私は悲しいよ……出会った頃のクロムは、今みたいに人のあらを探すような子じゃなかったのに。これは、一回保護者―――じゃなくて同居人のカナリアさんに来てもらったほうが良いかも?」

「おどけてないで、早く要件を済ませましょう。私は、早く呪術を学びたいんです。そのためには、どうすれば良いんですか? 師匠?」


 はっはっは! と師匠は笑って、


「そうかそうか! それほど早く呪術を学びたいか! よろしい。ならば、教えようじゃないか。呪術―――人を呪い殺す、禁じられた術を」


 そう言って、師匠は一人立ち上がった。ぎし、ぎしと木で作られた恐らく数十年経過しているであろう長寿の床がきしみ、悲鳴を上げる。いや、一概に悲鳴だとは言えないかもしれないな。もしかしたら、この床はドMなのかもしれない。それならば、この音は喘ぎ声か?


「……別に、無機物に興奮するなとは言わないけれど、あまり私の前でそういう事を考えないでくれるかな。無意識下で見えちゃうんだよ、そういうの。別に良いけどさ、けどさ、ね? 私の家のものに興奮するのは、やめてくれないかな」

「な、な、な―――何を言っているんですか!? 私は別に興奮していませんし、ただ床を擬人法を使って文学的に考えていただけで……だから、私は決して無機物フェチなどではないのです! 変な勘違いはやめてください!」

「ごめんごめん。いやぁ……てっきり超真面目に考えているから、そういう趣味でもあるのかと思っただけだよ。私も、ちょっとは失言をするらしいね。さて、閑話休題だ。まず、呪術の源―――呪力はどのようなシステムで発生するかを教えよう。呪力というのは、要約すると魔力を大きな感情で濃縮したものだ。全体の魔力量から、人によってまちまちだが、一割から五割を十三倍に濃縮する。それが、呪力の正体と言えるだろう。

 それほどの魔力濃度ならば、本来の魔力では決して扱えない術―――呪術すら扱うことが可能だ。しかし、大掛かりな術は、呪術師の下位互換である呪詛師には扱うことができず、呪術師のみが扱うことができる。この時、呪術師か呪詛師かに分かれる確率は、大体一対三の比率と言われている。まあ、そんなことはわからないが、あくまでおおよそだ。そして私は、幸運なことに一の方を引いて呪術師となった。そこから呪術の勉強を始めたのだが……これがまあ、めんどくさい。なぜならば、この呪術というのは魔術のように自由に模索できるものでもないからだ」


 私は、そこで疑問に思う。魔術と呪術って、一体何が違うのだろう。


「まあ、焦るな。今から説明する。魔術というのは、ある程度のアレンジがきく。だから、こう、なんというかだ。本来違う魔術を研究している時、誤った方法でやると別の結果が出てくる可能性がある。この別の結果が、稀にだが他の魔術と重複することがある。これが、アレンジ性の自由度が高い、ということだ。しかし、呪術はそうは行かない。呪術は、ある程度資料が揃ってから出ないと研究も鍛錬も、何もすることができない。それはなぜか? 呪術は、完全に体系化されているからだ。

 魔術は一応『系譜』のようなものはあるが、別に重要視されるほどのものではない。だが、呪術は暴発するのを防ぐために、先人が発見した『系譜』に当て込む必要がある。これを『呪術踏襲の法則』という。これに従わなければ、前述した通り呪力が暴発しかねない。魔力も暴発することが稀にあるが、その時は大体全治一週間程度のやけどだ。しかし、呪力とはそうは行かないもの。呪力が暴発すると、周囲に大爆発を引き起こし―――自分はおろか、周囲の人間にも被害が及ぶ。しかも爆心地にいた自分なんて、木っ端微塵に爆散していることだろう」


 ……本当に、なんてやつなんだ。呪力ってやつは。街は平気で吹き飛ばすし、暴走すると自分どころか周りも巻き込んで死ぬとか……本当に、なんてやつ!


「と、まあ危険性はわかったことだろう。そして、もし君が呪力を手に入れるのならば―――方法は二つある」

「二つ?」

「そう、二つだ」


 そう言って、師匠は二本の指を立てた。そして、右手の人差し指でその一つを指さして


「一つは、憎悪怨念化すること。これが最も多く、最もスタンダードな方法だが……君にはまだ早すぎる。しかも、高い呪力を手に入れるのは決まって魔神にまで到達した魔術師と決まっているのさ。だから、君には二つ目の方法をおすすめする」


 そして、師匠はもう一つの指を指した。


「その二つ目というのが、他の呪術師または呪詛師から自分の魔力回路に直接呪力を注入する、という方法だ。呪力には、徐々に徐々に魔力を呪力に変質させる性質がある。それを利用して、うまい塩梅あんばいで呪力を流せば―――あら不思議。魔力がひとりでに呪力に変わっていって……最後には大体一割から五割の魔力が呪力に置換されて、その後からは変化がなくなるという、最高の結果が得られるのさ! ……というわけで、やろうか」


 と言って、近づいていくる師匠から少し遠ざかる。しかし、相手は大人。スピードの差では、絶対に勝てない。しかもこの部屋は、師匠の魔術工房である。故に、中のものは全て師匠の自由自在なのである。


「ちょ、ちょっと待って―――心の準備が……」

「さあ行くよ〜。そ〜れ!」

「ぎやああああああああああ!」


 師匠の手が触れると、私の内側にある何かが、無理やり押し広げられる感覚に陥った。そのまま、よくわからない、高熱を有した何か―――恐らく呪力と思われるものが、私の身体の中に流れ込む! その感覚は、初めて使った魔術のときよりも酷く―――否、比べ物にならないほどに嫌悪感が強く、初めての魔術が吐きそう、で止まっていたのに対し、こちらは思いっきり吐いた。しかし、そんなモノを見る暇もなく、魔術工房の床が自動で掃除をする。そしてまた吐く……を繰り返し、私は、ようやく収まってきた不快感に安心しながら、師匠を睨んだ。

 すると、師匠はいつものようなヘラヘラとした態度で、


「いや〜すまない! まさかここまで呪力に対する拒絶反応が強かったなんて、思いもしなかったんだよ。いや、なに。別に悪気はなかったんだ。ただちょっといきなり入れてどれだけ抵抗するのかな〜って思っただけなんだよ。だからさ、ほら。その物騒な呪文を唱えるのをやめて」

「いえ、ここは異界なんでしょ? なら、思いっきり魔術ぶっ放してもいいじゃないですか。壊れないんだから。しかも新しく手に入れた呪力―――早く使ってみたかったんですよねぇ。そうだ、実験台になりません?」


 謝る素振りも見せないので……私は、仕方なく手をかざし、


「―――最終詠唱。其は全てを燃やす希望の星。あらゆるモノを破壊し尽くす、混沌のほうき星。今、その姿を顕現せよ!―――『系統別魔術:星廻魔術・廻天する、告終の星ヘール・ボップゲート―――十三梯タイムズサーティーン』!!!!」

「あああああああああああああああああああ!!!」


 極大魔術を、その工房で放ったのである。

 そして、被害状況を見てみると、結構色々と壊れ、中でも大事なシステムは壊れていないとのことだったので、ホッとしたのだった。


「いや、何もホッとできないからね?! 私の後処理を考えてくれ―――!」

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