Story.05―――師、呪術への路

 魔術を師匠のもとで習い始めて数ヶ月が経った。最初の頃は不慣れだった魔術薬の調合も、次第に慣れていってできるようになっていった。『基礎魔術』しか使えなかったのが、『生活魔術』や『応用魔術』、『系統別魔術』なども使えるようになり……といった具合に、地味に変化が見られるようになった頃。師匠が、このようなことを言った。


「さて、魔術も結構できるようになったね」

「はい! 師匠のおかげです! 私だけじゃ、こんなにたくさんの魔術は勉強できなかったので……」

「いいや、そんなことはない。君には、努力の才能があるからね。私にはない、稀有けうな才能さ」


 ありがとうございます、とお礼をいう。こう褒められるのは、素直に嬉しいことだ。できるなら、もっと褒めてほしいところだが……。と、思ったことを『超常魔眼・是、人を透かす眼アイ・オブ・エゴ』で読み取ったのか、にやりと口角を上げた。


「ふふふ、そんなに褒められるのが嬉しいのか。なら、私もたくさん褒めなきゃね。まあ、中身はアラサーなんだが。けどいいや、承認欲求に年齢は関係ない!」


 ……この魔神め。どこまで私をコケにすれば気が済むのやら。


「おや、心外だね。私は、君を褒めてあげようと思っただけなのに。……まあ、良い。本題に入ろうか」


 人の心を勝手にその目で読み取っておいてどの口が言うか、と思ったのだが。しかし、本題とは一体なんだろう。また新しい魔術か? 『応用魔術』ができてきたから、次は『発展魔術』とか『分類別魔術』の下位のものである『分類別初級魔術』とかだろうか。


「いや、違う。そもそも、次教えるのは魔術じゃない」

「……へ?」


 私が気の抜けた返事をすると、師匠がクククッと笑う。なんというか、とても、すごく、ムカつくのだが。やはり『応用魔術』の実験台として何か一発撃ち込もうかな?


「クククッ、あーはっはっは! いいね、その返事! 傑作だよ! 撃ちたいなら打ってご覧。まあ、当たらないだろうけど。しかしねえ、数ヶ月一緒に魔術の勉強をして、未だに気づかないとは。人の気配を感じる力を鍛えなければいけないな。君は」

「つまり、何を?」

「あーえーっと、つまりね……」


 師匠は、軽く咳払いをして言った。


「次教えるのは、魔術じゃなくて、呪術だ」

「……へ?」


 本日二度目の私の季の抜けた返事は、流石にスルーしたが、内心笑っている師匠の様子が目に浮かぶようである。クソッ! なんかくやしい! しかし―――


「呪術、ですか」

「ああ。呪術だ。君も知っているだろう。魔神や魔術師の成れの果て―――心が荒んだ上に起きる、一種の災害の発生。人々を呪い殺す呪殺神の降誕―――憎悪怨念化を経て、魔神や魔術師が自らの魔力の一部を変質させて呪術を扱う源―――呪力へと変質させることによって、魔神や魔術師は呪術師や呪詛師へと姿を変える。

 そのものたちが持つ呪力のエネルギーは桁違いであり、魔力を一とすると、呪力の持つエネルギーは大体十三倍。シンプルに魔術に呪力を流用すると、魔術は呪いを帯びるだけでなく、威力が十三倍に増える。例えば、魔術の中でも最高位の破壊力を持つ『邪道魔術・解、全てを焚く火炎ツァーリ・ボンバ』だって普通に使えば街一つ焼くレベルだが―――それと比較して呪力を流用した『発展魔術・爆散する火の粉フレア・ボム』も、大体街一つ焼くレベルとなる。これで、どれだけ恐ろしいものか分かったかい?」


 ……まさか、そんな裏設定があったとは。まあ、呪力について触れられるのもゲームの最終盤。しかも裏コマンドを入力した二周目しかないんだよなあ……公式マテリアル読んどけばよかった。


「ふうん……。ここをゲームの中だと思っているのか。うーん……本当はそうなのかもしれないが―――それにしては、リアルすぎる感じもしなくもない。とても似ているだけの並行世界の可能性もあり得るし……何せこの異世界というモノは謎が多すぎる。いかんせん無下にもできないのが現状かな」


 そうなのか。……そして、一瞬私の頭を一つの疑問がよぎる。それは―――


「―――師匠も、憎悪怨念化を経験している? さもなければ、呪力が使えるはずがない。教えるには、自分が知っているのが大前提。知らないことを、人は教えることができない。その存在すら知らないから、教えるも何も、認知がまずできない。そして、今回の場合憎悪怨念化を経験しないと魔力の一部が呪力に置き換わらないはず……これってつまり―――」

「そう。まさしくそのとおりだ。私は、すでに憎悪怨念化を経験して、今に至る。まあ、これは今から話したほうがどういうメカニズムで呪術を扱うのか、ということを体感しやすくなると思うからね。先に話しておこう」


 と言って、師匠はどこからか取り出した煙管キセルの中に何かの葉っぱを入れて、魔術で火をつけた。そして、ふぅ、と煙を吐いて、語った。その煙からは、血の匂いがした。


「さて、話すとしよう。まず私は前語った通り、勇者パーティーの一員だった。他にはメインの勇者、サブの戦士、後方援護の僧侶がいた。……まあ、ここまでは君も様々なゲームに触れて知っているだろう。RPGでのパーティー編成の鉄則役職だ。そして、私はその中で魔術師―――RPGでいう魔法使いのような役割をしていた。前線に出る方の、魔術師だ。そこで敵に異世界から来た際に手に入れたチート能力スキル―――『魔将戦線』の性能でばかすか魔術を打ち込んでいた。

 旅は順風満帆とは行かなかったが、それなりに順調に進み―――ついには魔王を倒した。その時の勇者は私と同じ時に転移した日本人だったのでね、このような展開をとても良く知っていた。……そして、自国の技術をここに持ってきた。それが功を奏したのか、大量の対負属性兵器が量産され、それのおかげで私達を召喚した国も乗っ取られず、そして、その中でも最上級のもので魔王に挑んだ。すると、運の良いことに倒してしまったのだよ。そして国に帰れば大騒ぎ。みんな私達を祝福するんだ。それが、とても心地よかったし、それがいつまでも続けばいいと思った。けどね……人というのは、永遠ではないのだ。

 あの時旅をした仲間も、気づけばヨボヨボの老人たちになっていって……それから普通に死んでいっていた。私は、あの時旅した仲間は最強だと思っていたから、その仲間が死したことに、尋常じゃない恐れを感じていたのだろう。そこから、私の不老不死の探求は始まった。と、そんな時に憎悪怨念化が起こって……私は、呪力を手に入れた。この呪力と魔力を用いて、私はあらゆる方法を試した。時空を歪ませる方法、身体の年齢を操る方法、転生する方法……と様々に。だけど、そのせいで―――私は、ある重大な欠陥を患ってしまった。それは、人の心がわからなくなってしまった。いや、わからないではない。読めるからね。なんというか、私の中の心が、わからなくなってしまった。

 そして、そんな事をしていたある日、私はついに、不老不死を実現した。しかし、これも完璧な不老不死ではなく、これまで行ってきた様々な実験の上に成り立つ不老不死だった。それが……私がこの部屋にかけている、異界化の魔術だ」


 なんということだ。……師匠は、人の気持ちがわからない。それどころか、自分の気持ちもわからないというのか。しかし、まさか師匠が何かに怯えていたとは。あの怖いもの知らずそうなあの人が。

 すると、師匠はまたしてもふぅ、とキセルの煙を吐き出した。


「さて、続けよう。まあ、そんなこんなで私は異界化の魔術を完成させ、不老不死を実現したわけだが……そこで問題が起こった。普通に、暇だということだ。ああ、暇すぎる! と思った私は、今までまともに使っていなかった呪術を使ってみたわけだ。すると、結構面白い。そこで、私は呪術を研究しまくって―――今に至る、というわけさ」


 ……なんというか、終わり方が腑に落ちない。なんか、気に食わん。もうちょっと何か良い終わり方はなかったのだろうか。


「何を言うか、君。これでも結構うまくまとめたんだぞ。これ以上私に何かさせてみろ。絶対にもっとひどい結末になるぞ!」

「何も胸はっていうことじゃないでしょ!」


 つい言葉が漏れ出てしまうほど、私は呆れていた。そしてふと、目線を時計に向けると―――


「あ、やばい! そろそろ帰らないと……」

「おや、もうそんな時間か。なら、もう今日は帰りなさい。明日来れば、呪術を教えてやろう。それまで準備してるから」

「はい! さよなら、師匠!」


 はい、さようなら。と言って、彼は私を見送ったのであった。

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