第四章 お城は踊る、されど俺は

第38話 王城からの招待状

 勇者ギルドの結成から二年が経った。


 先ごろには交易路の側道バイパスも開通し、人の往来がずいぶんと増えた。

 いまやポハードカ村の劇場は、ちょっとした名所になっている。


 ひとつには、王都を目指す歌や踊りの一座が、立ち寄りついでに公演することがあるからだ。

 かけられるのは実験的な演目が多く、王都から観劇好きがわざわざ訪れることもあった。


 そうした催しがない場合も、劇場併設の勇者の拠点を一目拝もうと訪れる人が現れるそうだ。


 とはいえ勇者ギルドのオフィスは部外者立ち入り禁止。

 俺たちの日常に、そこまでの変化はない。


「よし、できた。――じゃあ私は帰るね!」


 シュカは手習い所の予習を終え、教科書を閉じた。

 最近の食堂は、食事時を除くと彼女の勉強場所も兼ねていた。


「はいよ、お疲れさん」


「トマーシュさんもお疲れさまー! おばさんがね、食器は水に漬けといてって」


「仰せの通りに」


 シュカは向かいで遅い昼食をとっていた俺に手を振ると、片づけを終えた郊外のおかみさんと一緒に帰っていく。


 子供にとっての二年は長い。

 シュカは手習い所での成績も上々で、最近は王立学院の話を俺やミロスラフにせがむようになっていた。

 カミルが持ち込んだ蔵書もこっそり持ち出して読んでいて、驚くべきことに彼はそれを黙認しているようだった。


 これからが楽しみだ。

 村も、シュカも、若木のような伸び盛りだった。


 オフィスに戻ると、戸口の前にミロスラフが立っているのが見えた。


「ミロスラフ! 戻っていたのか!」


「うん、今しがた」


「他の連中は?」


「めいめいの割り当て部屋で休んでいる。僕はひと眠りする前に報告だけしておこうと思ってね」


 俺はミロスラフをオフィスの応接椅子に通すと、彼の対面に腰かける。


「遠征はどうだった?」


「万事問題なし。廃鉱に陣取っていた幻獣は倒せたし、鉱夫だったお年寄り達のアドバイスで全ての出入口も塞げた」


「何よりだ! じゃ、この調子で報告書もよろしく」


「う、あああ~……」


「そんなに呻くなよ、穴埋め式にしてあるから!」


 俺は書類をミロスラフに押し付け、やれやれとため息をついた。




 ここしばらくの勇者一行は、王国各地を飛び回る日々を送っている。

 各地で発生する瘴気溜りや、恒常的な魔物への対処をするためだ。


 大抵、そうした事象に悩まされているのは資金力や人的資源に欠ける土地だ。


 だから、こうした依頼はほとんど無償で請け負っている。

 場合によっては現物支給で受け付ける時すらあった。

 おかげで今年の冬は芋に不自由しなかったが、そこはそれ。


 そんなわけで、これらの件に関しては儲けを度外視している。

 その代わり商業ギルドや冒険者ギルドを介して時おり舞い込む、高位冒険者でないと解決できない事案も請けていた。

 こちらで相応の謝礼を貰うことで帳尻を合わせている。


 あるところからはキッチリ貰っておくのも持続可能な活動には大事なことだ。


 勇者ギルドは概ね、上手く回っていると言えた。

 特に庶民層を中心に、勇者ミロスラフの名声は盤石となっている。


 そんな大看板のミロスラフがしょぼくれた表情で書類と格闘する様子を眺め、窓の外に視線を移した。

 のどかな春の村の風景が広がっている。

 沼蛙がいささかやかましいのはご愛敬だろう、恋の季節とあって連中も大忙しなのだ。


「――あ、恋の季節といやあ」


「どうしたんだい?」


「ミロスラフ、お前宛てに手紙が来てたぞ」


「えー……、その、恋文の類は一律でお断りしているんだけど。後が怖いから」


「その顔じゃ、一度ならず厄介ごとに巻き込まれてそうだな……まあそれはともかく、このラブレターは一応受け取っておいた方がいいと思うぜ」


 俺が「ほれ」と言って差し出した封書には王による親書を示す封蝋が捺されている。


「――王城から?」


「おう。この間、従僕がわざわざ手渡しに来てな。その時に大まかな内容は聞かされている」


 ミロスラフが中身を改め、その表情がみるみる曇っていった。


「舞踏会?」


「そ。名目は王太子の嫁探しだそうだ」


 まあ、その実引き合わせるべき娘は内定しているのだろう。

 もしくは複数勢力の間で送り込みたい娘がかち合って拮抗状態になっているのか。

 こうした宮廷のうわさ話には縁遠い身なので憶測にすぎないが……。


 ひとつ言えるのは、こうした各勢力が一堂に会する機会は格好の密談日和ということだ。


「この招待状も実質的には、王城からの呼び出しだろうな」


「そう、だね。でもなければ僕を呼ぶ必要もない」


 俺はミロスラフの整った面をじっと眺めてから、「だろうな」と肯いた。

 王太子もそう悪い見てくれじゃないが、彼と並んでしまっては畑に転がるかぶも同然だろう。


「……で、どうする? 行くか?」


「うーん……」


 ミロスラフは煮え切らない顔だ。

 もともとが村育ちなこともあってか、彼は堅苦しい場全般を苦手としているようだった。


「俺としては出ておくに越したことはないと思うが」


「そうなのかい?」


「この二年、お前は社交の場を避けまくっている」


「うん? そうだね」


 基本的にミロスラフの二年は、そのまま冒険の日々だ。

 王城の人付き合いからは距離を置いて久しい。


「あまりに貴族間の付き合いを避けすぎるのも、それはそれで危ういんだよ。どこで悪評に尾ひれがつくかわからないからな」


「ふーむ……」


「特にお前は、土地持ちの大貴族でもある訳だろ? どうしたって立場にまつわる振る舞いを期待される側面はある」


 指摘されてようやっと思い当たったらしい。

 ミロスラフは目を丸くして俺の顔と招待状とを代わる代わる見つめている。


「それに――」


「まだあるのかい?」


「大ありだ。ここ二年近く、王城は勇者ギルドの件に何も言ってこなかった。それも、。勇者の務めから極端に逸脱した行いをしていないというのもあるし……」


「それにここしばらくの間、魔王の新たな被害が特にないのも大きいだろうね」


 ミロスラフの補足に肯き返して、俺は言葉を続ける。


「だが、こうして接触してきた。王城が静観をやめたのなら、そこには必ず理由がある」


 俺はミロスラフの顔をじっと見つめ、最後に言い添える。


「ミロスラフ、お前はどうしたい?」


「うん……行くべきだと、僕も思う。改めて対話の機会を設ける必要があるのは、その通りだろうし」


 それにしては明らかに気乗りしない様子だ。

 これまたどうしてだ? 


「……やっぱり止めておくか?」


 訝しむ俺が声をかけると、ミロスラフががばりと顔を上げた。


「トマーシュ!」


 彼は突然身を乗り出し、ローテーブル越しに俺の腕を掴んで来た。


「なんだなんだ!?」


「てて、手伝ってくれないか」


「なにを?」


「礼儀作法とか、礼儀作法とか……あとは、今の僕には想像もつかない細かい準備について」


「お前まさか……」


「――舞踏会なんて、何をどうしたらいいか一つもわからない!」


 まあ、こいつ村育ちだもんな。

 ここは十六の夏までは大貴族の坊ちゃんをやっていた俺が入れ知恵すべき場面だろう。

 俺はこちらの右腕をひっつかんで必死の形相となっている友人を宥めるように、彼の手を軽く叩く。


「じゃあ早速、ひとつ聞く。礼服はいつ作ったものだ?」


「ええと、三年前だけど」


「よし、作り直すぞ」


「ええ!? 燕尾服だよ、そんな、女の人のドレスじゃないんだから……」


 やっぱり、そこからか。


「あのなミロスラフ。女物ほどじゃないが、男の服にも流行の型ってものがある。文字通りお里が知れるぞ。しかも今回の舞踏会の名目は『王太子の嫁探し』だ。俺ら世代の連中がバチバチにめかしこんで乗り込んでくること必至だ」


 俺の解説で、ことの重大性をミロスラフも理解したらしい。

 ざっと血の気を失っている彼を元気づけるように、俺はつとめて明るい声を出す。


「――なに、そうは言っても男物なら最低限の手直しでどうにかなる部分も多い。金さえはずめば、どこかしらのテーラーで請け負ってくれるだろうさ。後は小物でどうにかするぞ」


「うええ……」


「だから呻くなって、今ならギリギリ間に合う。……ま、特急料金は経費で落ちないけどな」


 ミロスラフは既に疲労困憊といったていで崩れ落ちている。


「言っとくがダンスの練習も控えてるからな」


「……やっぱり、踊らないと駄目かな……」


「万が一ということがある。どこぞのご令嬢のドレスの裾でも踏んづけてみろ、悲劇だぞ」


 その手の見栄もまた、無視せざる重要な物事だ。

 堪えろ。

 そして、頑張れ。

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