第6話 追放学者の逆襲

「やっとこっちを見てくれましたね~!」


「いきなり押しかけて随分な口をきくじゃないですか? 喧嘩でも売りに来たんですか? そもそもアンタ誰です? ミロスラフの友人って、それ要するに部外者じゃないですか」


 ニヤニヤ笑う俺を前に、カミルは苛立った様子を隠そうともしなかった。

 まるで煮え湯のようにかっかしている。


 思った通り、激情家だ。

 そして俺はこの眼光の源を知っている。

 没落貴族の小役人にも、いや、だからこそ馴染みのある代物。


 ――『野心』だ。


「部外者は部外者ですが、無関係を決め込む訳にはいきませんよ。自国のS級パーティーの進退なんですから」


「……」


 カミルは忌々しげな顔をすると、返事もなく立ち去ろうとする。

 俺はその背中に声をかけた。


「別に辞めるなとはいいませんよ! ですが」


「――ッ!」


 物凄い勢いでカミルがこちらへ振り返る。


「どこまで知ってるんだ?」


「いやあ、カミルさんの個人情報は存じ上げません。我が国の学界事情をたまたま知り及んでいるだけです。親類には学者も何人か居ますからね」


 実家が没落するまではまあまあの家格をした貴族だったものでね! 

 と、心の中で補足しつつ、カミルの出方をうかがう。


 彼はしばらく突っ立っていたが、やがて観念したようにため息をつき、俺の対面にどっかりと腰を下ろした。

 切り替えが早くて有難いことだ。


「……どうして」


「『自分が学界を追放されたとわかったのか』ですか?」


「――ああそうさ! 学問の世界に居場所をなくした挙句、こんな仕事にかまけてるんだよぼくは!」


「ですよねえ。そうでもなければ、こんなに学閥から物理的に遠く離れた冒険稼業をしてる筈もない」


「それもこれも……占星術と天文学の区別もつかない蒙昧な貴族議員たち! 『火球が魔力もなしに宙に浮かぶだなんて荒唐無稽ですねえアッハッハ』とうそぶく怪しい屋の魔法使い共! それよりなにより腰抜けの天文学者連中が……!」


「あー……ここだけの話って奴ですね。聞かなかったことにしときます」


「――ぼくは星読みだ! 培った知識は天の謎を解き明かすためのものだ! 断じて地の底のダンジョンに潜るためでも、マッピングするためでも、魔王をシバくためでもなく!!」


「うんうん。そうだよな」


「そりゃミロスラフは良い奴だ。神殿騎士のマティアスはボーっとした所があるし、傭兵のジェラニは何言ってるかわからんが、まあ付き合いづらい人間とまでは言えない。あの最悪の怪しい屋、魔法使いヴィンスのつらだって、たまーに拝むくらいなら我慢できる」


「なるほど」


「――が、問題はそこじゃない。今の生活がぼくのキャリアにとって何らの積み上げにもならないってことなんだよ!」


「そうかあ~。あ、蒸し菓子食います? 好物だって聞いたんで酒場の女将にこさえて貰ってきました」


「あ、どうもいただきます」


 布包みを差し出すと、カミルは律儀に一礼して受け取った。

 中身の菓子をさっそく一口頬張り、むぐむぐと咀嚼して飲み込んでから「で、だ」と話を続ける。


「ぼくはつくづく嫌になった。国からのちょっとした協力要請をこれっきりの約束で引き受けたら、あれよあれよと祭り上げられて気が付けばこんな所まで同行してしまったんだから」


 とりあえず、吐き出したいことを吐き出し終えたらしい。

 俺は彼へと問いかける。


「ことが勇者への協力ということは、生半可な能力の持ち主じゃ勤まらないでしょう。実力を見込まれたのでは?」


「ある意味ではね? たらい回しにされてウチの学派に転がり込んだ仕事を恩師にたぶらかされて請けて……地の底から生還してみたら、ぼくが主だって取り組んでいたはずの研究が恩師だったじじいと、奴のお気に入りの弟子の名前で世に出ていたんだから」


「うっわあ」


 半ば予測はできていたが、やはりドロドロの争いが背後にあったようだ。

 そう、学問の世界もまた戦場よろしくが跋扈する魔境なのだ。

 この辺の機微は脳筋――おっと、健全な身体活動でのしてきているミロスラフにはぴんと来なくても仕方ない。


「ご同情申し上げます、カミルさん」


「……どうも!」


「その上でお聞きしたいんですが」


「今度はなんなんだい!?」


「勇者パーティーを抜けた後は、何をする予定です?」


「……」


「業界丸ごと相手取った喧嘩をするとして、勝算、あります?」


 カミルの表情が一気に渋面になる。

 痛い所を突かれた、と言わんばかりだ。


「さっきも言った通り、俺はただのミロスラフの友人です。だから、友人の仲間がむざむざ自爆しようとするのを黙って見ているのは、その、なんだ。気が引けるんですよ」


「……だったらどうすれば良いんだよ」


 カミルがぽつりと呟く。

 その声音には絶望感がにじみ出ていた。

 これが彼の、怒りで包まれた中身、核心なのだろう。


「乗りますよ。相談に」


「はぁ~。そりゃどうも」


「例えばなんですけど、学者さんって何をされたら悔しいんです?」


「知れたこと。研究の足を引っ張られることさ。……いや、権威に固執する手合いも居るか。ぼくからしたら気が知れないけどね」


「その口ぶりだと、権威にはそんなに興味がない?」


「ああ。本質的じゃないね。……ただ、記録を後世に遺すには木っ端のままじゃ不都合だけど。この通り、僕の成果も握りつぶされた。奴らの連名で出された研究にしたって、僕が言いたかった事は歪められている。世俗権力におもねったんだろうね」


「つまりカミルさんは、何はばかることなく研究に没頭出来て、その成果を後世に伝えられればいいと」


「完璧な未来図だ。学会から実質追放されたぼくには到底不可能だってことに目をつぶれば」


「……いや、どうとでもできません? あなた自身が偉人になっちまえばいいんだから」


「……へ?」


 カミルが硬直する。

 夜半の風が丘の草いきれをさらさらと鳴らし、俺たちの髪や肩を撫でていった。


「学者のあなたが勇者一行の旅に追いやられたっていうのなら、今の立場でしかできない方法でぶん殴ればいいんですよ」


「誰を」


「そりゃあ、カミルさん。あなたを舐めくさってる奴ら全員を、です」

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