第7話 暗黒の夜に星へ手を伸ばすということ
「勇者の仲間にしかできないこと、と一口に言っても具体的にはどうしたらいいってんです?」
カミルがわずかに身を乗り出して問いかけて来る。
やぶれかぶれな気持ちが、ひとまず前向きになってくれたらしい。
「うーん、この辺は俺に断言できる領域じゃないからなあ。ひとまず魔王を倒すのが勇者一行の大目的な訳じゃないですか。それに引っかけて何かできないか……」
「あ」
カミルのただでさえ大きな瞳が更に見開かれる。
何かしら思い当たるものがあったらしい。
「天文台だ……」
「ほう!」
「魔王とは極地――人類の生存圏の外――を統べる敵性存在だ。奴らは人間にはおよそ暮らせないような環境下に座すことも多い。例えば地の底、海の下――そして高山の頂」
「ですね」
「未到地を拓き観測所まで作ったなら、それは後世に残る仕事になる。あと研究上で優位も取れる」
「いいじゃないですか! ぶっ建てましょうよカミル天文台!」
「いやぁそんな~、命名には一考の余地がありそうだけど~!」
「まあまあ。それはともかく、どうです? 『こいつさえ退かせれば』みたいな場所に陣取っている魔王とか居ます?」
「……ある。今ある重要な記録がなされた観測場所との位置関係的にも、この上ない場所に座すのが一柱!」
「おお、うってつけだ!」
「そもそも、人里に近いってだけでその土地は天体観測に不向きなんです」
「初耳でした。そりゃまたどうして?」
「魔力だよ。知っての通り人の身には魔の力が巡っている――多寡には個人差があるけどね!」
「ふむふむ」
こりゃ長くなりそうだ。
俺は持参した蒸し菓子を食い、カップに新しい茶を注ぐ。
カミルは思考に没頭し始めた様子で、猛烈に喋り始めた。
俺に聞いて欲しいというよりは、考えをまとめる時に声に出すのが癖であるようだった。
なので、以下の一連の発言は、まあ、俺は適当に聞き流した。
「――故に人体は常に微弱な魔力を垂れ流している。そいつが生活圏の周辺一帯に溜まって――というか、人類由来の魔力残滓が集積・沈着している地帯こそが人類環世界、ひいてはそれ以外を『極地』あるいは最果ての地と定義している訳だけど――そいつが天体観測にとってはとんだ邪魔ものなんだよな。なにしろ魔力ってのは超自然現象――ああ、寺院の言い回しだと奇跡だっけ? ――の源だ。ただそこにあるだけでどこぞの誰かの詠唱ないし願いに反応して光の屈曲や変質を起こしてしまう。これは星ほど微かな光の観測には致命的だ。だから、天体の運行を観るなら僻地であればあるほど望ましい。そこいくと魔王討伐後の跡地に観測所を建てるって言うのは悪くない発想だぞ。魔王の権能はそれぞれ固有の魔力紋を持つが、それ故に当該魔王さえ取り除けば中和は比較的容易だし、それに……」
素朴な蒸しケーキを食べ終わる頃には早口の語りもあらかた終わったようだった。
元気そうで何より……。
けれども、ひとしきり呟き終えたカミルは不意に表情を曇らせる。
「けれど、実績もないぼくが天文台を作るったって、誰が賛同してくれるっていうんだ」
「学者さんの世界じゃどうかわかりませんが、勇者の仲間ってだけで世間的な信用は得られるのでは? ミロスラフは商業ギルドとも関係が深いし、資金を引っ張るあても作れるんじゃないかな」
「ふむ……」
「ならばこそ、です。ミロスラフに持ち掛けるんですよ、パーティー残留の条件に、そのちょうどいい場所の魔王の討伐を視野に入れることを」
「……取引しろっていうのか? 仲間相手に?」
「仲間だからですよ。冒険者のパーティーって、お互いの能力を持ち寄ってデカい仕事を成し遂げようって集まりな訳でしょ?」
「そうだね」
「なら、仲良しクラブになる必要はないですって。得るものに不足があるなら、まず腹を割って話し合って、進退はその先で決めたらいいんじゃないです?」
「ああ……なるほど……」
激情家が猫被ってると怖いんだよなあ、と俺はこっそり嘆息する。
不満を溜め込んだ果てに大爆発を起こし、その勢いで椅子を蹴って立ち去ることがままあるのだ。
この手の爆発は食らった側からすると寝耳に水もいい所なんだが、慌てふためいているうちに取り返しがつかなくなることも多い。
……小役人をやっていると、そうしたゴタゴタにはしばしば巻き込まれる。
ミロスラフの話から勘が働いたのもそのせいだ。
「論文の件も、ぼくの実績に繋がらない件も、勇者一行にははなから無関係だと思っていた。でも、そうでもない……みたいだね?」
「少なくとも、カミルさん。ミロスラフはあなたのことを『代わりなんて居ない』って言ってましたよ」
カミルが不意打ちを食らったかのように、ぱちぱちと瞬きする。
……ミロスラフの奴! 俺は心の中で天を仰いだ。
ねぎらいの言葉ってのは直接告げなきゃ意味ないだろうに。
さもなくば、さりげなく当人の耳に入るような形でこっそりとやるかだ。
つくづく腹芸から縁遠い奴だ。
俺の目の前に座す、学者の青年もまた同様なのだろう。
不器用な奴らだな~! 本当に!
◇◇◇
そこから先のカミルの行動は早かった。
酒場に取って返し、仲間たちの前で頭を下げる。
そして間髪を容れずに交渉を始めた。
説得材料は手元の世界地図、それに加えて彼自身が書き溜めた測量データで事足りた。
どうやらカミルの頭の中にはこれまでしたためた地形図がほぼほぼ収められているらしい。
郊外から盛り場に向かう間に論の組み立ても終えていた。
ちょっと、俺なんかとは頭の出来が違うなこりゃ。
「――こちらからの条件は以上だ。ミロスラフ、よくよく検討して……」
「いいよ!」
「検討してくれって言ったよね!?」
「――君たちも異論はないよね?」
ミロスラフが振り向いた先には、聖堂騎士のマティアスと傭兵のジェラニが卓についている。
二人もまた、即座に頷き返してみせた。
「いちばん重要なのは、カミル。君とまた冒険ができることなんだ。迷うようなことじゃないさ」
ミロスラフは事もなげに言い切る。
あれだけ多弁なカミルがぐっと言葉を詰まらせているのはちょっとした見ものだった。
かくして今宵の騒動もどうにか丸く収まった。
ああ良かった良かった。
それじゃあ俺はお節介やきもほどほどにして帰らせてもらおうかね。
……とばかりに退散しようと思ったのだが……。
廊下を歩く俺を追って、カミルがずかずかと歩み寄ってきた。
「ところでトマーシュさん」
「あ、はい」
「つまるところアンタはぼくと仲間たちとの対話不足をつついた訳だ」
「……そうなりますね!」
「その件で言わせてもらえば、ぼくなんかよりよっぽど深刻な奴が居るんだけど」
へえーそうなんですか。
では頑張って……。
後ずさる俺の服の袖を、カミルがすかさず掴んだ。
俊敏だな!
「今回のことでつくづく思い知った。ウチのパーティーは人間のアヤに関する問題を自力で解決する力を持たない。あるいは殆どないといって良いくらい作用が弱い」
「……俺にどうしろと?」
「聖堂騎士のマティアスの話を聞いてやってくれ」
「はぁ?」
「あいつのボンヤリ具合は尋常じゃないんだよ。こんな調子じゃ冒険行をこなすうちに仲間の誰かか、あるいは彼自身が死にかねない」
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