第25話 お利口たちが、利き手隠して握手する

 話は数日前に遡る。


「事業計画?」


「ああ。交渉のテーブルにつくにあたって、こいつがないことには始まらない」


 俺はカミルとジェラニの前で肯いて見せる。

 勇者一行の経済状況の確認をし終え、即座に彼らが逗留する宿に出向いたのだ。


 宿に併設のレストランで茶を用意してもらいがてら、俺は糊のきいたクロスの上に書類を広げてみせる。


「いちばん真っ当な段取りとしては、冒険者ギルドに協力を仰ぐことだろう。が、これは確度が低い。付き合いも浅いし、こちらから提供できるメリットも薄いからな」


「まあ、そうなるね……」


「だがよ。口ぶりからすッと、本命が別にあンじゃねェか?」


「その通り」


 ジェラニの問いかけに肯き返すと、俺は書類のうちの一枚を指し示す。


「ジェラニが言うところの『本命』は銀行だ。なにせ、あそこの仕組みづくりにはミロスラフが一枚噛んでいる」


「へ!? そうだったのか!!?」


「そうとも。ミロスラフ本人がどう思っているかは知らないが、これは相応に大きな貸しだ」


「……商人ッてのは、貸し借りに敏感な連中だ。借りを作りっぱなしじゃあ落ち着かないだろうな」


「少なくとも交渉の席につくくらいはしてくれるだろうな。で、その際にこっちが程よく、そして向こうにとっては少しだけお安く借りを返せるような条件を出せればどうにかなるかもしれん」


「しかし条件は慎重に詰める必要があるぜ。奴らにとっちゃ契約ってのは血や空気みてえなモンだ」


「ここら辺は曲がりなりにも文官仕事をやってる俺が立ち向かうべき領分だろうな……で、なんでこうして席を設けてもらったかというと」


 俺が切り出すと、カミルとジェラニは一瞬だけ顔を見合わせた。


「……どうせ、何かしらの頼みごとがあるんだろ? ジェラニはともかく、学者のぼくは金勘定には疎いから」


「俺ァ故郷じゃそれなりに商取引の現場にゃ居合わせてたが、ありゃ明確な売りモンがあったからなァ。――それに、金の貸し借りに利息は付きモンだ。そっちを返す当てはあンのか?」


「まさにその話をしに来たんだ。まず勇者一行が差し出せる対価について」


「とりあえず、金貨?」


「まあそうなるな。ただ勇者稼業って継続的な稼ぐ手段がない。魔王討伐って本質的には博打なんだよな……」


「ううむ」


「金貸しの側としちゃ、いざとなった時に回収できるアテのない資金は出したくねェわなあ」


「なので利息分を稼ぐあてを示さなきゃならん」


「まあ、順当に考えれば魔王討伐だろうね?」


「しかしそれは、不確実性リスクが高い。そして今や報いリターンもかつてほど大きくない」


 俺はカミルとジェラニの顔を順番に眺める。

 思った通り、二人は俺の言わんとすることを即座に理解してくれていた。


 聖堂騎士のマティアスにとっては魔王討伐に身を投じるのは献身の意味合いも強い。

 金銭に頓着していないミロスラフは言うに及ばずだ。


「なので、稼ぐ手段とまではいかないなりに、商業ギルドが投資する利点を示したい。今日二人に来てもらったのは、そこのところの協力を仰ぎたかったからなんだ」


◇◇◇


 そして、現在。


 冒険者ギルドを叩きだされた俺たちはその足で銀行を訪れ、融資の件を切り出した。

 今度は門前払いをされることはなく――しかし商業ギルドのいち施設に過ぎない銀行では判断ができないという回答を得る。


 幸いにして、数日後に権限を持つ人物と会う約束は取り付けられた。


 結果、俺たちは商業ギルド王都支部のとある執務室の前に立っている。

 ドアには金融部門のプレートが掛けられていた。


「――じゃ、道々みちみちに話した手はず通りに」


「わかった。……交渉事はトマーシュに任せる、だね」


「完璧だ。じゃ、行くぞ」


 俺とミロスラフは入室し、控えめな、しかし金のかかった調度の只中へと足を踏み入れた。


 出迎えたのは静かな笑みを浮かべる壮年の男性だ。

 白髪交じりの髪をこざっぱりと整え、立ち振る舞いにも品を感じさせる。

 佇まいに一切の圧迫感がない人物だった。


 商業ギルドの金融部門長と名乗った彼と段取りじみた挨拶を済ませ、交渉が始まる。


「こうして勇者様とお会いできるとは、光栄の至りです。して、私どもはどのような形で貴方様がたをお支えすればよろしいのでしょうか?」


「この度は融資のお願いにあがりました。我々の今後のためには、新たな拠点の整備が何としても必要だからです」


「今後のため……つまりは魔王討伐の?」


「そうなります。ですが、討伐を業務として捉えるとあまりに不確定要素の多いものであるのも事実。ですので、持続的な利益を生み足すための……」


「ひとつ、質問しても?」


「ええ、もちろん」


「勇者様がたは、お立場としては冒険者でもあります。冒険者向けの各種支援でしたら冒険者ギルドの領域と記憶しておりましたが……」


「先方には断られてしまいました」


 俺は冒険者ギルドとの交渉決裂について正直に認めることにした。

 この件については誤魔化す必要もない。

 ……それに、申し出から今日にいたるまでの数日間でこちらの動静を調査済みと思うべきだろう。


「ミロスラフは魔王討伐するにあたって、冒険者ギルドの支援を全くと言っていいほど受けていませんから」


「あちらの論理としては、手助けするに値せず……という訳ですか。いやはや」


「冒険者ギルドは相互扶助組織としての性質が強いですから」


 金貨と契約を絶対的な教条とするあなた方商業ギルドとは違って、と心の中で付け加える。


「王城のバックアップもあまり期待はできません」


「それはまた、何故? 王国唯一の勇者でしょう」


「歴代勇者の慣例がありますから、そう特別扱いもできません。今以上の待遇を引き出すのは困難ですね」


 俺の本業についてもご承知でしょう? と目くばせしてみれば、金融部門長は肩をすくめて返した。


「トマーシュさん、がそう仰るのならそうなのでしょうね」


(ここからだ)


 これから俺は、目の前の掴みどころのない男に『勇者ミロスラフ』を売り込まねばならない。

 手札は用意してきた。

 カミルのアイテム作成スキル、ジェラニの教養と指揮能力。


 それらを商業ギルドの流通網や護衛の必要性と組み合わせれば、利点は大きい。

 今や宙に浮いているひとりの勇者を盛り立てることに乗り気になってくれたら、こちらの勝ちだ。


 と、意気込んでいたのだが。


「そうでしたか……では、こちらを」


 金融部門長がこちらを向いたまま部下に手振りで合図を送る。

 俺とミロスラフの前に、蓋つきの箱が差し出される。


「――!!」


 しずしずと蓋が開かれる。

 箱には、整然と並ぶ金貨がぎっしりと詰まっていた。


「ひとまず、五千金でいかがですか?」

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