第12話 オレ馬鹿だからわかんねェけどよ、と傭兵は言った

 俺はすっかりジェラニと打ち解けていた。


 彼の出身地はここからはるか南の大陸だ。

 右腕に巻かれたバンドが目にも鮮やかに示している通り、高い地位に産まれついていた。


 彼はその地の、ある氏族長の息子として生まれ育っていたのだそうだ。

 しかし件の大陸は苛烈で豊かな自然環境と共に、地政学上、他国の横やりが入りやすい土地柄でも知られている。


 他国介入も絡んだゴタゴタによって氏族は消滅し、一族は離散したのだとか。


 【それはまた、大変なご苦労を】


 【なに、命が続く限り生きていくまで】


 できた人だ。

 勇者ミロスラフのパーティーにこんなにしっかりした人が居たなんてな。


 少し安心したよ、いやあ良かった。


 ……そう思ってミロスラフへ目くばせをしようとした。

 の、だが。


 勇者ミロスラフ、星読みカミル、そして聖堂騎士のマティアスまでが談笑する俺たちを眺めてぽかんとした表情を浮かべていた。


 どういうことだ? 


 【……何か遺恨が? 】


 俺が思わずジェラニへ問うと、彼は【まったく覚えがない】と堂々たる態度で答えた。

 ないこともなさそうなんだが。


「何があったんだよ一体」


 とりあえず俺はミロスラフへ話を振った。

 そろそろ呼び出された用件を知りたい所だ。


 折よく新しい酒と料理も運ばれてきた。

(というよりも店側が機をうかがっていたのだろう)


 俺たちはふたたび卓を囲む。

 ミロスラフはおもむろに今回の経緯について語り始めた。


◇◇◇


 今回の遠征の主眼は、魔王の討伐そのものではなく、その下準備にあたるものだったらしい。

 具体的には、魔王の座する山の頂に移動するまでのルートを見いだすことだ。


「つまりは迷宮ダンジョン攻略だね」


 燻製をもぐもぐと咀嚼し終えると、ミロスラフは事もなげに言ってのけた。


 ダンジョンとは、魔王の勢力圏に存在する重要拠点の総称だ。


「今回の魔王は知性型、というか殊更に高知能な個体だ。地下に掘りぬいた前線基地には罠が張り巡らせられていて」


「うへえ」


 悪意の塊のような話だ。


「これが機械式のトラップだったら鍵師を雇うのだけど、魔術で編まれた謎かけリドルのようなものが大半で」


「……そんなもん、手に負えるのか?」


「僕は無理。マティアスも途中までは善戦していた。カミルは食らいついていたけど最後の最後で『駄目。ここから先はバクチになる』と諦めた。――深部へ行くにつれて謎かけも高度化していってね」


「話に聞いていると、少なくともミロスラフの領分ではなさそうだな」


「そうだね。真っすぐ突っ込んでいって斬り伏せることなら得意なんだけどなあ」


 存じ上げております。

 と、彼が小遣い稼ぎにガーネット・ドラゴンを討伐した一件を思い浮かべながら同意する。


「……ジェラニはどうなんだ?」


「うーん……基本的に、あまり喋る方じゃないのもあるけど、黙っていることが多かった。ただ、最後の時だけは」


 カミルが降参した直後のことだったという。

 おもむろに立ち上がったジェラニが、突然すらすらと発言をしだしたそうだ。


 ただ、その内容というのが……。


『オレ馬鹿だからわかんねェけどよ、こっちのグネグネとアレ、……あーっと、なんだ、あのアレをジネって※〇△×して、☆☆■‡※~×▽□』


 とまあこんな調子だったのである。

 後半は、ミロスラフには聞き取りすらできなかったらしい。


 【なんでまたそんな言い回しに? 】


 【申し訳ないが、語彙が足りぬ。流れ着いてからは傭兵団に身を寄せ、身を立てておったが故。この国の言葉は彼らから教わるともなく聞き覚えたものだ】


 【ちなみに、いま話している言葉はどのように習得を? 】


 【外つ国との交流にあたって必要であろうと、親から与えられた書物にて】


 【なるほど】


 つまりこういうことだろう。


「オレ馬鹿だからわかんねェけどよ、(以下、知見を述べる)」

 ↓

【この分野は素人なのですが、(以下、知見を述べる)】


 ジェラニは下のような発言をしたつもりであるが、聞き手たちにとっては当然ながら上の言い回しで喋りかけられていることになる。


「――以後、ジェラニの発言についてはそこら辺を留意すればいいだろう。後で対応表カンペでも作っておいてやるよ」


「問題は込み入った専門的な話をする時だね……ジェラニの郷里の言葉を覚えるべきかな」


「まあそれも追々は選択肢になるだろうな」


 学生時代のミロスラフは、言語科目の点数がけっこう良かったっけな。


「ただ、当座の冒険時にどうするかが問題だろうが……」


 俺が腕組みをすると、カミルがおもむろに顔を上げた。


「待て。ジェラニは書物で外国語を学んだと言っていたんだって?」


 そうだけど。

 俺がうなずくと、カミルは携帯筆記具を取り出すと手元のナプキンに何か書きつけだした。


「おいおい」


「後で買い上げる! ――ジェラニ」


 カミルがジェラニへナプキンの文章を見せる。

 ジェラニは即座に二行目をさらさらと書き足した。


「よし!」


「何がだよ!」


「今のは有名な詩編の原語版だ。君らがさっき話していたのとは別の言葉だけど。古今東西の学術書は大概この言葉で翻訳されてるから、学者仕事をするならこいつを読み書きできなきゃ話にならない」


 彼らの手元を見て、俺も納得した。

 あーこれね。


「僕は読み書きまでで喋れないけど。ジェラニはどうかな、語圏としては彼の故郷とも近いから」


 ジェラニはにやりと笑うと、朗々とした声で一節ひとふしうたってみせた。

 良い声~。

 あと原語だとそういう踏韻なのか。


「込み入った話をするときも僕が居たら十分だ。筆談を交えればどうにでもなる」


「――なら、これで問題はなさそうかな」


 これにて一件落着。


「でよォ、ちっと俺にも話してェことがあるんだが」


 ではなさそうだ。

 俺たち全員の視線が発言者、ジェラニへ注がれる。


「話せる連中なのがわかッたから(……【ようやっと語る言葉を得たもので】と俺に言い置く)この際言いてェことがある――報酬についてだ」


 おいおいおい! まさかだろ。

 低賃金過重労働はいかん。


 なんかミロスラフも「やらかした」って顔をしているし! 

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