第13話 知恵は髪の毛のようなもの、どの人も自分のものをもっている

 話をまとめるとこういうことのようだ。


 ジェラニ・バルカは傭兵だ。

 その戦闘の腕を見込まれてミロスラフが雇用している関係だった。


 彼に関しては時間給が発生しており、他のメンバー、カミルとマティアスとは報酬体系が異なる。


「何か不備が……?」


 ミロスラフが極度の怯えをにじませながらジェラニへ問いかける。

 ジェラニは「ンな事はねェ」と否定した。


「よかったぁ~」


 ミロスラフは椅子の上で崩れ落ちている。

 お前どれだけ緊張しているんだよ。

 そんなに金勘定が苦手か。


 まあ苦手か……。


「オレが言いてェのは、カミルとマティアスについてだ」


「え、僕と?」

「私ですか?」


 急に話を振られたためだろう、二人とも手にした酒や食事をそのままに慌ててこちらを見る。


「お前ら、これでいいのか?」


 カミルがマティアスに目くばせする。

 話題を自分が預かって構わないかの確認だろう。

 マティアスも異論はないようで、大人しくうなずいている。


「――どういうことだ?」


「俺ァいいんだよ、時間給で貰ッてッから。だがお前ェ等は出来高だろ?」


 一応カミルが構えたペンとナプキンを使うまでもなく、ジェラニはすらすらと告げている。

 金勘定に関わる語彙は傭兵の業界用語ジャーゴンにも豊富らしい。


「ぶっちゃけたことを聞くが、お前ェら食ッていけてるのか?」


 押し黙るカミル。

 思わずマティアスの方を見ると、ふいと視線を逸らされた。


 嘘の付けない連中め……これまでの厄介ごと解決で散々理解はさせられていたが……。


「ミロスラフは領主サマでもあッから、その点は心配してねェが……」


「――」


 なんでお前まで視線を逸らすんだミロスラフ。

 この間まで預金も下ろせねえ有様だったからだなミロスラフ。

 俺は知ってたわミロスラフ、この店で支払いできずにお互い詰みかけたもんな。


 反応から連中の体たらくを正確に見抜いたのだろう、ジェラニが呆れ顔で言った。


貰えるモンは病気以外貰うモン働きに応じた報酬はあって然るべきだぞ……」


 ごもっとも。

 ――なんだか俺の心もシクシクと痛み始めたが。

 心か? 胃の腑かもしれん。


「とはいえカミルとマティアスにも褒賞は出たんだろ?」


 場を取りなすための俺の発言は、さらに重苦しい沈黙を呼んだ。

 いや、まさかだろ? 


「――褒賞は研究費に……あの時はまだ大学に籍があったから」


「総本山に寄付しました」


 さすが学者と僧兵! 浮世離れしてらあ! 


「じゃあ、どうやって生活費の捻出を?」


 興味本位で聞いてみた。


「実家からの支援……」


「私の暮らし向きですとお金はあまり使わずとも……」


 なるほどね。


「まあ頼れる拠点ホームがあるのはいいことだよな」


「……いや、いつまでも在るはわかんねェぞ」


 重い。

 戦乱で一族離散した人物の言と思うとクソ重い。


 俺も一家離散までは行きかけたが、族滅規模までいくと想像の埒外だ。


オレ馬鹿だからわかんねェけどよ部外者の自分が差し出がましいようですが、ゼニカネの話は王とキチンと詰めたほうがいいと思うぜ」


「――へェ~。そんなこと言っちゃうんだ。蛮族のキミが」


 突然、聞き慣れない声がした。

 とっさに戸口を見たが誰も居ない。

 そもそも、声は俺の背後からしたのだと遅まきながら気付いてそちらへ顔を向ける。


 肩越しに、窓に背を預けて男が一人立っているのが見えた。


 手入れの行き届いた黒髪を、敢えて無造作な形に整えている。

 つり上がり気味のまなじりと不吉なまでに紅い瞳の取り合わせが不穏だ。


 控えめだが洒落た服装で、しかし貴族筋の人間でないだろう、どこか堅気の雰囲気がしない。

 着けている装身具のせいだろうか。


 耳飾り、ペンダント、いくつかの指輪たち。

 どれも磨き上げた銀製だ。


 ……違和感の理由がわかった。

 あれらは護符や魔導具の類だ。

 かなり装飾的なアレンジが施されているが。


 つまりは、こうだ。

 キザったらしい出で立ちの男が、キザったらしく立っていた。


「いや、誰だお前。いきなり現れて」


「それはこっちの台詞なんだけどな? 誰だキミ。見るからに雑魚なくせして勇者の宴席にちゃっかり参加しちゃってさ」


 紅眼の男がと手を振る。

 手首を返し、虫でも払うように。

 ――すると、俺の座る椅子が不意に浮かび上がった。


「おわあ!?」


 振り落とされないよう、慌ててひじ掛けにしがみ付く。


「ヴィンス! やめてくれ!」


 ミロスラフが声を挙げると、ヴィンスと呼ばれた紅眼の男が肩をすくめる。

 彼がふたたび手を振ると、椅子が音を立てて落下した。


 俺? 俺はその衝撃で転がり落ちて、したたかに脇腹を打ったさ。


「ぐえっ!」


「ふは」


 あの野郎、鼻で笑いやがった。

 誰のせいで潰れた蛙のような声を出す羽目になったと思ってやがる。


 俺がその場から立ち上がろうとしている間に、椅子はするすると横滑りに移動する。

 収まる先は例の黒髪紅目の男の元だ。


 彼は悠然とした所作で、元は俺の席だった椅子に腰かけた。


 初対面でなんだが、既に俺はこの男のことが嫌いになりつつある。


「でまあ、ジェラニ? 長年必死こいて北上してきた蛮人が、随分わかった口をきくじゃないか」


 訂正。

 俺、だいぶ嫌いだわ。

 あの黒髪紅眼野郎のことが。


「あんたは知らんだろうが、彼は……」


「ああ、南方大陸に住まう蛮族の長が一子、『祝福されしジェラニ』だろ?」


「――知っていたなら……いや、立場はこの際関係ない! 少しは他人に敬意を持ったらどうなんだ」


「敬意? 俗語まみれでくっちゃべる蛮人傭兵に? で、そっちの学者は承認欲求こじらせてパーティーを抜けるだなんだとグダグダ騒いで、そこの聖騎士は報告連絡相談も満足にやれないでくの坊。……? 藪から棒に現れて、さも価値のある提案をしたとでも思ってるのか?」


「――ッ!」


 危ない危ない。

 もう二度と使うまいと誓った罵倒表現の数々が口をついて出そうになった。


 この場で言うべきことは他にある。


「あんたも、勇者一行の仲間なんだろ?」


 類推だった。

 ミロスラフを始めとした面々が、誰ひとり彼がこの場にいることを咎めないことからの。


「ふはっ、仲間、仲間ねえ……このカボチャ共と同列扱いされるのは業腹なんだけど? そもそもこんな座組パーティーに意味なんてない」


 黒髪紅目――『ヴィンス』と呼ばれていたか――は立ち上がると、つかつかとミロスラフの元へと歩み寄る。


「ヴィンス……どうして君はそう誤解を生む言い回しばかり……」


「あのさあ、ミロスラフ。君のその甘さは美点でもなんでもないよ?」


 椅子の背ごしにミロスラフの両肩に手を置くと、こんこんと言い聞かせるように告げた。


 随分な言い様だな、おい。

 そう思って周囲を見回してみるが、どうも他の面々の反応は歯切れの悪いものだった。


 カミルは頬杖をついてそっぽを向き、マティアスは真っすぐ腰かけたままだが良く見ると視線をどこか遠くに飛ばしている。

 ジェラニは、といえば特に頓着した様子もなくむしゃむしゃと酒と食事を摂っていた。


 ――その様子からは、状況に対する嫌な意味での慣れが漂っていた。


「いい加減認めるべきだ。魔王討伐には勇者ミロスラフ、君一人さえ居ればいいってことを――ああ、勿論この魔法使いサマの後ろ盾があればこそだけどね? 大前提だよ、そこは」

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