第二章 ただの友人から金庫番へ
第14話 招かざる奴、宴席に居座る
「大魔法使い~?」
口をついて出てしまった呆れ声にも構わず、紅眼男はニヤニヤと笑う。
片方の口の端だけを上げた、左右非対称のうさんくさい笑みだ。
彼は尚も、ミロスラフへ話しかける。
まるで同席している他の面々なぞ最初から存在しないかのように。
「そろそろ、いい返事をくれてもいいんじゃないか? 二人で組めば魔王討伐なんて軽いもんさ」
「ヴィンス。君には王城での勤めがあるじゃないか」
「――なに、あんなジジイの警護なんて人形でも置いておけば事足りる」
「またそうやって無茶を言う……」
……なんだか随分と親しげだな。
「なんでそうつれないんだよ! 親友だろう!?」
「役目は役目、私生活は私生活だろ? いいから君も食べよう。せっかくの料理がぬるくなってしまう」
えっ、親友発言を否定しないのか。
なんか……いや別にいいんだが……旧友の人間関係が悪趣味なのを目の当たりにしてしまったというか……。
「このヴィンチェスラフ様がこれだけ言ってやってるというのに……なんだこの安酒。相変わらず設備に全振りで食事の質は今三つだね、この店」
ん?
えっ、コイツってあのヴィンチェスラフ?
宮廷魔導士次席のヴィンチェスラフ・スメラークか?
式典などで遠目に眺める機会はあった。
が、きっちりと撫でつけた髪と、何もかもがつまらないとでも言わんばかりの能面じみた表情の印象しかない。
あの目立つ紅眼も、日光過敏だとかで特別に許された色付きレンズの眼鏡の向こう側に隠されていたようだ。
思わず同席した面々、カミル、マティアス、ジェラニの顔を順番に見ていく。
三人とも無言でうなずき返してみせた。
本物か……うわーマジか。
勇者の交友関係というのは、やはり華やかなりしもののようだ。
宮廷魔導士次席があそこまで熱心に――いささか言動に問題はあれど――接しているのだ。
勇者にとって、これ以上の後ろ盾もそうはないだろう。
力ある魔導士というのは貴重な人材だ。
ざっくりした試算だが、十年に一人の逸材と一個師団がだいたい同じ武力を持つ。
そのため、魔法学とそれを学ぶ者は国家の手厚い保護下にある。
力ある魔導士をどれだけ召し抱えているかは、国力とも直結する重大事だからだ。
今目の前で飲み食いを始めた黒髪紅眼のヴィンチェスラフは、そんな魔導士の頂点。
国防上の最重要人物のひとりだった。
役職に『次席』と付くのは、彼があまりに若すぎるためだ。
……そして師匠筋である現・宮廷魔導士を慮った人事でもあるというもっぱらの噂だ。
実力はとうに越していると語るものすら居る。
流石に誇張だろうとは思うが……宮廷魔導士のご老人も、彼は彼で三百年にひとりと名高い人物だ。
ヴィンチェスラフがその域に達するにはあと数十年の研鑽が必要だろう。
まあその、魔導士界の俊英とも百年に一人の天才とも言われる人物がこんな性格最悪野郎なことも目の当たりにした訳だが。
でもこれは、才に秀でた人物としては正直「あるある」だ。
下手に飛び火して不快な思いをする前にさっさと帰るのが賢い行いだろう。
と、理性は告げている。
踵を返して出ていくべきだと。
だが、本当に、理屈を上手く言葉にできないのだが。
俺は給仕に向かって「追加の椅子を」と要請していた。
部屋の隅で控えていた彼は慇懃な表情のまま、しかし足早に手配へ向かう。
カミルとマティアスが自らの椅子を動かして空間をあける。
そこへ設置された椅子を給仕の青年が引き、こちらに向かってかすかにうなずいて見せる。
俺はゆったりとした足取りで向かい、腰かけて、居住まいをただす。
グラスに手を添えると、給仕よりも先にボトルを手にしたジェラニが俺の手元の杯を満たしてくれた。
今の自分は理屈に合わない行動をしている。
きっと、好き好んで危険に飛び込むような手合い――冒険者とここしばらく交流を持ったせいだろう。
向こう正面のミロスラフは、こちらを見てかすかに笑った。
かといって、それ以上なにができるというものでもなく。
俺は黙々と食事し、時おりカミルの研究の進捗について話し、マティアスと寺院の子供たちの近況に耳を傾け、ジェラニのこれまでの旅路について請うて語ってもらった。
その間、ヴィンチェスラフはミロスラフと熱心に談笑していた。
こちらのことは一貫して無視している。
俺の行動を挑発と受け取られずに済んだのはある意味助かったが……。
流石に宮廷魔導士のナンバー2に喧嘩を売ったとなれば洒落では済まない。
しかしまあ、俺の立ち位置ってなんだろうね?
というのは我ながら思う。
ヴィンチェスラフからしたら、こんな奴が紛れ込んでいるのは快不快以前の問題だろう。
俺はただの、ミロスラフの学生時代の友人だからだ。
それ以上でもそれ以下でもなく。
ただ、行き掛かり上、勇者一行である彼らとも関わりをもったというだけだ。
「まあでも、『いつでも話を聞く』って言っちまったからなあ」
独り言に反応して、カミルがこちらを向く。
「ん? トマーシュ、何か言ったか?」
「いいや、なんでもない」
俺は手を振って笑って見せた。
そしてこう続けた。
「次は迷宮攻略に再挑戦するんだろ?」
「ああ、そうなるね」
カミルは肩をすくめて返す。
そして見えない位置で、ミロスラフの隣席――ヴィンチェスラフを指さす。
言外に『彼の横やりさえなければ』と示す彼に苦笑を返す。
「出立は?」
「ミロスラフ次第だろうけど、そう先の話じゃないだろうね」
「そうか」
「トマーシュ?」
「いや、なんでもない」
俺はカミル、マティアス、ジェラニの杯に順番に酒を注ぐ。
そして自分の杯にも注ごう――とした所で、ボトルを横合いから奪われる。
「僕としては、君が居残ってくれて心強いよ。そこの口下手ふたりの分も含めて礼を言わせてくれ」
そう告げたカミルがどぼどぼと酌をしてくれる。
俺はうなずき返すと、改めて杯を掲げた。
「勇者一行の健闘を祈っている。――良かったら、また土産話を聞かせてくれ」
「「「応!」」」
急な大声に反応したのか、ヴィンチェスラフがこちらをちらりと見て、すぐに視線を戻す。
ミロスラフは俺たちの乾杯に合わせ、手元のグラスを軽く上げていた。
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