第3話 金策禁止!預金引き出し大作戦
ワープゲートの繋がる先は、岩山の頂上にほど近い地点だった。
振り返ると視界のはるか下で雲海が強風にあおられて渦を巻いている。
俺たちは岩や石の転がる山道を登り始めた。
「こんな所まで付いてこなくても良かったろうに」
「俺には俺の考えがあるんだよ」
ミロスラフの足どりに置いてかれまいと、俺は必死について行った。
彼が気遣わしげに振り返る度に「心配ない」と言わんばかりに手を振ってみせる。
ミロスラフは前夜に会ったままの街着姿だ。
ただ、白と青を基調にしたロングコートに
これが唯一彼の身分が高位の冒険者であることを示しているといえた。
かと思いきや突然ミロスラフの手元が輝きを放つ。
次の瞬間、彼の片手には流麗な装飾の大剣が提げられていた。
「なんだ今の!?」
「いや普通に
「ああ、勇者にのみ許された特級魔法? だっけか……」
「なければないでどうにでもなるけど、まあ便利なものだよ」
「そうかあ」
そうこうしているうちにも、風は強まっていく。
山頂近くではとうとう渦を巻き始めた。
周囲の空間はかき乱され、舞い上がる砂埃で視界が悪化する。
……不意に、砂塵の向こう側に、とげとげしくも巨大なシルエットが浮かび上がる。
「ギャシャァーッッッ!!!!」
次の瞬間、風を切り裂きながら四足歩行の巨大な竜――
「――! トマーシュは下がっていてくれ!」
ミロスラフが一歩進み出て大剣を構えた。
俺は彼の指示に従って手近な大岩の陰に飛び込む。
竜と勇者の一騎打ちに巻き込まれるのはどう考えても危険だ。
加勢? 無理無理。足手まといにしかならないだろう。
――ギャリン!
俺の背後で、鋼同士がぶつかったかのような耳障りな音が立った。
恐る恐る岩陰からうかがい見る。
前腕を振りかぶるガーネット・ドラゴンと、身の丈ほどもある剣を振るうミロスラフ。
対峙する両者が真っ向から打ち合っている最中だった。
ドラゴンは長大な尾や首を振りたて、牙を打ち鳴らしながら襲い来る。
しかしミロスラフも一歩も退かない。
巨竜の懐深くもぐりこみ、素早い動作で翻弄しては隙を見て斬りつけるのを繰り返す。
彼の表情は落ち着き払ったもので、剣筋にも力みはない。
なのに、一太刀ごとにガーネット・ドラゴンの石のような鱗が爆裂したようにはじけ飛んでいた。
そしてとうとう、ミロスラフの剣が石灰色の腹を切り裂く。
「ギャアァァァァアァ!」
我を忘れて暴れまわる竜の頸を白刃が捉えた。
絶叫。
血煙が風に巻かれて舞い上がる。
風が止み、土煙が晴れた。
そこには暗赤色に輝く、巨大な骸が横たわっている。
傍らに立つミロスラフは返り血ひとつ浴びていなかった。
俺たちは討伐の証である牙と爪を持って王都の冒険ギルド本部へ赴く。
粛々と手続きが完了し、銀貨と金貨がぎっしり詰まった袋がミロスラフの手元に収まった。
「――さ、遅ればせながら昨日の飲み代を支払うよ。立て替えてくれてどうもありがとう」
「いや、こちらこそ迅速な支払いをどうも。……で、だ、ミロスラフ」
「なんだいトマーシュ」
「ちょっとお前の生活態度について話がある!」
「ええっ」
なんか『僕なにかしちゃいましたか』の顔をしているが関係ねえ!
今をときめくS級勇者がしていい暮らしじゃないだろ。
俺は改めてミロスラフを自宅に引っ張って行く。
「お前な、今までも金が足りなくなってはこんなことしていたのか?」
「たまにだよ、たまにドラゴンやベヒモスを倒すくらいで」
「やってたんだな」
俺は念押しした。
ミロスラフはうなずいた。
やってんじゃねえか!
「いくらお前が強かろうと事故は起こるだろ……お前、この国唯一の勇者がこんなことでうっかり死にでもしたら大ごとだぞ」
「そりゃ、そうかもしれないけど」
それにつけても、こんな状況に陥った原因はただ一つ。
彼の字が汚すぎることのみなのだ。
まったく気に食わない。
好んで危うい真似をしているなら俺の出る幕はなかった。
だがあの夜のミロスラフは、現状を心底恥じている様子を見せている。
「……よし、銀行から金を引き出すぞ」
俺が重々しく言い渡すと、ミロスラフは目に見えて動揺した。
「てて、手習いのやり直しってことなら」
「それは、しなくていい」
俺が言い切ると、ミロスラフはぽかんとした表情でこちらの顔を見てきた。
「お前の性格上、できる努力はすべてしてるのは想像できるからな。それで駄目なら、本当にお前にとっては酷く難しいことなんだろうさ」
「いや……でも……良い大人が字が書けないからって……」
「問題は預金引き出しの時の署名なんだろ? そのくらい、いくらでもやりようはあるさ」
「……どうにかできるのか?」
「お前ね。世の中には色んな奴が居るんだよ。んで、誰も彼もが意外と胸張って生きてるもんさ。だからなミロスラフ」
「な、なんだい」
「抜け道や迂回路を探すのは悪いこっちゃないぜ。確かお前の――」
俺は椅子を引くと紙とペンを取りに行く。
ちょうど今朝見た夢がきっかけで、思い出したことがあった。
あれを使えば勝算は十分にある。
◇◇◇
その建物は形作るすべてが真新しく、そしてデカかった。
青銅に金字で記された看板にはでかでかと『銀行』と記されている。
商業ギルド肝いりの施設だけあって、気合いの入り方が違った。
「景気の良いこった……」
「まあ、面子が大事な人たちでもあるからね。……それにしてもトマーシュ、本当に大丈夫だと思うか?」
「手はず通りにすりゃ問題ない。ちゃんと練習もしたろ?」
「練習というか……でっち上げたというか……」
「その『でっち上げ』のことを、普通の奴は『ちゃんとやりました』って言い張ってるんだよ」
そう伝えて、俺はミロスラフを伴って重い扉を開け、鏡のように磨き抜かれた床の上を歩きだす。
……遠い!
向こう側のカウンターまでどれだけ歩かせるつもりだ?
「こんなにデカい上物を建てる必要あったのか!? うわ、あそこの鉢植えは南方の植物だ」
「面子が……ね……」
「それにしてもミロスラフ。お前やけに関係者じみた口ぶりじゃないか?」
「システムの設立に少しだけ絡んだからね」
「は!?」
「といっても、アイディア出し程度だよ」
開いた口がふさがらない。
そんな俺をよそに、ミロスラフがカウンターへ歩み寄る。
「預金の引き出しをしたいんだけど」
ミロスラフが声をかける。
受付係の男は疑わしげな様子を隠そうともしない。
「はぁ……個人で口座を? あんた商人か?」
「いや、冒険者です」
「ハハハ、冒険者! ――ああいや、確かに当行へ口座を作るのは全ての財産を持ち歩くよりは賢明な判断でしょうな。して、お名前は」
「ミロスラフ・ハヴリク」
ミロスラフはコートの襟を引き、
直後、身なりの良い金縁眼鏡のオッサンが転がらんばかりに駆け込んでくる。
「ミミ、ミ、ミロスラフ様!」
「やあ支店長さん」
「以前も申しました通り、当行にご用命の際は私の名前を出していただければ……!」
「いや、ただ預金をおろすだけだし、それも大した額面じゃないし」
泡を食った支店長の前で、ミロスラフは何かいけなかっただろうか? という顔をしている。
お前、そういう所だぞ。
と、思ったが俺からとやかく言うことでもないので黙っておいた。
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