第37話 就任、勇者ギルドのギルドマスター
ヴィンチェスラフがオフィスに乗り込んできた。
奴は開封済みの手紙を振り回して言う。
「勇者ギルドってどういうことだい!?」
来て早々にやかましい奴だな。
「言葉通りの、勇者を中心に構成した
「……ふーん。上手く取り入ったな」
「お前も入る? ミロスラフは『ヴィンスさえ良ければ是非』と――」
「入る」
即答だな。
「念のための確認だが、王宮所属の魔導士って掛け持ち可か?」
「そんなら顧問とか相談役とか適当な役付きにしといて」
「いいけどよ。……じゃ、顧問魔導士ヴィンチェスラフ殿、今後ともよろしく」
俺は引き出しから小箱を取り出し、奴へ差し出した。
ヴィンチェスラフは中身を摘まみ上げ、ためつすがめつ眺めている。
「これ、全員分作ったの? 随分張り込んだね」
「冒険者ギルドと提携している工房に依頼できたから性能も申し分ない。まあこういう所にはケチるべきじゃないだろ」
ヴィンチェスラフの指先で、小さなバッジがきらりと光る。
灰がかった柔和な銀色をした希少金属と黄金製。
星空の意匠で、最も大きな星には魔石が象嵌されている。
こいつが勇者ギルドの証だ。
冒険者徽章にできることは全て実行可能になっている。
独自機能もあれこれ盛り込んだらしいが、ここはカミルやジェラニが熱心に工房の主と話し込んでいたので専門外の俺にはよくわからない。
ヴィンチェスラフは早速襟元に勇者ギルドの証を着けてご満悦のていであった。
「君の分は?」
「内勤の俺には過ぎた代物だよ」
「……ふーん?」
ヴィンチェスラフが眉根を寄せて首をかしげてみせる。
意図が謎だ。
俺は適当に流して、席を立つ。
「ギルドの一員にもなったことだし、拠点を案内しようか。時間は?」
「問題ない。全休もぎとってきた」
俺はドアを開け、両脇に控えるごつい護衛達の姿にやや怯んだ。
「うお……っと」
「ああ、問題ない。そこらの立ち木とでも思っといてくれ」
そりゃちょっと無理がないか?
俺が会釈すると、護衛の面々も無言で礼を返してきた。
「で、ここが食堂。主な使用者は俺ら勇者一行だけど、村の人たちも結構利用している」
長机が並ぶ広間の間を縫って、壁一面をくり抜いた窓から向こう側を覗きこむ。
そこでは数人の人々が鍋をかき混ぜたり、かまどの火加減を確かめたりと忙しく立ち働いていた。
俺は炊事場の責任者――郊外の家のおかみさんに挨拶する。
「あれ、トマーシュさん! 昼ご飯はまだ作ってるところだよ」
「新入りの案内中なんだ。今日のメニューは?」
「粥と、菜っ葉の漬けたのと、沼蛙の揚げ焼きしたのだよ。ソースは照りのある甘辛い奴」
「やった」
おかみさんは「昼の鐘が鳴ったらまたおいで!」と告げて仕事に戻る。
「随分と仲がいいんだね」
隅っこで縮こまっていたヴィンスが言う。
「なんだお前、人見知りか?」
「はァ? 初対面の人間が苦手なだけだ」
それを人見知りっていうんだよ。
俺は憤然と廊下へ出ていくヴィンチェスラフと護衛たちの後を追う。
「ああ、ちょっと止まってくれ。こっから訓練所……というか中庭に繋がるから」
俺が外に通じる木戸を開くと、穏やかな陽光がぱっと差し込んで来た。
目が明るさに慣れる頃、目の前を子供たちが隊列を組んで横切って行く。
先頭を行くのはシュカだ。
「じゃあ、つぎはドラゴンたいじごっこ」
「はい隊長!」
「ねえねえタイチョー、お話して」
ひときわ小さな子供がシュカの服の裾を引っ張っておねだりをする。
「……あとで、ね」
シュカはたっぷりもったいぶってみせてから、ニヤリと笑って答えていた。
ほのぼのとした思いで眺めていると、ヴィンスが俺の袖を引っ張って問いかけてくる。
「アレが例の子供? 精霊と世間話気分で交信してるっていう」
「そうだが?」
「……あのまま何も知らないまま生きていかれたらいいね」
俺が振り向くと、ヴィンチェスラフは子供たちの姿を、まるで眩しいものかのように目を細めながら見つめていた。
いつまでも、いつまでも。
……そして訓練帰りのマティアス、ジェラニ、そしてミロスラフの三名がやってくるや否やあっという間に近づいていく。
「やあミロスラフ! このヴィンチェスラフもギルドに加わってあげたよ」
「ヴィンス! どうもありがとう、君が加わってくれて嬉しいよ」
「そうだろうとも」
ヴィンチェスラフが肯いてみせている。
その横をマティアスとジェラニが談笑しながら通って行く。
「――それじゃあ僕も着替えてくる。昼食もここで食べていくだろ?」
「え、あー……君らが来るなら」
「それじゃあまた後で。トマーシュも来るだろ?」
「蛙の甘辛ソースを食べ逃す手はないな」
「そりゃ楽しみだ! じゃあ、食堂でね」
ミロスラフは何故か俺の目を見て、念を押すように告げてから立ち去っていく。
「――また財布でも落としたか?」
「君ってさあ……」
「?」
「教えてやる義理はないな。自分で考えれば?」
なんなんだ?
そういえば、先ほどのマティアスとジェラニも俺の顔を見てから何事か囁き合っていた。
知らず知らずのうちに、何かしでかしていたのだろうか?
――これはまずい。
もしやあの一件か!?
◇◇◇
「すまん! 責任は俺にある!」
食後のお茶が始まった直後、俺は勇者一行の面々の前で頭を下げる。
「へ? ……えっ、と、トマーシュ、いったい何の……」
「使途不明金が出ていた」
「「「「ええっ!?」」」」
「――詳しく聞かせてくれ」
驚愕する一同と、冷静に告げるジェラニ。
俺は肯き返すとこの短時間ながら確認した事項を彼らに包み隠さず報告する。
「
「そ、そうだね」
ミロスラフの目が泳ぐ。
「それはともかく、その支払額と金庫に収められた額面に齟齬が出ていた」
「あっ」
カミルがなにかに気付いたように声をあげる。
「調べてみたら記録上の討伐数と実際の支払い額に齟齬があった。……入金時点に中抜きされていたとしか思えない。が、お前たちからしてみたら、俺が懐に入れたのと区別はつかないだろう」
「えーと、トマーシュさん」
マティアスが声をかけてくれる……が、情けは無用だ。
「責は受ける。こんなことになってしまって、本当に済まないと思っている。だがまだ俺の声に耳を傾けてくれるなら、これだけは信じて欲しい。俺は断じて皆の金を浪費や賭け事に使ったりは――」
「落ち着け」
「ぐえ」
いつの間にか俺の隣に立っていたジェラニに、首根っこを捕まれて強制的に身体を起こされた。
ぽかんとした表情で俺を見つめる勇者一行。
ヴィンチェスラフが笑いをかみ殺しながらカップを口に運んでいる。
「トマーシュ……」
ミロスラフの申し訳なさそうな顔が胸に痛い。
俺はこの次にかけられる慰め交じりの叱責を、首を垂れて待つ。
「ごめん、その金を使ったのは僕らだ」
「……なんて?」
「どうしてもトマーシュには内緒にしたくて……端数だからいいかなって」
「……まず整理しようか。報奨金の中抜きは、ミロスラフ、お前たちが主導して行ったということだな」
ミロスラフは『
「使途は? 遊ぶ金欲しさか?」
今度は『
「と、ともかくこれを見てくれ!」
ミロスラフが差し出したのは、見慣れた様式の小箱だ。
右手をさまよわせていると、ミロスラフのみならず周囲の皆が次々と肯き返してみせた。
カミル、マティアス、ジェラニ、なんとあのヴィンチェスラフまで。
俺は意を決して小箱を手に取る。
蓋を開けると、布の内張りを施した上に、小さなバッジが収まっていた。
柔らかな銀色の空には
それに寄り添う星々は――五つ。
ミロスラフがおずおずと言う。
「言い訳めいてるけど、トマーシュは証を作る時に自分用を固辞していたろ? でも、僕らとしては、そんなことはどうしても我慢ならなくて……」
カミルが小柄な身体をふんぞり返らせて告げる。
「トマーシュが居なきゃ、勇者一行は始まる前に終わってた」
マティアスが背筋をぴんと伸ばした座り姿で述べる。
「私もこんな風には話せなかったでしょうし……」
ジェラニがどっかりと隣席に腰かけて、ニヤリと笑みを浮かべる。
「お前なしじゃ話せもできねェってんなら、オレこそがそうだった。【なあ、我が友よ?】」
「ええと、なんの話……?」
呆然と彼らの言葉を聞いていた俺がようやっと言葉を絞り出す。
ミロスラフは笑って、こう言った。
「トマーシュ、君さえ良ければ勇者ギルドのマスターになってくれないか?」
――俺みたいな小役人に何をさせる気だよ!
危うく叫びかけて、ぐっと言葉を飲み込む。
俺はほとんど恐怖にかられていた。
ひざの上で両の拳が震えている。
言うべきではないことばかりが後から後からこぼれ落ちそうだ。
世間じゃ俺は負け犬で、それは御家騒動で実家が没落したためで、――でもそれは俺なんかにはどうしようもないことだった!
仕方がないから下を向いて生きていたんじゃないか!
それを今更、日の下に引きずり出すような真似をするなんて止してくれよ。
こめかみがどくどくと脈打ち、口の中がカラカラに乾く。
俺はもつれる舌で断りの文句をどうにか組み立てようと――
――かつん、
と、陶器の打ち合わさる音がした。
ヴィンチェスラフが茶器を置いた音だった。
「ミロスラフの突飛な着想は、誰かが形にしなきゃならないんだよ」
あきれ顔のまま、尚も言葉を続ける。
「そんな面倒ごとをわざわざこなす奴が他にあるか?」
俺はたまらず口を挟んだ。
「お、俺はただの小役人で……」
「うん。立派な仕事だ」
ミロスラフはただ肯く。
「苦労して入った王立学院も退学して……」
「あの時は寂しかったな。連絡先も知れなかったから」
ミロスラフが、かつての級友が、俺の存在を惜しむ。
「俺は、地位も名誉も失った没落貴族に過ぎない」
「君の価値には、なんの関係もない」
勇者はそう断じた。
尚も逡巡する俺の目を真っすぐにとらえ、ミロスラフは告げる。
「断るなら、断ってもらってちっとも構わない。でも、僕の友人を貶める意図からなら……いくら君の言葉でも見過ごせない」
「俺でいいのか?」
「君にしか頼めないと思っている。なあ、皆?」
勇者とその仲間たちは、顔を見合わせ、神妙な顔で肯いている。
そうか。
そうだな。
勇者を実務面で支える役回りは絶対に必要だ。
そしてこれは、俺にしかできない仕事のようだった。
少なくとも今のところは。
「……本業掛け持ちの、無報酬でよければ。じゃないと立場上ちょっとマズい」
直後、俺の周囲が歓声に包まれる。
「もちろん! ――あらためて、よろしくギルドマスター」
友と俺は、拳を打ち合わせ、声を上げて笑った。
◇◇◇
――こうして、俺ことトマーシュ・クラシンスキーは勇者ギルドのマスターとなった。
没落貴族から、勇者を支える立役者へ。
俺の人生の、新たな幕開けだった。
その先に待ち受ける荒波の数々について触れるのは、また、次の機会に。
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