第36話 再戦二連、ギルドとの折衝

 冒険者ギルド王都支部にも応接室があったらしい。

 俺は無骨な調度に取り囲まれ、支部長と対面している。


 この間はカウンター越しに追っ払われたのに比べると、随分と対応が良くなっている。


(そりゃ当然か)


 今回は向こうのやらかしに関しての折衝だ。

 そりゃ礼を尽くした対応にもなるか。


 支部長は卓上に拳をつけ、頭を下げていた。

 女性のつむじを延々と眺める趣味はない。

 俺は彼女に声をかける。


「あの……顔を上げてください」


「――この度はッ、大変ご迷惑をおかけ致しました……ッ!」


 今のって謝罪の言葉だよな? 籠る殺気がすさまじい。

 とはいえこれは俺や勇者に対するものというよりは……。


 支部長はがばりと顔を上げた。

 片眼鏡のレンズが照明を受けてぎらぎらと光る。


「ポハードカにおけるA級冒険者一行の独断専行は、全て我らギルドに責があります」


 身内と、そして彼ら彼女らを守り切れない自分への憤りのようだった。


「独断専行と言いましたか?」


「――ッ、ああ。弁解じみているが、その通りだ。スナーフ一行に命じたのは、あくまで狩場の調査まで」


「というよりも、示威行動でしょう? 勇者一行に精神的な圧迫を仕掛けたかった。そして、実際の行動はそれに留まらなかった」


 支部長が言葉を詰まらせ、忌々し気に呟く。


「だからアタシは反対したんだ……」


「どうも、冒険者ギルドも一枚岩ではないご様子ですね」


 彼女は力なく肯いた。

 素直な人だ。


 いみじくも支部長自身が先日話した通り、冒険者ギルドは互助組織だ。


 冒険を生業とする者はどうしたって立場が弱い。

 何故なら定住者とはなり得ないからだ。

 ギルドの役割は、彼ら彼女らの身分保障と食い扶持の確保だ。


 この筋道で考えればポハードカに目を付けた理由も明白だ。


 魔王級に届くかのような魔物の群れを生む瘴気だまりが発生したのだ。

 しかも、これといった産業の無い村のはずれに。


 ポハードカ村にそんな奴らの討伐代など出せるはずもない。

 ……ならば便利な狩場として利用してやろう。


 恐らくはギルド上層部の『誰か』がそう考えた。

 スナーフはその『誰か』の意向を踏まえて行動していたと考えるのが自然だ。


 あの日スナーフが受けていた裏の、もしくは真の指令は恐らく『あのがどれほどの価値を生むかを実地で確かめろ』というものだったのだろう。


 が、その目論見はミロスラフが粉砕した。

 してしまった。


 その責任は支部長が、そして当然ながら実行者たるスナーフが負う。


 ……といった絵図なのかな? 

 まあ当たらずといえずと遠からずだろう。


「ところで、我々の側の話も聞いていただきたいのですが」


「……なんなりと」


 奥歯噛み締めながら言ったなこの人。


「まあ、そう固くならず。――我々並びにミロスラフの意向としては、ことを荒立てるつもりはないです」


「……」


 支部長の眉間のしわが薄くなる。

 居住まいをただし、改めてこちらに向きなおった。


 やっと、話を聞く体勢に移ってくれたか。

 俺は内心で安堵しながら話を続ける。


「ただし、条件があります」


「……で、しょうね。我らに突っぱねる選択肢はありません」


「いや? 何もそちらに賠償を要求するとか、そんな話ではありません。俺、並びにミロスラフにとっても、それは特に求めるものではない」


「う、うん?」


 支部長は、こちらの言葉をはかりかねているようだ。


「ただ、そうですね。便宜を図っていただきたい」


「なるほど……」


 やらかしを闇から闇に葬るために、どんな対価を吹っ掛けられるやら。

 そんな心の声が聞こえてくるようだった。

 俺は身構える支部長に、こう告げる。


「――今度、を立ち上げる予定なんです。そこで冒険者ギルドと提携をお願いしたい」


「!! それって……」


「そもそも、あなた方を敵とは思っていないんです。俺もミロスラフも、仲間たちだって」


 こうして俺が差し出した右手を、支部長は今度こそ握り返してくれた。


◇◇◇


 さて。

 冒険者ギルドでの言質を取れた俺がその足で次に向かった先は商業ギルドだった。


 例によって例のごとく、品よく金もかけた調度品の並ぶ執務室に通される。

 対峙するのは、身なりのいい金融部門長――笑わない目の男だ。


 いわばここは、彼の腹の中。

 来訪者である俺が怪物に呑まれる小魚になるのか、胃の腑を食い破るもう一匹の怪物になれるかは、これからの対話にかかっていた。


 挨拶も早々に、俺は話を切り出す。


「おかげさまでポハードカ村で起こった事態も無事に収拾しました」


「それは素晴らしい。私どもにとっても何よりの報せです」


 とっくに調べはついているだろうに、金融部門長は驚いて見せてくれた。

 若造の言葉に花を持たせてやろうという意図が透けて見える。


 有難くも、彼は多少の油断をしてくれている。

 自分自身の引いた絵図の通りにことが進んでいるのだから、道理というものだった。


 彼は信じているのだ。

 勇者を掌握したと。

 物知らずの若造に首輪をつけられたのだと。


 ならば俺たちが、ただの犬っころじゃないと知っていただかなければ。


「え~、それで、拠点の件なんですけどぉ」


「ええ! 要望がありましたら何なりとお申し付けください。あなた方にでしたら支援は惜しみませんとも!」


「それは有難い。ですが」


 俺はいつも浮かべていた小役人の笑み、『あなたの為に尽くせることが私は心から嬉しいのです』の顔を、やめる。


 何故なら俺は勇者一行の財布を預かる金庫番、そして、ミロスラフの友としてこの場に居るのだから。


「――これ以上のご支援は必要ありません」


「はい?」


 部門長の口の端がわずかにひきつれた。


「はは、遠慮する必要はありませんよ?」



 昔々、まだ俺が総領息子だった頃のおぼろげな記憶を呼び起こす。

 ほんのわずかに胸を張り、組んだ手を卓上に載せて首をかしげてみせる。


算盤そろばんはじきで勇者を飼いならしたつもりでしたら、そりゃ思い上がりってもんでしょう」


「……ッ、何をおっしゃいたいか知りませんが、あの廃墟を取り壊すだけでも一大事業だ。失礼ながら申し上げますがねえ、あなた方の資本力と人脈で達成するのは不可能だ!」


 そうとも。

 あの廃劇場を取り壊し、更地にし、新たな施設を一から建造するならその通り。


「ご心配どうも。だが我々は勇者一行で、金とは別の武器がある。例えば名誉とか、あと人望とかね」


 俺は持参した紙束を広げる。

 内容は拠点作成における計画書とかかる経費の概算だ。


 金融部門長は書類を手に取ると、手早く内容に目を通していく。


「――廃劇場そのものを、改装する?」


「ええ。これなら我らの身の丈でも可能な範囲に収まるもんで」


「娯楽施設をわざわざ再生した所で、意味があるとは思えませんが」


「もちろん最低限の居住性は確保します。楽屋や衣裳部屋などを転用する予定です。それに無駄ではないと思いますよ? 街道が通れば、村も栄える。そうすれば通りがかる旅芸人が公演をかけることだってあるかも」


 金融部門長の口元が薄っすらと開く。

 まるで『こいつは何を言っているんだ?』とでも言わんばかりの表情で俺を見ていた。


「ええと、勇者が観劇すると?」


「ミロスラフもああいうのは嫌いじゃなさそうですけどね。でも、そこは村の人々が主要な観客になるんじゃないですか?」


「仰る意味が……」


「ええ、なのであの廃劇場を勇者の拠点、兼、村民の方々の憩いの場にしようとね」


 硬直。

 完全に理外の発想をぶつけられたという顔で固まっている。


「勇者の拠点といっても、年中使う訳じゃありません。あの廃劇場を村民の方々のために開放し、いつでも足を踏み入れて良い場所として提供するんです」


「それに何の益が……!」


「その代わり、我らが逗留とうりゅうする際には食事や清掃などの手助けをいただける、という約束を交わしていまして。――ああ、もちろん実費はこちら持ちで謝礼も支払いますけど! 設備の保守点検についても、村の大工衆が快く請け負ってくれました」


 なお、支出に関する細かな試算は彼のお手元の書類に漏らさず記載されている。

 商業ギルドの金融部門長まで務めあげる、海千山千の男が読み誤るはずもなかった。


 金融部門長は椅子の背もたれに寄りかかり、深々と息をついた。


「……ミロスラフ様の着想ですか」


「あ、わかります?」


「ええ。あの方の言うことはいつも突拍子がない。……なのに、考えれば考えるほど『これしかない』という本質を突いていますから」


 俺としても、まったく同意できる見解だった。

 これ以上の長居は無用だろう。

 席を立ち、最後に俺は一点だけ言い添える。


「因みに湿地帯の灌漑かんがいは予算から外しています。土地の整備なら、こちらからお願いするまでもなく、あなた方でしてくださいますでしょう?」


 そうでなければ、通商ルートの開拓もままならないのだから。


 金融部門長は苦笑を漏らし、降参するように両手を上げた。


「……ごもっとも」

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