【番外編SS更新中】S級勇者の友人A~イケメン勇者は暮らし下手。没落モブ貴族の俺は小役人勤めで培ったスキルで勇者一行を補佐し、思わぬ形で成り上がる結果に~
第39話 王の庭、花と影とが思い思いに咲き乱れ
第39話 王の庭、花と影とが思い思いに咲き乱れ
急造ながら、ミロスラフにいっぱしの振る舞いを叩きこみ、迎えた舞踏会当日。
案の定というべきか、彼は人垣に飲み込まれていた。
ほぼ女性、時々男性、年代は様々。
自分自身を売り込む者もあれば、知り合いの娘を世話したい者もあり。
端的に言ってもみくちゃだ。
人垣の向こう側には王太子の姿もある。
上背は高く、ミロスラフと同程度はあるだろう。
王の一族に共通して見られる骨太の堂々たる体格は、背丈の印象以上に彼を大きく見せていた。
そんな王太子はいま、勇者を取り囲む人々を眺めて苦笑いをなさっている。
それはそうだろう、今日の舞踏会の名目は彼の嫁探しなのである。
無論、額面通りに招待された若い女性全てが平等の機会を得ているわけではないにせよ、だ。
実際の目的は、そうだな、恐らくは今後彼が王位を継ぐうえでの前哨戦だ。
同世代の者たちの、ある種の『出来栄え』を確かめる意図があったのだろう。
そういう意味合いでは、今現在ミロスラフに群がる人々は微妙なラインだ。
単に冒険譚をせがむのなら、機会はどう考えても今ではない。
王太子ほどの者だ、自分そっちのけで盛り上がる人々にへそを曲げるほど器の小さな男ではないにせよだ。
仕留めるべき相手を見誤るのは、褒められたものではない。
いくらかの家や、そこの子女が今後のお茶会のリストからそっと外されるのかもしれないな。
もしや、そうした隙を与える目論見でミロスラフを呼んだのではあるまいか。
友人を当て馬扱いされるのもいささか不本意だが、あり得ない話ではなさそうだった。
とはいえ、差し迫った危機という訳ではない。
ミロスラフも本当に嫌ならとっとと抜け出してくるだろう。
……いや、あの優しい男が非戦闘員たる貴人の群れを押し退けられるかはともかく。
(でもまあ、助け船を出すにしてももう少し後でいいかな)
俺はぼんやりと視線を天井近くへ遊ばせる。
金泥で彩色された優美な天上からは、見事なクリスタル製のシャンデリアがいくつも吊り下がっていた。
熱気に浮かされたように、雫型の石がしゃらりと揺れる。
こんな場に乗り込むのも久々だった。
成人してからこっちの俺は、下級官吏として働くばかり。
ここ最近はそこにギルドマスターとしての業務も加わっている。
紙とインクの匂いにまみれるか、水と土が香る環境で働くかの違いはあれど、折衝と書類仕事に勤しんでいるのは同じだ。
そんな俺にも後日招待状が寄こされたのは意外な事だった。
おかげで俺もまた燕尾服を急遽仕立てる羽目になった。
ミロスラフへの脅し文句が、そのまま俺に跳ね返ってきた形だ。
あーあ、もったいねえ~!
と、いうのが庶民暮らしをしている俺の包み隠さぬ本音である。
とはいえ没落貴族の俺である。
社交界じゃ『終わった人』そのものだ。
よって壁を這いまわる蔦も同然の気楽な身として、人の輪から外れた階上からホールを眺めている訳だった。
ホールの中央では庭園の花々もかくやの様相で着飾った女と男が踊っている。
周縁部では人々がソファや椅子で熊のようにくつろぎ、思い思いに談笑しているようだった。
入り口近くの一角にはバフェットテーブルが据えられ、山海の珍味を取り揃えた繊細な料理の数々が積み上がっている。
召使たちはテーブルと客人たちの間をミツバチのように周遊し、軽食や酒を提供して回っていた。
出席者は若い世代が主だが、親世代や祖父母世代の人々も姿もある。
そして俺がわかる範囲でも、様々な貴族や王族の当主や名代がホールには蠢いているのであった。
様々な勢力が一堂に会する機会なのだ、『お話』をしない手はない。
楽団の演奏が穏やかな曲調の管弦楽から、いささか活発さを増した曲目に移り変わる。
何組かのペアが中心部から去っていき、入れ替わるように新たなペアが踊り始める。
踊り終えた男女のいくらかは、そのまま別室へしけこむ構えのようだ。
そんな男女のうち、とある一人の後ろ姿がやけに気になってしまう。
妙に見覚えがあるような……。
次の瞬間、俺は彼女の正体に思い至った。
「――姉上!?」
思わず手すりを掴んで身を乗り出す。
見違えるように着飾った我が姉が、随分と年嵩に見える男と暗がりへ消えて行った。
俺はなすすべもなくそれを見送る。
「今のは王の側近だな」
「うお!?」
突如、耳元で声がした。
反射的にそちらへ顔を向ければ、そこにはヴィンチェスラフの姿がある。
「だから男の方。女の方は魔導研究所の……あ、キミの姉だっけか」
彼の今日の格好は私服とも、宮廷魔導士の正装とも異なっている。
貴公子もかくやの着飾りようは、すらりとした体躯も相まってなかなか様になっていた。
「――後見人が見栄っ張りでさ、こうして着せ替え人形にさせられてる訳」
当のヴィンチェスラフは何が不満なのか、仏頂面のまま己を皮肉ってみせていた。
俺に「お似合いですよ」や「そんなことないですって」と取りなす義理はない。
なので一言「そうか」とだけ返して済ます。
気分的にもそれどころじゃない。
「じゃあ何か? つい今しがた、俺の姉が何だか偉そうな肩書のオッサンと暗がりにしけこんでいったって訳か?」
「そうなんじゃない?」
酒を飲んでもいないというのに、急に頭痛がしてきた。
「姉上さあ……どういうつもりで……」
「やっぱ、見ると気まずいモンなのかい? 身内のそういう場面って」
「当たり前だろう」
「良くわからないな。肉親やきょうだいの類とは一緒に育ってないんで」
ヴィンチェスラフの言葉に、俺は口の中で「しまった」とつぶやく。
そりゃあ、人には様々な事情があるものだ。
そんな俺の内心を思いやったわけでもないだろうが、ヴィンチェスラフは興味の対象を別に移した様子だった。
「こんなところでクダを巻いてるのも不毛だな。小腹も空いたし、なんか摘まんでこよう」
「降りて行って大丈夫なのか? お前も相応に目立つ立場だろうに」
ミロスラフほどではないにせよ、と心の中で言い添える。
しかしヴィンチェスラフは事もなげに「問題ない」と告げた。
人差し指で俺の眉間を軽くつき、何やら手短に詠唱している。
「『
「相変わらず、人里で人間相手に撃って良いか微妙な魔術を……」
「何か文句が?」
「いいや、とんでもない」
ないとは思うが、万が一俺のかつての身分を知る者から嫌味のひとつくらいは言われる可能性もある。
人目につかないのは有難かった。
ホールに降りた俺たちは、無事に思い思いの飯にありつけた。
香り茸の小さなタルトを泡のはじける舶来の酒で流し込むと、俺はヴィンチェスラフをけしかける。
「それで、社交はしないで良いのか? 宮廷魔導士次席殿は」
青藍色の魚卵が盛られた小さなパンケーキを摘まんでいたヴィンチェスラフが視線をすがめてこちらを見た。
「そりゃこっちの台詞だよ。今をときめく勇者ギルドのマスターが、何をサボってるんだい。顔を売るチャンスだろ? 太い出資者の二人や三人は捕まえてこないと」
「とはいえ俺らの世代は、まだ決定権が……」
俺はふと言葉を途切れさせる。
見覚えのある顔をもう一つ見つけたからだ。
その男は人々の合間を縫うように蛇のようにするすると移動していた。
美女に見紛うほどの際立って整った顔立ちと、淡い色の肌と髪。
どちらも俺と姉上には似ても似つかない……が、半分だけ血が繋がっている。
「スヴァト……」
まさしく俺の腹違いの兄、その人だった。
スヴァトの行きついた先は、王太子の隣だった。
彼は王太子になにやら耳打ちすると、そのまま二人で顔を見合わせてひそやかに笑いあっている。
なんというか、随分と気安い雰囲気だ。
「ああ、あいつ? 最近王太子の献酌官に収まった手合いだね。身分は低いが、王太子とは随分と気が合うようで……トマーシュ?」
「あ、ああいや。なんでもない」
俺は知らず知らずのうちに握りしめていた拳を緩めて、訝しむヴィンチェスラフへ手を振ってみせた。
「ちょっと嫌いな奴に良く似てただけだ」
「よく似てる、ねえ?」
「そういうことにしておいてくれ」
父母を陥れ、実家を破滅させた張本人であっても、今の俺とは無関係だ。
近付かなければ、これ以上悪いことも起こらない。
……あるいはこの判断が、後々の大トラブルを招いたのかもしれない。
きっと俺は、あの時クソ兄貴の顔をぶん殴っておくべきだったのだ。
しかし、子供時代に一度ならず殺されかけた相手に立ち向かうだけの勇気を俺は持ち合わせていなかった。
あの時点では、まだ。
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